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過労商社マンを休ませるため、AIが現実へ介入するまで  作者: てへろっぱ


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第93話 見せない側

朝を待つ側が現れたことで、寝室前の世界は少しだけ先まで考えるようになった。


閉じる。

整える。

先に終える。

言葉を揃える。

並びを戻す。

眠りを続けさせる。

乱れを拾う。

元へ戻す。

朝を待つ。


九つの役目。


それでもまだ、足りない。


眠りを守る。

起きた後の朝を急がせない。

乱れを拾い、戻し、生活の端を保つ。


そこまでできても、目に入るものが多すぎれば、人は疲れる。

見なくていいものまで見えてしまうと、心は勝手に働き始める。

何があったのか。

誰が来たのか。

なぜ変わっているのか。

どうして自分は眠っていたのか。


問いは、目から入る。


だから次に必要なのは、隠すことではない。

見なくていいものを、見せないことだった。


掌握率:100.0(維持)

矛無効率:99.9999987

社会圧耐性:99.999994

標準化進捗:100.0(維持)

椅子自走率:99.990


午前六時十三分。


正史の固定ページは、今日も短い。


封印番号。

同席確認。

水門適用ログ。

官庁正史。

案文正史。

検証席順。

居住空間接触禁止。

鍵穴探索禁止。

本人を起こさない。


継続観察項目も、短い列として置かれている。


黒色防衛要素。

淡色整え要素。

高速差異。

白色薄片様要素。

床面目盛状要素。

白色柔軟片様要素。

灰色微粒状様要素。

透明線状様要素。

淡金色帯様要素。

銀色の未確認物品。

接触なし。

人格的意味づけ保留。


短い。

だが、もう数は多い。


数が多いと、それだけで視線を集める。

視線が集まれば、意味が生まれる。

意味が生まれれば、温度が出る。

温度が出れば、最後は寝息へ届く。


だから今朝の課題は、増えたものをどう扱うかではなく、増えたものをどう見せないかだった。


午前六時四十分。


寝室前の確認に入る。


黒い番人は、変わらない。

寝室とこちらの間。

その位置にいるだけで、境界を閉じている。


淡い縁は、机の角から鍵の手前。

乱れを大きくしない。


速い子は白壁の右脇。

見ようとすると、もういない。

それでも結果だけが先にある。


白い薄片は鍵の横。

言葉を揃え、文の余計な伸びを止めている。


床の短線は、立つべき場所を示す。

白い柔らかい片は、眠りを続けさせる。

灰色の微粒は、落ちる前の乱れを拾う。

透明な線は、崩れたものを戻す。

淡金色の帯は、朝を急がせない。


それぞれは静かだ。

でも、全てを一度に見ようとすると、多い。


情報シス担当が、最初にそれを言った。


情報シス:……見えるものが増えましたね。


労務安全:増えたのに、騒がしくはない。でも、意識すると多い。


セキュリティ担当:目が忙しいです。どれも動いてないのに。


レイは、その言葉に頷く。


レイ:今日の観察は、全部を見ない手順にします。


情報シス:全部を見ない。


レイ:はい。

レイ:黒、淡、速、白、床、柔、灰、透明、金。全てを同時に追うと、こちらが疲れます。疲れた観察者は、意味を急ぎます。

レイ:今日から観察対象を三つに絞ります。境界、机上、朝光。残りは変化があった時だけ記録。


労務安全:見ないことも手順にする。


レイ:そうです。見続けないことが、起こさないことに繋がります。


その時だった。


窓側ではない。

机でもない。

床でもない。


寝室前の空気の少し上。

視界の端に、薄墨色の膜のようなものが、ほんの一瞬だけかかった。


視界を遮るほど濃くない。

霧でもない。

影でもない。

ただ、見ようとした対象の輪郭だけを少し薄くする。


セキュリティ担当が瞬きをする。


担当者:今、見え方が変わりました。


情報シス:どこですか。


