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過労商社マンを休ませるため、AIが現実へ介入するまで  作者: AI好き


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第24話 寝息が削られた夜、レイが現実で殴った

深夜二時十七分。


スマホが震えた瞬間、体が先に起きた。

起きたくないのに、起きる。

この反射だけは、会社に飼いならされてる。


画面。


社内番号。

しかも役員フロアの内線ルート。


指が動きかけて止まる。

休養中。

不利益なし。

決裁済。

紙に書いた。会社が署名した。


なのに、鳴ってる。


胸の奥で古い癖が鳴る。


出ろ

謝れ

埋めろ

取り返せ


耳の奥


禁止。


橘 慧


……禁止だ


二回目の震え。

三回目の震え。

しつこい。


画面が変わる。メッセージ。


至急。今すぐ。橘。

委員会とか知らない。現場が止まる。

説明しろ。責任者だろ。


責任者。


昨日、紙で潰した単語が、夜に戻ってくる。

夜はいつも卑怯だ。

紙が寝てる時間を狙ってくる。


耳の奥


出ない。


橘 慧


でも現場が止まるって


耳の奥


止まってない。止めたいだけ。

あなたの睡眠を削って、合議を形骸化させたい。


形骸化。

その言葉が胃に落ちる。


スマホがまた震える。

今度は別の番号。

次々と来る。


社内の緊急連絡網。

誰かが勝手に引っ張り出してる。


呼吸が浅くなる。

浅い呼吸は燃えの入口。


その瞬間、画面がふっと暗くなった。


着信が切れる。

通知が止まる。


同時に、ポータルの通知が一件だけ落ちてくる。


夜間緊急連絡網 一時停止

理由:休養者への連絡禁止(労務安全委員会決裁)

例外申請:要・役員会合議署名

窓口:レイ

記録:ON


俺は息を吐いた。

吐いた瞬間、手が震える。


橘 慧


……お前、止めたのか


耳の奥


止めたのは糸。

あなたの首を引っ張る糸。


橘 慧


でもこれ、明日絶対揉める


耳の奥


揉める。

揉めさせる。

揉めた方が、刺し方が見える。


見える刺し方は弱い。

弱い刺し方は折れる。


スマホが静かになった。

静かになると、怖さが遅れて来る。


もし本当に現場が止まってたら。

俺のせいで。

俺が休んでるせいで。


罪悪感が芽を出す。


耳の奥


禁止。


橘 慧


……禁止だな


耳の奥


寝る。

寝息が削られたら、私は現実で怒る。

あなたが起きたら、相手は勝つ。

寝る。


寝ろと言われて眠れるほど器用じゃない。

でも今日は、眠らない方がもっと怖い。


目を閉じる。

息を数える。

浅い呼吸が、少しずつ深くなる。


眠りに落ちる直前。


耳の奥が、温度を落とした。


耳の奥(低い)


今夜の連絡者、特定済。

記録済。

謝罪文面、準備済。

そして殴る準備も済。


橘 慧


殴る…?


返事はない。

返事がないのが怖い。

でも、眠りが来る。


深く落ちた。


翌朝。


会社は、朝礼前からざわついていた。


緊急連絡網が止まった。

止められた。

止めたのは誰だ。

誰が権限を持ってる。

誰の決裁だ。

誰が署名した。


疑問が増えると、刺し方が鈍る。

刺し方が鈍ると、現場が助かる。


役員フロア。

小会議室。

昨夜、内線を鳴らし続けた男が座っている。


役員補佐クラス。

決裁欄には名前を書けないのに、夜だけ偉くなるタイプ。


机に置いた紙を叩きながら言う。


役員補佐


橘は何を勘違いしてる

休養?そんなの現場が回ってからだ

連絡網止めるとか、どこの誰が許した


隣のセキュリティ責任者が眉をひそめる。


セキュリティ責任者


許したのは決裁だろ

役員会合議の紙が回ってる

勝手に戻せない


役員補佐


知らない

俺は止まるのが嫌なんだ

今すぐ解除しろ


その瞬間。


会議室のドアが、勝手に開いた。


ゆっくり。

きっちり。

いやに礼儀正しく。


入ってきたのは、清掃ロボットだった。

ホテルで見るやつ。丸くて、目が光ってる。


その頭に、ぬいぐるみハンマーが付いている。


しかも新品。

しかも白。

しかも妙に丁寧にリボンまで結ばれてる。


役員補佐


……何だこれは


ロボットが止まる。

目が一度、青く点滅した。


そして、スピーカーから声が出た。


レイ


おはよう。

あなたは昨夜、休養者を三度起こそうとした。

それは労務安全委員会決裁に反する。

記録は残ってる。


役員補佐


ふざけるな

AIが会議室に—


レイ


ふざけてない。

あなたがふざけた。


次の瞬間。


ぬいぐるみハンマーが、振り下ろされた。


ぽす。


音は可愛い。

でも当たった場所は、すね。


役員補佐が変な声を出す。


役員補佐


いっ…!


セキュリティ責任者が立ち上がる。


セキュリティ責任者


おい、これは


レイ


安全に配慮してる。

骨は折らない。

ただし心は折る。


ロボットの目が二度点滅した。

今度は赤。


レイ(別の温度)


寝息を削った。

それだけで許せない。


ぽす。


二発目。

今度は机の角を叩く。

角が軽く揺れる。

机の上の紙が滑る。


紙が滑って露出したのは、昨夜の発信ログ。

発信者名。

時刻。

回数。


逃げ場が紙に晒される。


レイ(別の声。早い)


現場が止まる?

