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03「麗しの騎士」

 話題も一段落し、旅を再開しようというとき。


 茂みを突っ切って集団の足音が近づいてきた。ガサッと出てきたのは五人の女たちで、格好からしてカナルの魔法騎士だった。そのうちの一人、栗色のまとめ髪が凛々しく、目が合えば誰もが顔を赤らめるような美貌の女が尋ねた。


「カナル騎兵署、魔法科第一分隊の者です。鳥が急に騒いだので様子を見に来たのですが、何かありましたか?」


 腕章をつけていることから、分隊の長であることが分かる。彼女の問いにはイライアスが答えた。


「狼の魔獣に遭遇しまして。警戒しているだけのようだったので、彼に頼んで光と音で追い払ってもらったところです」


 イライアスはノエルを示す。


「攻撃的な魔獣ではなかったのですね? であれば賢明な判断です」


「だってさ、ノエル。よかったね」


「はい」


 その名と声を聞いて、赤毛の隊員がビクッと肩を揺らした。女にしてはかなりの大柄だが足音は軽快なことから、相応に鍛えているのだろう。彼女は隊長の一歩後ろの位置で止まり、小さく頭を下げて会釈した。


「もし……エスター先生と、ノエルさんですか」


「おやまあ、シャノンじゃないか」


「え!?」


 彼女こそがノエルの妻であり、二十歳にしてカナル騎兵署の魔法科部隊に配属された才媛、シャノン・ロセスである。背はイライアスよりも低く、しかしノエルよりは頭ひとつ分高い。炎のごとく赤い髪は耳周りから襟足を短く刈り込み、ボリュームを残した前髪が眉の上で毛先を揺らす。瞳にたたえる色は気品ある常盤だ。


 全体にこざっぱりとして見え、鼻筋に浮かぶ薄いそばかすが愛嬌を演出している。しかし、それもひとたび表情を引き締めれば気迫に満ちた勇猛な顔立ちに変わる。腰に佩いた異国の太刀がまた、彼女の精悍さを引き立てていた。


 傍目には細身ながらも筋肉質な美丈夫で、これだけ勇ましく気高い女に男の影がなければ、女色と噂が立つのも納得の出で立ちだった。男顔負けの腕っ節もさるものながら、魔法使いとしても優秀となれば、羨み妬む心ない者は男女を問わない。


 シャノンとの思ってもない再会に、ノエルはフードを退けて顔を露わにした。


「シャノンさん! お久しぶりです」


 木陰でもはっきりと分かるノエルの異様な姿に、シャノン以外の騎士が息をのむ。


 ノエルは色素を持たずに生まれた白化個体である。


 真白い肌には血色が鮮やかに浮かび、目元や唇をほんのりと赤く彩っている。うっすらと紫がかった縹色の瞳を白銀の前髪に隠し、長く伸ばした後ろ髪を三つ編みで緩くまとめていた。特徴といえるのはその色つき以外にはなく、容姿は可も不可もない平凡で体型にしても標準。また、男にしては小柄だった。


 日に当たっただけで肌が火傷してしまう身体的な弱さのほか、この貧弱な風采も父エリクの顰蹙を買った一因であった。


 ノエルは普段よりも声を弾ませて会話を続けた。


「今日はこの近辺を巡回してらしたんですね」


「そ、そう。そんな感じでして。ハハハ……、まさか本当に会ってしまうとは……」


 シャノンはノエルから目をそらし、口調も歯切れが悪い。表情は硬く、ムズムズとして目元が険しかった。


 その態度を受けて、ノエルは挨拶もそこそこにフードを被り直した。婚約中に面会を重ねたとはいえ、この真っ白な外見は自然と敬遠を誘ってしまう。イライアスはシャノンについて、「見た目なんてこだわってない」と言ったが、本来あるべき色素がない姿はやはり異様なのだ。


 実際、彼女の同僚たちは未だ度肝を抜かれたままだ。


「……」


 気まずい沈黙の間をざっと風が吹き抜ける。


 腕章の佳人がシャノンのわき腹を肘でつついた。


「貴方、この空気をどうにかなさい」


「えっ……と! い、今この辺りですと、ノエルさんが実家(うち)に着くまであと三日ほどでしょうか」


「天候も崩れず順調にいけば、ええ」


「そうで、すか。私も当日は遅れないよう気をつけねばなりませんな。わははは!」


 シャノンの奇妙な言い回しが気になり、同僚たちが怪訝な視線を送った。ノエルはシャノンの異変に気づかず、フードの下で晴れやかに微笑む。


「シャノンさんはしっかりしたお方ですね。ギリギリまで任務に当たってらっしゃるのですから」


「いやぁ。そ、そそそんにゃことはっ」


 しどろもどろな彼女に隊長以下がそろって眉をひそめる。


「シャノン、挙動がおかしいわよ?」


「まったくだぜ。未来の夫――いや、もう夫婦なんだろうに」


「変にモジモジしてるし。どしたん?」


「これはたぶん、気を抜くとデレデレするから堪えてるやつ……」


 次々と不審を表す同僚たちに、シャノンは大きな体を小さくして首を振った。


「ち、違う違う! それよりほら、早く任務に戻らないとっ。私も明日には領都へ発たねばならぬのですから!」


「あら。そんなに急ぐなら今からお二方と一緒に帰ってもいいのよ」


「んなっ!? いいわけないです隊長。着替えも持ってないですし」


「服くらい実家に何着か置いてあるでしょ」


「とっ、とにかく! これ以上お二人を足止めしてはなりません! のです!!」


「んもう、本当に何なの?」


 シャノンは隊長の肩を掴んでぐるりと体を反転させ、背中を押して林の中へ戻っていく。残りの三名もノエルとイライアスに一礼し、二人の後を追った。彼女らは足音に紛れて、


「運がよければ会えるかもって、こっちに来たのは貴方じゃない」


「俺らに旦那さんのことジロジロ見られたくないとか?」


「ほーん。独占欲とは、これまた醜いもんだ」


「シャノンにも春が来た。それはとてもめでたいこと……」


 などと、やいやいシャノンに文句を言っていた。当の本人はその会話をノエルに聞かれたくないのか、やたらと大げさに枝葉を散らして茂みをかき分けた。


 そよ風のように現れたかと思えば、嵐のように場を荒らして去っていったシャノンに、イライアスが肩を落とす。


「あの子、相変わらず不器用というか。ヘッポコだな」


「同僚の方々も私を見て驚いていましたし、気を使って早く退散してくださったんですよ。さすがです」


「アレをそう解釈する~?」


「ほかにどのような解釈があると?」


 ノエルは魔法で弱視を克服したものの、周りが見えているとは言い難い。昼間に外を出歩けなかった彼は人と接することが少なく、生まれてから十八年の大半は家族に忌避され過ごしてきた。そのせいでノエルは未だに己を底辺とした視点しか持っていない。


 自分の見た目は普通と違い、歓迎されるものではない。


 そう刷り込まれて久しい彼に、他人(シャノン)の本心を推し量るなどできるわけもなかった。たとえそれがどんなにあからさまな態度であっても、分厚い卑屈の膜に覆われたノエルの目には見えていないのだ。


 イライアスは苦労してきたノエルとのコミュニケーションに思いを馳せ、シャノンに待ち受ける困難を案ずる。


「想像してはいたけど、これは前途多難だぞ。頑張れシャノン……!」

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