魔術師としての責務
「さて、ではそろそろ本題に入ろうか、これ以上クラリスをからかうと本当に支部ごと破壊されてしまいそうだ」
支部長からすればちょっとしたジョークのつもりだったのだろうが、その相手が小百合なだけに周りの魔術師はそれを冗談と受け取ることはできていなかった。
いつ小百合が暴れだすのかと戦々恐々している者もいれば、康太たちが押さえてくれるだろうと楽観視している者もいる。
どちらが正解なのかは正直微妙なところではあるが、少なくとも支部長が話を先に進めてくれれば多少は気もまぎれるだろう。
「大まかな話はみんなに伝わっていると思う。以前日本国内で起こった魔術師の密度の意図的な上昇、これを行っていた魔術師が中国支部の管理下にいることが判明した。その人物はマフィアの構成員で、いろいろと面倒な状況になってしまっている」
支部長はとりあえず魔術に関する情報のやり取りなどを組織ごとで行ってしまっているということを説明していく。
現代において情報の漏洩は最も避けるべき内容だ。相手がマフィアであるために簡単に口を滑らせるようなものはいないと思いたいが、人の口に戸は立てられぬという言葉もある通り、どこで誰が話していても不思議はない。
そこで他支部と合同でそのマフィアと情報がつながってしまった組織全てを潰すことにしたのである。
「支部長、さすがに大ごとになるとまずいんじゃないのか?いきなり組織がつぶれたらそこから何かしらの噂が立つと思うんだけども」
集まっていた魔術師の一人からそのような声が上がる。どうやらまだきちんと説明を受けていない者も混じっていたようだ。
だが実際彼の言っていることはもっともでもある。支部長もそれを理解しているからこそしっかりと説明するつもりのようだった。
「そこは問題ない。すでに話を聞いている者もいるかもしれないけれど、今回は現地の各組織間でのいざこざが発展した結果という形に落ち着かせる予定だ。すでに中国側との話はまとまっている。中国支部も非常に協力的だからね」
自国で面倒を起こしかけてしまっている以上、中国支部の魔術師の行動は非常に早かった。
中国支部は世界の中でも人口が多いということもあって魔術師の総人口もその分多い。数多くの職業についている中には当然警察やマフィアなど、裏表問わずありとあらゆる職業のものも存在する。
そういった人脈を使い、すでに話の流れは出来上がってしまっているのである。
魔術の存在そのものを消し去らん勢いで情報規制や統制を行い、情報の改竄や隠蔽など、やれることはすべてやっているという形である。
「情報を流したと思われる組織ごとでの抗争が発展し、組織そのものを潰す勢いでの戦争になってしまったというのが公式見解になる予定だ。君たちにやってもらうのは各支部と合同でマフィアの各拠点内にある情報系の物品の破壊と、構成員の記憶の抹消、あるいは殺害となる。各々得意な分野で動いてほしい」
得意な分野で動けという言葉に、一瞬全員の視線が小百合に向かう。今回の依頼で小百合がなぜ選ばれているのかほとんどの人間が理解したからである。
破壊や殺害。外的要因によって何かを傷つけるような内容の依頼であれば小百合ほどこの依頼に向いている者もいない。
他支部とも共同戦線を張るということもあって、ここで小百合の実力を見せつけることで他の支部にその存在をアピールする腹積もりもあるのだなと、妙に納得している者も多くいた。
他支部にももちろん戦闘特化の魔術師はいるが、その中でも小百合の存在を強く印象付けるチャンスだ。
日本支部にはこれだけ強い魔術師がいるとほかの支部に宣伝できれば、それだけ他支部との交渉事が優位に進むこともある。
支部長からすれば攻略に加え日本支部のPRのつもりもあるのだろう。
もっとも小百合を前面に押し出すような宣伝がそれほど良い結果を生むとは到底思えないわけだが。
そんな中、康太は仮面の下で眉をひそめてしまっていた。
魔術師としての活動、何も変わらないはずなのにその意味の重さを再認識してしまったのである。
先ほど支部長がさりげなく言った『構成員の記憶の抹消、あるいは殺害』という単語が頭の中に引っかかっていたのだ。
康太はまだ一度も直接人を殺したことがない。人を殺したと公言して自慢するような性格ではないし、何より無駄に人を殺そうとも思えなかったし殺したいとも思えなかった。
だがこれは依頼だ。記憶を消すか、殺さなければ情報がいつどこで誰から流出するかわからない。
魔術の隠匿という魔術師としての義務を果たすためには、それを行わなければいけないのは重々承知している。
だが殺しを容認しろと言われてもいきなりは無理な話だ。
そんな風に頭の中でぐるぐると先ほどの言葉を考えていると、康太の脇腹を小百合が肘で小突いた。
「余計なことは考えるな。私の教えを忘れたか?」
「え・・・?あ・・・」
「いつも通りだ。お前はお前のやりたいようにやれ。私はそれ以外お前に教えたつもりはない」
小百合の言葉に康太は一瞬目を丸くしながらも、小さく笑ってしまう。
「いきなり師匠っぽいこと言わないでくださいよ。変なものでも食べましたか?」
「たまに気遣ってやったらこれだ・・・いつかお前たちはしっかり指導してやらねばならんな」
小百合はため息をつきながら康太の頭を軽くたたく。康太はそのやり取りに少しだけすっきりした表情を浮かべて支部長の話に耳を傾けていた。




