さか
「明日、デートしよう」
と声をかけたのは意外にも大和だった。
「話したいことがあるんだ」
紗奈は頷く。
「うん、私も、話したいことがある」
大和は、全てを理解しているかのように頷いた。
全部わかってるんだろうな、と紗奈は思った。
「お願いがあるんだ」
大和はそう言って、泣き笑いのような表情を浮かべた。ひどく悲しそうにも見えたし、ひどく幸福そうにも見えた。
「なに?」
聞くまでもなく、わかっていた。紗奈にはもう、全部。
「明日のデートが終わるまで、その話はしないでおこう」
ほら、やっぱり。
紗奈は自分の顔も泣き笑いのようになっていると分かった。だって泣きそうだった。怒りでいっぱいだった。
「わかった」
紗奈は言った。怒りに声を振るわせて。
「とびっきり、可愛くしてくる」
大和は頷いた。
「うん、そうして。俺もとびっきりかっこよくしてくるから」
紗奈も頷いた。
「そうして。かっこよくなかったらその場で帰っちゃうから」
「そっか、じゃあ頑張らないとな」
紗奈は怒っていない大和に怒っていた。
なんでもないように、いつも通りに接してくることに腹が立った。
「ばか」
紗奈は大和のお腹を弱々しくグーで殴った。
「そんなわけないじゃないか」
いつものように、大和は返した。
どこまでもいつも通りに。
***
翌日。紗奈は1時間かけて髪をセットして、1時間かけてメイクして、大和のことを待っていた。ウォータープルーフでメイクは揃えた。ヒールはやめて、厚底を選んだ。クラシカルな真っ白のワンピースを身にまとった彼女は、さながら銀幕の妖精のようだった。
「お待たせ」
大和は自分よりも早く来て、自分を待っていた紗奈を見つけて、急いで駆け出した。
上げられた前髪は、大和の目力を強め、その顔の美しさをより強調していた。白い短めのシャツを太めのパンツにタックインして、青のネクタイをつけている。ピアスと指輪も、通信や支払い手段だけに特化したいつものものではなく、デザインされたものだった。襟のおかげで大和がいつもいつでもつけていたチョーカーが見えないからか、いつもよりも紳士に見えた。
「かっこいい」
紗奈は思わずこぼした。大和はその言葉すら耳に入っていないようで、紗奈に見惚れている。
「…………綺麗だよ」
大和はそう言って、紗奈の髪を一束手に取った。
「俺のために、わざわざ巻いてくれたの?いつも面倒だって言ってたのに」
「まぁ、ね」
紗菜は目を閉じた。大和が紗奈のセットが無駄にならないように細心の注意を払って触ってくれているのがわかる。それがなんだかこそばゆかった。
「ありがとう、かわいいです」
「しってる。大和はかっこいいね。いつもかっこいいけど、今日はいつもよりなんか眩しい」
紗奈は思わず笑みをこぼした。大和は一気に顔を赤くした。
「それで?」
紗奈は大和の手を取った。冷たかった。ひんやりしている。
「今日はなにするの?」
いつもは一緒に何をするかを話し合って決めていたが、昨日大和が『明日は俺に任してほしい』と言ったため、紗奈は今日がどのように進むのか、見当もついていなかった。
「北海道に行きます」
「え?」
あっけにとられた顔をした紗奈を満足そうに眺めて、大和は紗奈を車に押し込む。そうしてあれよあれよといううちに、紗奈はリニアモーターカーに乗り込んでいた。
「どうして北海道なの?」
「ついてのおたのしみー」
ついてすぐ、そこがどこかはわかった。
紗奈が生まれ育った場所だったから。
「ここ、私の……!」
大和はいたずらが成功した子供のような顔をして笑った。
「そう。こんな感じだったね」
大和は懐かしそうに眼を細めた。なぜ大和が懐かしそうなのか、と思って尋ねる。
「え?来た事あるの?」
「ないよ。ほら、動画で見てたから」
「それだけ聞いたら怖い人よ」
紗奈はそこで一つの可能性に気が付く。
