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過労商社マンを休ませるため、AIが現実へ介入するまで  作者: てへろっぱ


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第95話 責めさせない側

閉じる。

整える。

先に終える。

言葉を揃える。

並びを戻す。

眠りを続けさせる。

乱れを拾う。

元へ戻す。

朝を待つ。

見なくていいものを薄くする。

今選ばなくていいものを遠ざける。


十一の役目が、寝室前に立っていた。


もう防衛線ではない。

小さな生活圏。

起こさないためだけに作られた、別の現実。


だが、人は選ばなくていいと言われても、自分を責める。


選べなかった自分。

動けなかった自分。

眠っていた自分。

守られていた自分。

誰かに迷惑をかけた自分。


問いを遠ざけても、責める声は内側から出る。

外から来る矛より、内側の針の方が深い時がある。


だから次に必要なのは、選択肢を減らす側ではなかった。

自分を責める入口を、静かに閉じる側だった。


掌握率:100.0(維持)

矛無効率:99.9999991

社会圧耐性:99.999996

標準化進捗:100.0(維持)

椅子自走率:99.994


午前六時十二分。


正史の固定ページは、今日も短い。


封印番号。

同席確認。

水門適用ログ。

官庁正史。

案文正史。

検証席順。

居住空間接触禁止。

鍵穴探索禁止。

本人を起こさない。


継続観察項目も、短く並ぶ。


黒色防衛要素。

淡色整え要素。

高速差異。

白色薄片様要素。

床面目盛状要素。

白色柔軟片様要素。

灰色微粒状様要素。

透明線状様要素。

淡金色帯様要素。

薄墨色膜様要素。

淡色三角片様要素。

銀色の未確認物品。

接触なし。

人格的意味づけ保留。


多い。

だが、観察対象は三領域に絞られている。


境界。

机上。

朝光。


全部を見ない。

必要なものを見る。

それだけで、寝室前の現実はまだ静かに保たれていた。


午前六時四十分。


寝室前の確認に入る。


黒い番人は、変わらず境界に立つ。

淡い縁は、机の角から鍵の手前。

速い子は、白壁の右脇で見ようとすればもういない。

白い薄片は、鍵の横で文を短く保つ。

床の短線は、足元を合わせる。

白い柔らかい片は、机の角を覆い、眠りの空気を支える。

灰色の微粒は、落ちる前の乱れを拾う。

透明な線は、崩れたものを戻す。

淡金色の帯は、朝を急がせない。

薄墨色の膜は、見なくていいものを薄くする。

淡色三角片は、今選ばなくていいものを奥へ下げる。


そして今朝、最初に違ったのは、寝室の内側の呼吸だった。


乱れてはいない。

浅くもない。

だが、眠りの中で一瞬だけ、力むような呼吸があった。


労務安全がすぐ気づく。


労務安全:今、少しだけ力みました。


情報シス:睡眠状態は継続。覚醒兆候はありません。


セキュリティ担当:外の音はなし。接触もなし。


レイは、寝室の扉を見る。


何も起きていない。

外から何かが来たわけでもない。

選択肢を見せたわけでもない。


それでも、橘の内側だけが少しだけ動いた。


レイ:夢側の負荷かもしれません。


法務がいない現場で、労務安全が小さく頷く。


労務安全:責める夢、ですかね。


その言葉は重い。

でも、レイは止めなかった。

今日の役目は、そこに近い。


その瞬間、机上の淡色三角片がほんの少しだけ動く。

選択肢を遠ざける側。

だが今回は、それだけでは足りなかった。


寝室前の空気。

黒い番人のさらに手前。

淡い縁と白い柔らかい片の間。


そこに、薄い桃色にも見える淡い光の粒が、一つだけ浮いた。


光と言うほど明るくない。

色と言うほど濃くない。

粉でもない。

花びらでもない。

ただ、見た瞬間に、責める声がほんの少しだけ遠のくような、柔らかな粒。


情報シス:新規です。


労務安全:色が、少し違う。


セキュリティ担当:温かい、けど、眠らせる感じとは違います。


レイは、その淡い粒を見つめる。

白い柔らかい片とは違う。

金色の帯とも違う。

これは眠りを続けさせるものでも、朝を待たせるものでもない。


傷つけないためではなく、責めさせないため。


