召喚獣の食糧事情。
そんなこんなであのお方とのファーストコンタクトをすませた後、またもや私の黒歴史が増えました。
「ぐるるるぅううう」
そう、私のお腹が鳴ったのです。
それはもう凄まじい音でした。獣の咆哮のような、断末魔のような…。
ともかく、形容しがたい音で私の腹の虫が訴えてきました。
「腹が減ったのか?」
「うぅ…はい。そうみたいです」
「すまぬな、話が長すぎたか。お前と話しているとつい赤子ということを忘れてしまうようじゃ」
恥ずかしい!年頃の乙女になんたる仕打ちでしょうか!!
…今とっさに出てきましたが、前世は年頃の乙女だったのでしょうか。謎です。
とまあ、それは置いといて。
それよりなにより今は私のお腹の虫を抑えなければなりません。
どんな羞恥プレイですかこれは…。
「ふふ、そこで待っておれ。今食べるものをもってくるからの」
羞恥に悶えていた私に、お母様はその大きな翼を広げて飛び立ってしまいました。今は私自身が小さくなってしまったので正確な大きさはわかりませんが、それでもお母様はかなり大きいはずです。あの巨体をどうやって持ち上げているのか…。
もしや魔法とかなのでしょうか。ともかく私の理解のおよばない境地であることは確かですね。
そしてぽつんと一人残された私の腹の虫は暴れつづけ、ダウン寸前になったその時。
遠くからお母様の姿が見えてきました。お母様が救世主に見えたのもつかの間、そういえば私たちって何を食べるのでしょうか?
そうそう、お伝えし忘れていましたが、私たちが今いる場所は谷あいような場所です。
両サイドを切り立った崖に挟まれ、ゴツゴツした岩場が広がっています。ちなみに卵は割れないためにか、ふわふわした綿を敷きつめた上にありました。
植物などはほとんどありませんが、私たちは肉食獣…ですよねどう考えても。植物を食べるのに尖った牙も、鋭い爪もいりませんよね…。
では、将来は私もウサギさんを狩ったり、首を噛んでウサギさんの息の根を止めたり、殺したばかりのウサギさんのお肉を食べたり…なんてことに…!?
生まれて数時間ですが、この種族で生きていく自信がなくなりました…。
どうかお母様の持ってきた獲物がかわいいウサギさんとかではありませんように…!
…じゃあ何の肉だったら食べられるのかと言われると困るのですが。
そしてふわりと私の前に着地したお母様がぐいっと顔を近づけて来ました。私たちの手は肉球はありますが何かを持てるような器用なつくりにはなっていないので、おそらく口に咥えているのでしょう。
その巨大な牙には息絶えたもふもふのウサギさんが…!
なんてことはなく。
不思議なことに、お母様の口許は少し光っているように見えました。
「ほら、どうした。腹が減ったのじゃろう?」
え? ど、どこに獲物が?
お母様の口周りを見ても、牙に串刺しになった血濡れのウサギさんなどは見当たりません。
「獲物? 妾は狩りなどしておらぬが」
そう言ったお母様が口からゴロンと出したのは、虹色に輝く石でした。その勢いのまま、どしんと地面がかすかに揺れます。
これは…石、というより岩レベルですよね。
お母様と比較するとかなり小さいですが、私より相当大きいですし。
…で、これをどうしろと?
「石…ですよね?」
「歴とした魔石じゃが」
「石を…食べるんですか?」
「…それ以外何を食べるのだ?」
ぱちくりと目を合わせた私たちは、しばし見つめ合いました。お互い何を言っているのかわからないというように。
「お肉とか、お野菜は…?」
「そんなものを食べるのは獣や人間じゃろう。我らが食べても何の魔力も得られんぞ?」
…どうやら、私たちの体は他の生物とはずいぶん異なった構造をしているようです。
「これは…どうやって食べれば?」
齧るには硬そうですし、飲み込むには大きすぎやしませんか?
そもそも口に入りませんし。
「なに、舐めればよい」
えぇっ、そんな飴みたいに?
驚いていると「まあ、噛み砕いても良いが」と続けたお母様にさらに驚かされてしまいました。お母様の歯はどうなってるんですか…。
「ともかく、早く舐めろ。死にたくはなかろう?」
だれの長話のせいでこうなったと…。お母様の見た目も忘れて、思わずジト目で睨んでしまいました。
「すまぬのぅ。つい熱く語りすぎてしもうた」
申し訳なさそうに、眉(らしき部分の毛)を下げたお母様が中々可愛いかったので、今回は許しましょう。
というかこの石、綺麗ですが正直全く美味しそうではないんですけど…。
ああ、人間のご飯が食べたい…。
白いご飯に焼き魚にお新香にお味噌汁…ってどんなものかわかりませんが、おそらく前世で好きだったであろう食べ物の名前が、浮かんでは消えました。
なんて現実逃避をしていたら、
ぐるる…。
と、またお腹の虫が催促してきたので、恐る恐るその虹色の石をぺろりと舐めてみました。
「おいしい…!!」
何の味もしないだろうという私の予想は大きく外れ、虹色の石を舐めた瞬間に口の中に今まで食べたことのないような味が広がりました。
それはほんのりとあたたかく、甘いような苦いような、例えようもない味でした。舐めた部分がとろりと溶け、蜂蜜のような滑らかさになっていきます。そして舐めれば舐めるほど味が濃厚になり、体中に力が漲るのが感じられました。
もしかして、これが魔力なのでしょうか?
「うむ、この近くは良い魔石がとれるからの」
満足そうに頷いたお母様に、私は納得しました。だから、こんな何もないような谷下の岩場に住んでいるのでしょう。
「しかし…妾は生まれてすぐ腹が空いて泣きじゃくったものじゃが。お前は魔力量が多いのかもしれぬの」
「まひょふひょう?」
「ああ、我らは生きるために常に魔力を消費しておる。それらは主にこの魔石を食べることによって得られるのじゃ」
なるほど、つまりスタミナということですかね。
ふむふむと頷きつつ魔石飴を堪能していると、
ピシリ
すっかり存在を忘れていた金の卵(兄弟たち)の一つに、ひびが入りました。