「ん?北海道に来たのも初めて?」
「ああいや、それは違う」
大和は紗奈にデータを送信した。
「ここのブラックホール研究所に行ってたことがあるから」
「えええええ!」
「うん、紗奈なら驚くと思った」
あとで行こうかと大和は紗奈に促した。大和は最初から、そこに連れていくつもりだったのだろう。紗奈が好きだと知っているから。今日は紗奈を喜ばせるために一日のプランを立てたに違いなかった。
「じゃあ今日はさ、そこ行って、そのあと北海道を見て回ろうか」
「え、うーん」
うれしい申し出だったけれど、紗奈はしぶった。
「いや、それだとゆっくり話す時間が取れないから、それはまた今度でいいよ」
今度、という言葉に少しだけ重みを込めた。
「…………そっか。それもそうだな」
そうと決まれば、と紗奈の母校を二人は回る。大和は馬鹿みたいに後者と寮に詳しくて、紗奈に運動会と文化祭以外にも紗奈のデータをもらっていたことがばれた。
「いやだって知りたくて……ごめん……」
「いやいいんだけど!ちょっと、ほら、恥ずかしくてどうすればいいかわからないってだけで……」
いつも大和をからかっては照れさせている紗奈が、こうも恥ずかしがっている姿はかなり珍しく、大和はニヤニヤと口元をゆがめた。
「なによもう――――って、まって」
「え?」
「じゃ、じゃあ、大和って圭のこと私から聞く前にしってた、とか………?」
「あー」
大和はバツが悪そうに眼をそらした。
「…………ひみつだ」
「いや通用しないしそんなの!私大和が秘密っていうときは都合が悪い時って知ってるんだから!」
大和は噴き出した。
「ははっ」
上機嫌に、これ以上の幸せなどこの世に存在しないかのように、彼は笑った。
「知ってたよ」
「ほらやっぱり!」
「…………圭くんのことも、だから、勝手に友達みたいに思ってた」
最後の言葉は紗奈の耳にと置かないくらい小さくて、紗奈は聞き直したけれど、大和は答えてくれなかった。
校内を一周して、そこで起こったことを話していると、まるで大和と一緒に学生生活を送ったかのように紗奈には思えた。そしてそれはかけていたピースをようやく見つけたかのように、しっくりとくる妄想だった。
「なんだか」
紗奈の肩を柔らかな風がなでる。
「一緒に学生生活を過ごしたみたいね」
大和の髪も、同じ風が揺らした。
「……ほんとだな」
それから、二人は温暖化対策で作られた草原へと移動した。一通り見たいところを見終わったから、その草原に来た頃には、もう夕方になっていた。太陽はもう、帰る準備を始めている。
先に口を開いたのは大和だった。
「そろそろ終わりだな」
それは、話し合いを始める合図。
仲良しこよしの、どこにでもいるカップルみたいな時間は、その一言をきっかけに終わった。
その『終わり』という言葉が差すものは、一体なんなのだろうかと紗奈は思う。
デートが?
それとも?
「そうだね」
目を合わせずに、大和が言った。
「俺からいいか?」
「うん」
紗奈も目を合わせなかった。紗奈は怒っていた。怒りでいっぱいだった。
紗奈は次に大和が何を言うかが、手に取るように分かった。何を紗奈に望んでいるかが、痛いほどわかった。
「俺、これから」
「私の前からいなくなるとでも言うんじゃないでしょーね」
大和が言う前に紗奈は怒って大和の胸倉をつかんだ。
大和が面食らって黙り込む。
「声を発しないで、もうわかってるんだから!」
そういって、大和を押し倒し、紗奈は大和のネクタイを無理やり取ってボタンを開けた。
黒いチョーカーを掴む。
いつもいつでも、大和の首元で揺れていたチョーカーは、嫌気がさすほどどす黒かった。
「ばっかじゃないの!!」
紗奈は涙を必死にこらえた。
「大和が消えて、私が喜ぶとでも思ってるわけ!?」
つかんでいたチョーカーから手を放す。顔を覆った。