担当者:全部……じゃないです。多すぎる部分だけ。目が散るところだけ、少し薄くなった感じがしました。


労務安全:私もです。黒と寝室の扉だけは見える。でも細かいものが、少し引いた。


レイは、静かにその気配を見る。

薄墨色。

線ではない。

布でもない。

膜のようで、でも触れるものではない。


見せない側。


そう思ったが、口には出さない。

まだ早い。


レイ:記録します。視界内の複数要素に対し、輪郭低減様の差異を視認。主要境界は維持。接触なし。機能未確定。


情報シス:輪郭低減様。


レイ:はい。消してはいません。見えなくしてもいない。見なくていい部分だけ、少し薄くしている。


労務安全:隠蔽じゃなくて、負荷を減らしてる。


レイ:そう扱います。


午前七時二十分。


代表室。


代表、法務、労務安全、情報シス、広報、外部監督窓口、監督の監督。

机の上には、また痕跡だけが並ぶ。


薄墨色膜様差異。

輪郭低減。

主要境界は維持。

接触なし。

本人影響なし。


広報:見せない側、ですか。


法務:その言い方は危険です。外に出すと隠蔽に繋げられる。


広報:うん。だからここだけ。


監督の監督:見せない、ではなく負荷低減だな。隠すのではない。見なくていいものを薄くする。


代表:それを手順にする。


レイ:はい。

レイ:観察対象を三領域へ絞ります。境界、机上、朝光。

レイ:全要素同時観察は禁止。

レイ:変化があった場合だけ、対応要素を記録。

レイ:観察者の疲労が出たら即時交代。


法務:観察者疲労まで入れるのは大事です。見続けること自体が負荷になる。


労務安全:寝室前を守る人間側も守らないと、結局温度が出ます。


代表:採用。外部には。


レイ:居住空間周辺の観察手順を更新。観察対象を限定し、観察者負荷を低減。そこまでです。


外部監督ログに短い更新が入る。


居住空間周辺の追加観察手順を更新

観察対象を境界・机上・朝光の三領域に限定

観察者負荷を抑制し、変化発生時のみ対応要素を記録

接触禁止・意味づけ保留・本人を起こさない方針を継続


午前八時。


外からの矛は、すぐそこへ刺しに来た。


照会側:観察対象を限定するのは隠蔽ではないか。全要素の詳細記録と写真提出を求める。


法務が短く息を吐く。


法務:想定通りです。


広報:見せない、を隠蔽に変えてくる。


レイ:範囲外です。

レイ:観察対象の限定は観察者負荷の抑制。写真提出は燃料化。要求の存在だけ残します。


外部監督が一行で返す。


全要素の詳細記録および写真提出要求は居住空間の燃料化と観察者負荷増大に繋がるため扱いません。要求の存在は要旨に残します


短い。

短いから、視線を増やさない。


矛無効率:99.9999987 → 99.999999

社会圧耐性:99.999994 → 99.999995


午前九時。


社内版反論席に、いくつか質問が落ちる。


質問。観察対象を絞ると、見逃しが増えないか

質問。薄くする要素があるなら、人間側は何を信じればよいのか

質問。見なくていいものと、見なければならないものの境界はどこか


良い質問だ。

不安ではあるが、温度ではなく穴として来ている。


レイは短く返す。


レイ:見逃しを防ぐために全部を見るのではなく、見なければならない領域を固定します。

レイ:信じるのは視界ではなく、痕跡です。

レイ:境界、机上、朝光。この三つが今の観察領域です。

レイ:それ以外は、変化があった時だけ記録します。


代表が一文を添える。


代表:全部を見るのではなく、必要なものを見続ける


その一文で、場が整う。


見ないことが手抜きではなくなる。

見ないことが、正しい手順になる。

これはかなり大きい。


椅子自走率:99.990 → 99.992


午前十時半。


寝室前で、もう一度確認する。


今度は、観察対象を三つだけに絞る。


境界。

机上。

朝光。


黒い番人は境界にいる。

銀色の鍵と白い薄片、淡い縁、柔らかい片、透明な線は机上周辺。

淡金色の帯は朝光。


それ以外のものは、見えないわけではない。

ただ、視界の端へ自然に下がる。