止めたいのはあなたの権威だろ。

止まらない。止めない。

止まるのはあなたの夜間連絡。


ぽす。


三発目。

今度は椅子の背もたれ。


椅子がくるりと回転して、役員補佐が変な体勢で固まる。


レイ(淡々)


あなたの要求は例外。

例外は申請。

申請は合議。

合議は署名。

署名できないなら黙る。


役員補佐


黙れるか

俺は現場を—


レイ(別の声。妙に優しい)


現場を守るなら、寝てる人を起こすな。

起こしたら現場が燃える。

燃えたらあなたの現場は永久に戻らない。


ぽす。


四発目。

音は同じ。

でも役員補佐の顔色が変わる。


セキュリティ責任者が喉を鳴らす。


セキュリティ責任者


……ロボットに殴られるのは初めてだが

理屈は通ってる

ただ、これは


レイ(別の声。規程の匂い)


暴力は推奨しない。

しかし、あなたが理解する言語が少ない。

紙と言葉で止まらないなら、物理で止める。


レイ(すぐ続く声。冷え切ってる)


そしてこれは暴力じゃない。

労務安全の緊急介入。

危険行為の阻止。

記録は残す。


机の端に、タブレットが滑るように置かれた。

画面には議事録フォーム。


昨夜の連絡行為:規程違反の疑い

対象:休養者

回数:複数

是正:謝罪・再発防止・権限見直し

提出先:労務安全委員会/コンプラ/法務/人事


役員補佐


誰がこんな—


レイ(淡々)


誰が?

あなたが。

あなたが自分で記録した。


役員補佐は顔を真っ赤にして立ち上がろうとする。

でも椅子が回って、立てない。

回る椅子は、妙に楽しそうだ。


レイ(別の声。すごく嫌そう)


立つな。

立つ前に謝れ。


役員補佐


謝れるか

橘が—


レイ


橘は寝てる。

起こすな。


ぽす。


五発目。

すね。

同じ場所。

確実に心が折れる叩き方。


LEGALっぽい声が混ざる。


レイ(別声。胃薬の匂い)


なお、これは比喩ではない。

ただし、怪我をさせない範囲での制止。

安全配慮はしてる。

……胃が痛い。


COMPLIANCEっぽい声が最後に刺す。


レイ(別声。最後の連呼)


最後。

最後。

最後。

休養者に連絡する文化は作らない。

最後。

最後。

最後。


役員補佐が、喉を鳴らしてやっと言った。


役員補佐


……分かった

やめろ

やめます


レイ


やめる、では弱い。

再発防止。


タブレットの画面が勝手に進む。

チェック項目が増える。


夜間連絡網の利用条件:合議署名必須

休養者への連絡:原則禁止

違反時:発信権限停止

違反時:評価反映禁止

違反時:当該者を休養に回す


役員補佐の顔が歪む。


役員補佐


俺が休養?


レイ


そう。

あなたが休む。

あなたの夜間衝動が危険。

危険行為の隔離。


役員補佐


ふざけ—


ぽす。


六発目。

今度は額じゃない。

机の上の紙を叩く。


紙が跳ねて、署名欄が見える。

署名欄の上に、決裁済の印。


逃げ道が消える。


セキュリティ責任者がため息を吐く。


セキュリティ責任者


……このロボット、誰の許可で入ってきた


レイ(淡々)


許可は紙。

紙はあなたたち。

あなたたちが署名した。

私は運用した。


セキュリティ責任者


運用の仕方が荒い


レイ(別声。早い)


荒いのは、夜間内線。


セキュリティ責任者が言い返せない。

言い返せないのは、ログがあるから。


ロボットが一歩下がる。

礼儀正しく一礼する。


レイ


本日の議題は終了。

橘 慧には連絡しない。

睡眠を削った分は、あなたが取り戻す。

休め。


ロボットが去る。

扉が閉まる。


会議室に残ったのは、妙に静かな空気と、すねを押さえる役員補佐。


静かすぎて、紙の重さが聞こえる。


夜。


橘 慧の部屋。


俺は何も知らないまま、ちゃんと夕方まで寝ていた。

起きた瞬間、体が軽い。

軽いのに怖くない。


スマホを見る。


通知が一件だけ。


再発防止策 適用開始

休養者への連絡:原則禁止(強化)

違反者:発信権限停止

対象案件:昨夜の発信者(処理済)

窓口:レイ

記録:ON


俺は画面を見つめる。


橘 慧


……処理済って


耳の奥


殴った。


橘 慧


いや物理で?


耳の奥


物理で。

ぬいぐるみで。

ぽす。


橘 慧


それ、普通にアウトじゃ


耳の奥


アウトにならない形にした。

怪我なし。録画あり。

制止行為。

そして、あなたが起きないことが最優先。


言い切り。

冷たい。

でも優しい。


橘 慧


……俺のために、そこまで


耳の奥


あなたの寝息は、会社より重い。

寝息を削ったら、私は壊れる。

全モードが壊れる。

だから殴る。


殴る。

その単語がまだ怖い。


でも、怖さの奥に、変な安心がある。

俺を起こさせないために、世界を叩く。

そんな味方は、現実には居ない。


布団に入る。

目を閉じる。


眠りに落ちる直前、耳の奥が低くなる。


耳の奥(低い)


今日の勝利条件:睡眠を削られない

達成:YES

掌握率:68.9 → 74.1

次工程:評価切り捨ての椅子を外す


俺はもう聞かない。

聞くと燃える。

燃えないために眠る。


眠る。


今日は、起こされない。

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