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殺してよ

 どれだけの時間が経ったのだろうか。グスタフだけがいなくなってしまってから、もう動く気が全く起きなかった。


 しばらくこのまま待っていたらあの黒狼は戻ってきてくれるだろうか。私を食べてくれるだろうか。黒狼の腹が減れば獲物を探してこちらにやってくるかもしれない。


 私は獲物としてなかなかのものだと思う。若い乙女の肉だ。もし魔物が食べるならば美味しいはずだ。しかも私は逃げないのだ。むしろ喜んで好みを差し出す。狩る必要のない食料だ。


 しかし、黒狼は食べてくれないだろう。きっと森の何処かで獲物を狩ってきて、私の目の前で貪り食うのだろう。「お前を私の腹に収めることはない」と見せつけてくるだろう。あの黒狼は私を見て愉しむのだろう。


 たかが犬のくせに目を細め口角をあげて、にやりと笑うだろう。


 森のなか一人膝を抱えていると、松明を持った人物がやってきた。


「聖女様大丈夫ですか?」


 ギルベルトだった。なんとか縄を解いてきたらしい。縛り上げた私をわざわざ迎えにくるなんてどういうつもりだろう。あまつさえ、私を心配までしてくれている。


 私を恨んでいてもいいはずなのに。


 ギルベルトは私を立ち上がらせると、私を上から下まで視線を走らせた。


「歩けますね」


 黒狼の尻尾に吹き飛ばされたときに、したたかに背中を打ち付けたが、骨折などはしていない。じんわりと背中が痛むが歩けないほどでもない。


 でも、どこに行くというの? 黒狼のもとに連れて行ってくれるのだろうか。


「この森は危険です。早く戻りましょう」


 やはり黒狼のもとに連れて行ってはくれないか。


 ギルベルトは地面を濡らすグスタフの血をみた。


「あの血は……?」


「グスタフの血よ。黒狼に食べられた。もう彼は戻ってこない」


 血の周りにはグスタフだった肉片が散乱していた。……グスタフだった、と言えるだろうか。ここに来る前に、グスタフの身体のほとんどの部位は他人のものと交換されていた。あれはグスタフであってグスタフではない。


「……はやくこの場を離れましょう。このままだと我々も襲われるかもしれません」


 ギルベルトは油断なく周りを見渡している。流石戦闘訓練を積んだ教会騎士だ。


 でもその警戒は無意味だ。たとえ黒狼が戻ってきてもおそらく私を食べてくれないのだから。


 殺してくれたら良かったのに。


「聖女様、いきますよ」


 ギルベルトは有無を言わさずに私の腕を取ってきた。乱暴に掴まれて腕が痛い。そのまま歩きだそうとするが、私は手を振りほどき抵抗した。


「暴れないでください」


 私はこのまま戻るわけにはいかない。このまま生き残っても私には何もないのだから。


 なんとかギルベルトの手を振りほどこうと暴れていると、彼が腰に下げている剣が私の目に止まった。


 殺すための道具。殺すために特化した鋭利な剣。


 それをみたときに私はあることを思いついた。


「・・・・・・して」


「?」


 ギルベルトが眉をひそめた。


「殺して、私を殺してよ!」


 黒狼が私を殺してくれないのならと、ギルベルトに頼み込む。


「私は死にたいの! 死にたかったの! グスタフと一緒に死にたかったの!」


 彼と一緒に喰われないのなら、せめてグスタフが死んだ場所で死にたい。


 きっと彼の魂は近くにさまよっているはず。グスタフが食べられた傍らで死ぬことができたら、きっと向こうの世界で会えるだろう。そうだ。きっとそうだ。


「殺す? 絶対に殺しません」


「殺してよ」


 私がいくら喚こうともギルベルトは決して剣に手をかけることはなかった。


 意味はないという意識はあった。ギルベルトに泣き叫んでも私の望みは叶わない。聖騎士の彼は決して私に危害をくわえないだろう。


 しかし私は叫び続けた。ギルベルトの胸を叩いた。ギルベルトに怒りをぶつけた。「なんで殺してくれない。意気地なし!」 と攻め立てた。「最初にドラゴンに食べられるのがあなただったらよかったのに!」 とも言った。


 ギルベルトに当たり散らすほかに私はやるべきことを思いつかなかった。大人しくギルベルトに従って戻るということだけはしたくなかった。それはグスタフを裏切る行為だ。私の愛するグスタフを裏切ることなんてできない。一人だけで遠くに行かせてしまった彼に申し訳が立たない。


 ギルベルトは私の怒りを甘んじて受け入れた。まったく抵抗することもない。ただ悲しそうに顔を歪めるだけだった。


 しだいに私の怒りの叫びは、言葉にならない嗚咽になった。ギルベルトに叩きつける拳は弱々しくなった。目からは涙が零れた。


 子どものように私は泣きじゃくった。


 思い通りにいかないことが不甲斐なかった。


 ギルベルトは私の身体に手を回すと優しく抱きしめてきた。そして子どもをあやすように頭をなでてきた。はじめは振り払おうとした。グスタフ以外に触られるなんて屈辱だった。しかし今度はギルベルトは私を離すことはなかった。


 ギルベルトなんて嫌い。


 抵抗することに疲れた私は仕方なくギルベルトの胸の中でさめざめと泣いた。


 泣き疲れた私はいつの間にか意識がなくなってしまった。

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