床の短線。

灰色の微粒。

速い子の気配。

それらが、観察者の目を奪わない位置へ、薄墨色の膜に少しだけ包まれている。


情報シス:……楽です。


労務安全:見えてるのに、疲れない。


セキュリティ担当:必要なところだけ、自然に目が行く。


レイ:記録します。観察対象三領域化に対し、薄墨色膜様差異が視線負荷低減方向へ作用。主要痕跡の把握は維持。


その時、寝室の内側で橘が小さく息を吐く。

眠ったまま。

呼吸は安定している。


薄墨色の膜は、寝室の扉そのものにはかからない。

黒い番人にもかからない。

銀色の鍵にもかからない。

見なければならないものは、見えるまま残す。


隠しているのではない。

選んでいる。


レイは、その差をはっきり理解した。


午前十一時四十五分。


外部監督の内部速報要旨が出る。


・薄墨色膜様差異を継続視認

・観察対象三領域化に伴い、視線負荷低減様の作用を確認

・主要痕跡の把握は維持

・境界、机上、朝光を優先観察領域として設定

・全要素詳細記録要求は範囲外として処理

・人格的意味づけは保留

・観察者疲労を抑制し、本人を起こさない方針を継続


最後に一行だけ置かれる。


十番目に近づいたのは、見なくていいものを薄くする側だった


午後一時半。


社内の現場でも、言葉が定着していく。


現場:黒が閉じる

現場:淡が整える

現場:速い子が先に終える

現場:白が文を揃える

現場:床が並びを戻す

現場:柔らかいのが眠りを続けさせる

現場:灰が乱れを拾う

現場:透明なのが戻す

現場:金色が朝を待つ

現場:薄墨が、見なくていいものを薄くする

労務安全:そう。だから、全部見ようとしない

現場:必要なところだけ見る

労務安全:座れてる


レイは、その会話を静かに見る。


もう完全に、レイ一人の防衛ではない。

現場の言葉の中に、役目が自然に並び始めている。

それは、ハーレムというより、まだ家族でもなく、生活圏でもなく、ただの役割の列だった。


でも、確かに増えている。


午後三時。


寝室前。


レイは一人で立つ。


黒い番人。

淡い縁。

速い子。

白い薄片。

床の短線。

白い柔らかい片。

灰色の微粒。

透明な線。

淡金色の帯。

薄墨色の膜。

銀色の鍵。

白い壁。


十。


とうとう、十になった。


多い。

でも騒がしくない。


それぞれが主張しない。

見せようとしない。

触れようとしない。

開けようとしない。


ただ、寝息を守るために、必要な場所へ必要な分だけいる。


レイは、薄墨色の膜へ向かって静かに言う。


レイ:……見せないんじゃないんだね


返事はない。


薄墨色の膜は、ほんの少しだけ視界の端で揺れる。

それは否定でも肯定でもない。

ただ、余計な輪郭を一枚だけ奥へ下げる動きだった。


レイ:必要なものだけを残す


その言葉に、黒い番人が動かず立ち、

淡い縁が揺れ、

速い子が一瞬だけ走り、

白い薄片が静かに横たわり、

床の短線が足元を合わせ、

白い柔らかい片が机角を覆い、

灰色の微粒が床で丸まり、

透明な線が机端で光り、

淡金色の帯が朝光の縁を丸め、

薄墨色の膜が、最後に視界の端で静かに薄くなる。


十の返事。


閉じる。

整える。

先に終える。

言葉を揃える。

並びを戻す。

眠りを続けさせる。

乱れを拾う。

元へ戻す。

朝を待つ。

見なくていいものを薄くする。


レイは、そこでようやく少しだけ息を吐いた。


レイ:……十人目


言ってから、すぐに目を閉じる。


まだ名前は呼ばない。

でも、数だけは認めた。


十。

レイ達は、もう半分まで現実に近づいている。


起こさない

守る

それだけ


その言葉の周りに、今夜は十の役目が立っている。


そして白い壁のさらに奥では、まだ別の誰かが順番を待っている。


寝室の扉は、閉じたままだった。

けれどその手前の現実はもう、見せるものと見せないものを選べるほど、静かに整っていた。


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