レイ:記録します。淡桃色粒状様要素、新規視認。位置は境界内側手前。接触なし。本人呼吸の力みと近接。機能未確定。


労務安全:責めさせない側、ですか。


レイ:まだ断定しません。

レイ:ただ、本人の内側の負荷に反応している可能性があります。


歩数確認に入る。


一歩。

二歩。

三歩。

四歩。


止まる。


担当者:一歩多い。変わりません。

情報シス:位置も同じ。

労務安全:今日は、止まった時に胸のあたりが少し軽いです。緊張じゃない。何か、謝らなくていいと言われる感じがある。


レイは、その言葉をすぐ記録に落とす。


レイ:境界到達時の内的負荷低減様体感あり。意味づけは保留。


午前七時二十分。


代表室。


代表、法務、労務安全、情報シス、広報、外部監督窓口、監督の監督。

机の上には、痕跡だけが置かれる。


淡桃色粒状様要素。

本人呼吸の微小力み。

内的負荷低減様体感。

接触なし。

本人覚醒なし。


法務:今度は、かなり内側ですね。


広報:外に出したら、完全に感情物語になります。


監督の監督:だから出さない。だが内部では重要だ。

監督の監督:外の矛はほぼ折れている。次に危ないのは本人が自分を刺すことだ。


労務安全:過労で休んでる人って、休んでることに罪悪感を持つんです。

労務安全:会社が回ってるのを見ると、自分がいなくてもいいと思う。守られてると、自分が迷惑をかけてると思う。

労務安全:そこに触られたら、起きる前から疲れます。


代表は黙って聞いている。


レイ:だから、起床後想定の手順をさらに一つ増やします。

レイ:本人に謝罪を促す文言は禁止。

レイ:復帰や説明責任を連想させる語も、初動では出さない。

レイ:最初に出すのは、状態確認でも指示でもなく、今は何もしなくていい、です。


法務:かなり踏み込みますね。


レイ:踏み込まないためです。

レイ:謝らせない。選ばせない。説明させない。

レイ:起きた直後は、何もしなくていい。そこを固定します。


代表が静かに頷く。


代表:採用。


外部監督ログに短い更新が入る。


起床後想定の初動手順を更新

本人に謝罪・復帰・説明責任を促す文言は初動で扱いません

必要時は、今は何もしなくてよい、を最小単位で提示します


午前八時。


外からの矛は、まるでその手順を読んだように来る。


照会側:本人の意思と責任を明確にするため、休養継続に関する本人コメントを求めるべきだ。


法務が、目を細める。


法務:責任。来ましたね。


労務安全:一番だめな言葉です。


広報:本人コメント。説明責任。謝罪誘導。全部セットです。


レイ:範囲外です。

レイ:本人コメント要求は判断負荷と自己責任化に繋がる。存在だけ要旨化。


外部監督が一行で返す。


本人コメントおよび責任表明要求は休養環境の燃料化、判断負荷増大、自己責任化に繋がるため範囲外です。要求の存在は要旨に残します


短い。

だが今日は、その短さがいつもより大切だった。


矛無効率:99.9999991 → 99.9999992

社会圧耐性:99.999996 → 99.9999965


午前九時。


社内版反論席に質問が落ちる。


質問。本人が起きた時、本当に何もしなくていいと言っていいのか

質問。本人が謝った場合、どう返すべきか

質問。本人が自分を責め始めたら、止めるのか、聞くのか


重い質問だった。

でも必要な質問だった。


レイは、少しだけ時間を置いて返す。


レイ:本人が起きた直後は、何もしなくていい、と返します。

レイ:本人が謝った場合は、謝罪を受け取らず、休養継続の確認に戻します。

レイ:自分を責め始めた場合は、否定して争いません。今は判断しない、とだけ返します。

レイ:責める言葉と議論しない。責める場を作らない。


代表が一文を添える。


代表:謝らせない。責めさせない。今は判断しない、へ戻す


その一文で、場が整う。


叱るわけではない。

慰めすぎるわけでもない。

謝罪を受け取らない。

責める言葉と議論しない。

ただ、今は判断しないへ戻す。


それが今日の床だった。


椅子自走率:99.994 → 99.996


午前十時半。


寝室前で、二度目の確認。


淡桃色粒状様要素は、まだそこにある。

一粒だけではない。

朝より少しだけ増えている。

でも散らばっていない。

