プロローグ
表舞台の裏側に立つ青年。
これは、誰にも知られない「もう一つの夜」を描く物語。
ホールのざわめきは、いつも人々より先にやってくる。
最初は換気扇の低い唸り声、次にカートの車輪が床を叩く音、
そして舞台裏でこぼれた安いコーヒーの匂い。
夜の九時になる頃には、その音が厚く重なり合い、
足音、笑い声、ドアの開閉、途切れた会話が混じり合っていく。
エイリドはもうそこにいた。
整えられた制服、丁寧に掛けられた上着。
胸についた小さな金属プレートには名前ではなく、ただ「17」の数字。
彼はハンガーの列を真っ直ぐにそろえる。
角度まできっちりと。
乱れは嫌いだ。混沌は彼を苛立たせる。
クロークの奥には湿った布とヘアスプレー、香水の匂いが漂い、
それが他人の祝宴の裏側だけにある特別な香りを作り出していた。
最初の客がやってくる。
「こんばんは、番号札をどうぞ」
「ありがとうございます、次の方」
百回、千回と繰り返される同じ動作。
右手でコートを受け取り、左手でタグを掛ける。
目は次の客へ。
すべてが正確で、静かな機械のようだった。
時々、彼は一目で人を当てる。
震える指の男は、スマホの割引コードを探すだろう。
短いコートの女性は、必ず「他の人と離して掛けて」と言う。
そして、ゲーム配信の話をしている若い二人組。
その言葉が、彼の夜のもう一つの顔をかすめる。
ホールが最も騒がしくなった頃、
カウンターの下の古いスマホが小さく震えた。
画面にはひびが入り、スピーカーは割れている。
だがまだ動く。それで十分だった。
画面に淡く光る通知。
[レイド 02:00 編成を確認しますか?]
彼は整然と並ぶハンガーを見渡し、
天井の薄暗い照明と、
空気に溶けきらない治療用ハーブ巻きの香りを感じた。
わずかな間を置き、指先が画面に触れる。
「はい」
短く息を吐き、ローズの香りが漂う煙を指で払いのける。
立ち上がると、ドアの向こうで街が唸っていた。
これから始まるのは、もう一つの夜の仕事だった。




