番外編② ファラント・アビシリアの休息
夕方。わたしはアルメリアを連れて、とある鍛冶屋に来ていた。
わたし自身、この鍛冶屋に研磨を頼みたいのもあった。しかしそれ以上に、アルメリアを喜ばせたいという気持ちも強かったのだ。
その証拠に、アルメリアは飾られている武器を見て目を輝かせている。それは、無表情が通常装備であるアルメリアにしてみたら、とても珍しい表情だ。
「ファラント様……こちらの品々、手にとって触ってみてもよろしいのでしょうか……」
アルメリアのその一言に、わたしは鍛冶屋の主人に目配せをする。すると主人は、心得たと言わんばかりに首を縦に振ってくれた。相変わらず、物分かりがよく静かな主人だことだ。わたしがこの鍛冶屋を贔屓している理由も、そこが一番強いのだろう。
「大丈夫だそうだよ、アルメリア。好きに触ったらいい。ただ怪我だけはしないでくれ」
「もちろんです。その辺りに抜かりはありません」
アルメリアは立てかけてあったうちの一つを手に取り、鞘から抜き出していた。
「これは……軽いですね。鉄製ではなさそうです。しかし……となりますと、混合鉄でしょうか? しかしそうなりますと、強度が劣りますし……しかしこのフォルム、この歯の曲線、装飾、どれも良いですね……。ただ惜しむらくは、強度……」
ぶつぶつと独り言を話し出すアルメリアは、本当に楽しそうに武器に触れている。
それをこそばゆい感情を抑えながら眺めつつ、わたしは主人に研磨を依頼した。すると主人はわずかにアルメリアを見て微笑み、奥へと消えてゆく。主人としても、武器を見てここまで喜ばれれば、悪い気はしないのだろう。
「こちらの品は……これはまた、切れ味の良さそうな短剣です。あ、こちらは刃に棘のような刃が生えてますね。もしかしてこれ、引き抜こうとしても抜けないようになっているとか……? そうなると、完璧に使い捨てですね……しかし見た目はあまり良くないです」
アルメリアは未だに、武器を手にとっては一人で解説をしている。
アルメリアは、根っからの武器好きだ。彼女の母親の血を色濃く継いでいるせいだろうか。思えばアルメリアの母親も、武器を見るのが好きだった。高かろうが安かろうが、いいと思ったものをぽんっと買ってしまうのだ。ならまさしく、アルメリアは彼女の娘なのだろう。
ふとわたしは、鍛冶屋の奥の方にしまわれている武器が目についた。しかし暗いため、さほどよく見えない。
そのため近づいて手に取り、灯りがある位置まで持って行った。
その瞬間、気付く。
これは……。
「……アルメリア。少しこちらにきなさい」
「……はあ。どうかしましたか?」
アルメリアはわたしの言葉に首を傾げつつ、しかし素直にこちらに近寄ってくる。そんなアルメリアに、わたしは手に持っていた武器を差し出す。
「この武器を見て、どう思う?」
その問いにアルメリアは、自分の目利きを確かめているのだと踏んだらしい。彼女はそれを手に取り、鞘から引き抜いた。
それは、唾のない小刀と呼ばれる種類の武器だ。片方にしか刃がないため、諸刃よりも使い勝手が良い。しかしこれと言った装飾がまるでない、実用性のみに特化した武器だった。鞘も彫りが刻まれているだけで、色はほとんどない。刃の平には、これを作成した刀匠の名だろうか。何やら固く直線ばかりの字が掘られていた。
やはり、これは。
わたしが一人で納得している間に、アルメリアはそれを見て口端を持ち上げる。
「これは……素晴らしい品ですね。切れ味はおそらく、短剣よりも良いでしょう。小刀という武器の中でも、かなりの良品だと思います。……それに」
「それに? どうかしたのかい?」
「……はい。わたし、この小刀が欲しいです」
その目は、いつになくキラキラと輝いていて。
わたしもつられて笑ってしまう。
「そうか」
「はい。こちら、おいくらでしょうか」
「ああ、いいよ。わたしが買おう」
「……えっと、どういうことでしょうか」
困惑気味のアルメリアはとても珍しい。珍しいものが見れた、と思うと少し気分がいいが、この小刀というやつが他の誰かの手に渡るということが、わたしとしては許せないだけだ。
そのとき、ちょうど研磨を終えた主人が戻ってくる。
「主人。こちらの品をいただきたいのだが」
「え、ファ、ファラント様っ?」
「ああ。そちらの品ですか。いやはやさすが。お目が高い」
そう言い、主人は値段を口にする。それにアルメリアは青い顔をしたが、武器などそれくらいのものだろう。わたしは手持ちから金を数枚取り出し、主人に渡した。
「さ、これは君の武器だ」
「いえ、ですが自分で買っていないのに……」
「構わないよ。ならば君の給金から引いておくべきかな? そうなると、一年分くらいが飛ぶと思うけど」
「……ありがたく受け取らせていただきます」
どうせわたしが持っていても、ほとんど使わない金だ。この際だから椀飯振る舞いをしても、問題はない。
それにその小刀は……。
……アルメリアの母親が使っていた、愛刀だからね。
あの襲撃の際、どうやら賊は武器を盗んで売りさばいたらしい。その中には彼女の武器も入っていた。それはどうやら、彼女が一目惚れをして買った品であるらしい。それが娘のアルメリアに戻ってきたということは、ある意味運命なのだろう。
運命などという曖昧な言葉を信じたことはないが、今回ばかりは信じてもいいかもしれない。
買った小刀を大切そうに抱き、機嫌良くスキップをするアルメリアを見て、思わず笑う。
今度、話してみようか。わたしが知っている限りでの、君の母親の話を。
それがいい。アルメリアはなんだかんだ言って、好奇心が旺盛なのだ。きっとアルメリアが頭領と慕うあの人と同等の強さだと言えば、さぞかし興味を抱くことだろう。
『この子こと、よろしく頼むわ』
今となっては故人となった彼女の墓にでも、また行こうか。そう言えばそろそろ、彼女が死んだ日だ。その日を境に言えば、話の持ち出し方としてはやりやすいだろうしね。
そして、アルメリアの花を持って行こう。彼女がアルメリアに、その名をつけた理由の花を。そして報告しよう。
あなたの娘は、その花と同じく思いやりに溢れた子になりましたよ、と。
「ファラント様? 早く城に戻らないと、日が暮れてしまいますよ」
「ああ、そうだね。急ごうか」
これからもアルメリアと、こんな日々を続けていけたらいいなと思う。
それがわたしの、唯一の願いなのだから。
感想にてご要望をいただき、確かにと思いましたのでプラスしました。
改めまして、ご愛読、ありがとうございました!