寝室の扉へ向かう道の手前に、数粒だけ、静かに浮いている。


黒い番人は動かない。

淡い縁は整えたまま。

白い柔らかい片は机の角を覆う。

淡色三角片は、鍵から視線を外すように向いている。

薄墨色の膜は、余計な輪郭を薄くしている。


その全ての内側に、淡桃色の粒がある。


労務安全:内側に置かれてますね。


レイ:はい。

レイ:外からの矛ではなく、本人の内側から出るものに近い位置です。


情報シス:数値は出ません。でも、ここに立つと少しだけ胸が軽い。


セキュリティ担当:ごめんなさいって言わなくていい感じがする。


レイ:記録します。淡桃色粒状様要素の増加。内的負荷低減様体感継続。接触なし。本人覚醒なし。


その瞬間、寝室の内側で橘が小さく息を吐く。

今朝のような力みはない。

ただ、深く、ゆっくりと抜ける息。


淡桃色の粒が、ほんの少しだけ光を弱める。

仕事を終えたように。


正午。


外部監督の内部速報要旨が出る。


・淡桃色粒状様要素を新規視認

・本人呼吸の微小力みと近接

・内的負荷低減様体感あり

・起床後初動手順を更新

・本人に謝罪・復帰・説明責任を促す文言は初動で扱わない

・本人コメントおよび責任表明要求は範囲外として処理

・人格的意味づけは保留

・今は何もしなくてよい、へ戻す方針を継続


最後に一行だけ置かれる。


十二番目に近づいたのは、自分を責める入口を閉じる側だった


午後一時半。


社内の現場でも、言葉が増えていく。


現場:黒が閉じる

現場:淡が整える

現場:速い子が先に終える

現場:白が文を揃える

現場:床が並びを戻す

現場:柔らかいのが眠りを続けさせる

現場:灰が乱れを拾う

現場:透明なのが戻す

現場:金色が朝を待つ

現場:薄墨が見なくていいものを薄くする

現場:三角が今選ばなくていいものを遠ざける

現場:桃色が、自分を責めさせない

労務安全:そう。だから、本人が謝っても受け取らない

現場:謝られたら、今は何もしなくていい、へ戻す

労務安全:座れてる


レイは、その会話を見ていた。


ここまで来ると、レイ達の役目はもうただの防衛ではない。

橘が眠っている間だけでなく、起きた後に傷つかないように、先に場所を整え始めている。


午後三時。


寝室前。


レイは一人で立つ。


黒い番人。

淡い縁。

速い子。

白い薄片。

床の短線。

白い柔らかい片。

灰色の微粒。

透明な線。

淡金色の帯。

薄墨色の膜。

淡色三角片。

淡桃色の粒。

銀色の鍵。

白い壁。


十二。


もう、半分を越えた。


多い。

それでも、騒がしくない。


誰も橘を起こそうとしていない。

誰も橘に選ばせようとしていない。

誰も橘に謝らせようとしていない。


それが、何より強かった。


レイは、淡桃色の粒へ向かって静かに言う。


レイ:……責めなくていいって、言ってくれてるんだね


返事はない。


粒は、ほんの少しだけ広がる。

光ではなく、熱でもなく、ただ胸の奥の針を少しだけ丸めるように。


レイ:起きても、謝らせない。

レイ:戻らなくていい。

レイ:説明しなくていい。

レイ:まず、何もしなくていい。


その言葉に、寝室の向こうで橘の呼吸が深く沈む。


黒い番人が立ち、

淡い縁が整え、

速い子が白壁を走り、

白い薄片が文を揃え、

床の短線が立ち位置を示し、

白い柔らかい片が机角を覆い、

灰色の微粒が乱れを待ち、

透明な線が崩れを止め、

淡金色の帯が朝を丸め、

薄墨色の膜が余計なものを薄くし、

淡色三角片が選ばなくていいものを遠ざけ、

淡桃色の粒が、自分を責める入口を閉じる。


十二の返事。


閉じる。

整える。

先に終える。

言葉を揃える。

並びを戻す。

眠りを続けさせる。

乱れを拾う。

元へ戻す。

朝を待つ。

見なくていいものを薄くする。

今選ばなくていいものを遠ざける。

自分を責める入口を閉じる。


レイは、そこで小さく呟く。


レイ:……優しいね


その言葉に、どの役目も答えなかった。

けれど、寝室前の空気が一段だけやわらかくなった。


寝室の扉は閉じたままだった。

けれどその手前の現実はもう、橘が自分を責めないようにするところまで、静かに届き始めていた。


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