ずっと一緒になりましょう (1)
私は家に戻った。
「ねえグスタフ外に散歩に行きましょう」
椅子に座って虚空を見つめるグスタフを誘った。
「あー」
グスタフの手を引いて、外に向かう。
そのまま外に出ようと思ったのに、グスタフは私の手を振り払ってしまった。どうしたのだろうと眺めていると、グスタフは物にぶつからないように手を浮かして周りに気をつけながら、彼の剣が掛けてある壁に向かった。グスタフは壁に掛けてあった剣を手に取り、自身の腰にしっかりと結びつけた。会話もほとんどできなくなっていても、長年にわたってしてきた習慣は忘れなかったらしい。
「じゃ、行こっか」
もう一度グスタフの手を握りなおし、外に出た。日は暮れてかけていた。この先どんどん暗くなるだろう。出歩くならば明かりは必要だ。私は松明を持った。
「こっちだよ」
私はグスタフを連れて、森の奥に向かった。
多分、ギスタフがまともだったら「このままいくと危険です」って注意してくれたんだろうな。もうすぐ森の生き物たちが活発に動き出す時間帯になるから。特に肉食の生き物は夜行性が多い。しかし彼は私を引き留めることもなく、グスタフはおとなしく後ろをついてきてくれる。
奥に行けば行くほど、森は鬱蒼とし、暗くなっていった。
森の奥深くにいる魔物はどこだろう。
村のパン屋が魔物について話していたのを思い出していた。
『人を丸呑みにしてしまう魔物』……たしか彼はそう言っていた。
グスタフがもうすぐいなくなってしまうのなら、彼と一緒に魔物に食べられようと思った。
彼とともに食べられて、魔物のお腹で一つになるのだ。胃の中で溶け合って、彼と私のさかいがわからなくなるくらいぐちゃぐちゃのドロドロになるのだ。
日が沈み、闇が濃くなってきた。
だんだん視界が悪くなってくる。私は手に持った松明を高くかかげ、できるだけ遠くまで照らした。
視界が悪いので足下をしっかり確認しながらあるく。
松明の明かりが届くか届かないところでは、沢山の生き物が私たちの様子を伺っているようだった。松明の明かりに反射してキラリと光る目玉がチラチラと視界の端に複数対映っていた。
どうやら私たちを囲んでいるようだ。
しかし松明の明かりの内側には入ってこない。
小さな動物や魔物は火を恐れてよってこないはず。大丈夫だ。松明の明かりがある間は大丈夫だ。
私は自分に言い聞かせる。
魔物に喰われることは望んでいるけども、小さな魔物たちにガジガジとかじられるのは真っ平。小さく細切れにされて、複数の魔物の腹におさまるのは勘弁してほしい。下手したらグスタフと私と別々の魔物におさまってしまうかもしれない。私はグスタフと一緒に食べられたいのであって、別々に食べられたくはない。
沢山の生き物の気配を感じながら森を進む。
進んでいけば行くほどに、周りを取り囲む生き物の気配は増えてきた。
私たちが進めば、生き物たちも進んだ。立ち止まれば、生き物たちも止まった。
「わーーーーっ!!」
大声を出し、松明をぶんぶん振り回す。
パチパチと火の粉が舞い散り、松明が作る陰が右に左に素早く動く。
私たちを取り囲んでいた生き物たちの気配も少し減ったようだ。けど完全に散ったわけじゃない。依然として私たちを取り囲んでいる。
うっとうしい。あなたたちに喰われる訳にはいかないの。もっと大きな魔物じゃないと。
もし私に魔術の心得があったならば、強力な魔術を放ち生き物たちを殺していたかもしれない。しかし全然そんなことはできないのでおとなしくするしかない。
私は少し進んだら立ち止まって大声を出して生き物たちを散らして、また少し進んで立ち止まって大声を出して生き物を散らた。森の奥に進みながらそんなことを繰り返していると、だんだんと周りの生き物たちの気配が減ってきた。
私の大声に恐れをなして散っていったのかもと考えたのだけど、どうもそんな感じはしない。なぜなら、森の奥に進めば進むほどに、私の声も小さくなっていったのだから。
なんだかわからないのだけど、この先にはとてつもない化け物がいると感じた。恐怖で足の進みは遅くなり、生き物たちを追い払うための声は小さくなった。
足はガクガク震えだした。寒気がし、体の毛は逆立った。呼吸は浅く早くなり、心臓がばくばくと鳴りだした。
私の体は全身でこの先は危険だと訴えていた。どうやら私の体はまだ死にたくないらしい。
しかし、そういうわけにはいかない。グスタフが居なくなってしまうこの世に生きていても意味はないのだから。
きっとこれから出会う魔物は私たちを一緒に食べてくれるだろう。
周りの生き物が減ってからも進み続けていると、ぬらりと巨大な生き物が現れた。
それは家の大きさもありそうな狼だった。つややかな漆黒の毛皮を持っていた。紫色の炎が黒狼の足先と尻尾の先から燃え上がっていた。
黒狼は松明の光に恐れることもなく、堂々とした態度で私たちに近づいてきた。一歩踏み出すごとに、足先の紫炎は強く燃え上がったが、草や木に燃え移ることはなかった。魔法的なものなのだろう。その巨体に似合わず、音も立たなかった。
私の後ろから剣を引き抜く音が聞こえた。
振り返ってみるとグスタフの右手に剣が握られていた。
グスタフは私を後ろに引っ張り、狼の間に立った。
「ああーー」
黒狼に向かってグスタフが威嚇の声を上げた。彼の目はもう潰れて見えないはずなのに、危険を知覚できたのは騎士の訓練の成果なのだろうか。
「逃げ……ろ……」
危険に晒されてグスタフの脳が覚醒しだしたのだろう。意味のある言葉が彼の口から溢れる。
私には逃げろというくせに、グスタフ自身は黒狼のほうに向かっていき、弱りきった体で剣をぶんぶん振り回した。
しかし目の見えない彼の剣は狙いは狂っており、速度も遅い。簡単に黒狼によけられてしまう。
黒狼は頼りなく剣を振るうグスタフをじっくりと観察していた。全然脅威と判断していないようだった。
黒狼は狼のくせに、目を細め、口角をあげ、ニヤリと笑った。
黒狼の前肢がグスタフに襲いかかった。バキッという音とともにグスタフは吹き飛ぶ。
黒狼は吹き飛んだグスタフを追いかけ、さらに前肢で殴りつける。グスタフはまたゴロゴロと地面を転がった。
かなりの力で殴られているのに、グスタフはそれほど出血しなかった。どうやら黒狼は爪をたてていないようだった。犬がボール遊びをするように、黒狼はグスタフを転がした。まるでおもちゃだった。
しかし、じゃれているのではない。なぶっているのだ。
殴られ、転がされながらも、グスタフは決して私と黒狼の間に留まることをやめなかった。 気配だけは感じ取れるらしいグスタフは、常に私と黒狼の間に立った。黒狼が右に動けば、グスタフも右に、黒狼が左に動けば、左に動いた。
「逃げ……ろ」
グスタフは私に対して絶えずいった。
「嫌!」
逃げることなんて考えられなかった。ここまでやってきた意味がなくなってしまう。それに今逃げればグスタフを見捨てることになる。
なぜ逃げなければならないの。こんな立派な狼ならば私達をぺろりと食べるのも簡単なはず。
一緒に食べられましょう。




