交渉
肩に担いだままでは目立つ。
俺はカレンの腕を自分の首に回し、半ば引きずるようにして歩いた。
意識のない体は想像以上に扱いづらい。足がもつれるたびに石畳に擦れそうになり、
そのたびに舌打ちが漏れる。
「……軽すぎるだろ」
ぼそりと呟く。
食っていないのが分かる重さだった。
森へ抜ける穴をくぐり、拠点へ戻る。
木の小屋が見えたところで、ルナが気づいて駆け寄ってきた。
「その子……!」
「大丈夫だ。生きてる」
短く答え、そのまま中へ入る。
ベッドの上に寝かせると、ティアが不安そうに覗き込んできた。
「……血」
「大丈夫。見た目ほど深くはないさ」
医学なんて齧ってもないが、癒しスキルの恩恵で簡単な診察はできる。
見た目ほど致命的ではない。
だが打撲と疲労、それに栄養失調。放置すれば危なかったのは間違いない。
カレンの意識がないことを確認してから、そっと手をかざす。
<癒し>
淡い光が掌から流れ出る。
確かに“何か”が巡る。
体の奥がわずかに重くなる。精神力を削られる感覚。
「……よし、効いてるな」
数分、集中してから手を離す。
これで致命的な状態は抜けたはずだ。
ルナが水を絞った布でカレンの顔を拭いてくれる。
「呼吸、落ち着いてきたね」
「ああ」
俺は頷き、棚から小さな容器を取り出す。
自作の傷薬だ。草と脂を混ぜた軟膏。
「これを使う」
ルナに見せるように言う。
「傷口に塗れば治りが早くなる。傷が治ったのはこれのおかげ、ってことにする」
ルナは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに理解したように頷いた。
「……分かった」
ティアは黙って見ている。
俺は治りきらなかったカレンの腕の擦り傷に薬を塗る。
赤く腫れていた部分も、じわじわと落ち着いていく。
――本当はもっと早く治せる。
だがそれを見せるには、リスクが勝る。
保身のために、この子は無駄に苦しむことになる。
じくじくと体の何処かが痛む。
火にかけていた鍋から、香りが立つ。
細かく刻んだ肉と木の実を入れた簡単なスープ。
ここ最近の定番だ。
「起きたら、これを食わせてやろう」
「うん」
準備を終え、しばらく様子を見る。
やがて――
「……ん」
小さな声。
カレンの指がわずかに動いた。
「起きたか。」
俺が呟いた直後、彼女の目が開く。
ぼんやりと天井を見て、それから一気に意識が戻る。
「っ……!」
跳ね起きようとして、すぐに体が悲鳴を上げた。
「無理するな」
俺が肩を押さえると、カレンは息を荒くしながら睨んでくる。
「……あんた……」
「覚えてるなら話は早い」
しばらくの沈黙。
やがて、視線が周囲に移る。小屋、ルナ、ティア。
「……ここ、どこ」
「俺らの家だ」
「……なんで」
「倒れてたからだ」
短く答える。
それ以上の説明はしない。
カレンは数秒黙り、それから小さく舌打ちした。
「……最悪」
だが、その声には力がない。
腹の虫が、ぐう、と鳴った。
一瞬の静寂。
ティアがぴくっと反応し、ルナがくすっと笑いをこらえる。
「……笑うな」
「いや、普通のことだ。」
俺は鍋を手に取り、器によそう。
「食うか」
差し出すと、カレンは一瞬ためらったが、すぐに奪うように受け取った。
そして――
がつがつと食べ始めた。
「……おいしぃっ…!!」
小さく漏れた声。
そのまま無言で、勢いよく食べ続ける。
器が空になるまで、時間はかからなかった。
満足したように息をつき、ようやくこちらを見る。
「……助けられた、ってことでいい?」
「そうなるな」
「……借り、二回目か」
小さく笑う。
だがすぐに、表情が引き締まる。
「……盗みに入ったんだよ」
「ああ、」
「パンじゃない。今回は金になるもん狙った」
視線が落ちる。
「……見つかって、殴られた」
単純な話だ。
だが、それで終わらないことは分かる。
俺は壁にもたれながら、静かに言った。
「ここで暮らすか?」
ルナとティアがこちらを見る。
カレンは目を丸くした。
「……は?」
「食い物はある。寝る場所もある」
事実だけを並べる。
「無理して外で倒れるくらいなら、こっちの方がマシだろ」
沈黙。
カレンはしばらく何も言わなかった。
そして、ゆっくりと首を振る。
「……無理」
「理由は?」
「……あたしだけじゃない」
視線が鋭くなる。
「他にもいる。六人」
その言葉で、全て繋がった。
パンを盗んでいた理由。無茶なことをする理由。
自分一人のためじゃない。
「ガキばっかだ。あたしがいないと――」
そこで言葉が止まる。
歯を食いしばる音が聞こえた。
俺は、ため息をついた。
「なら」
カレンが顔を上げる。
「全員連れてこい」
「……は?」
「六人だろ。問題ない」
ルナとティアが驚いた顔をする。
だが、止めはしない。
カレンは完全に固まっていた。
「……本気?」
「ああ」
俺は淡々と続ける。
「元々、そのつもりだった」
「……そのつもり?」
「人数が増えれば、できることも増える。
これからちょうど人手を探すところだったんだよ。」
狩り、加工、管理。
一人より、複数の方が効率はいい。
それに――
「ガキが飢えて死ぬのを見るのは、あー、趣味じゃない。」
静かに言う。
カレンはしばらく黙っていた。
そして。
「……あんた、バカだろ」
小さく笑った。
だがその目は、少しだけ潤んでいた。
「でも……ありがとう」
深く、頭を下げる。
鼻をすする音は、聞こえないふりをした。
「連れてくる」
「ああ」
短く返す。
こうして、話は決まった。
拠点は、三人から――
さらに広がることになる。
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