相談
ギルベルトがやってきてから10日後。
グスタフの腐敗が止まらない。
腐敗がすすみ、彼の頭もぐちゃぐちゃになってきた。皮膚は爛れ、皮膚の下の筋肉が向きだしだ。ひどいところでは骨まで見えているところもある。髪の毛もぽろぽろと抜け落ちていた。優しげな青年だった顔立ちはもうない。
いままではグスタフの手足が腐ってきたら、新しいパーツに交換してきた。けど、顔だけは別人に取り替えるなんてことはぜったいに嫌だった。本当は手足すら交換したくなかった。けれども、グスタフのために泣く泣く行ってきた。
顔以外はほとんど誰かの体と交換していて、もうグスタフのものなんて顔くらい。顔まで取り替えてしまったらグスタフじゃなくなってしまう。
しかしそんなことも言っていられなくなってきている。
彼の腐敗は脳にも影響を及ぼしてきているのか、まともな会話すら成り立たなくなってきた。
「おはよう」と声をかけても、「おは……よう……」と途切れ途切れに返事が返ってきたり、「おは……」だったりする。「今日は何を食べたい?」と聞いても「あー…………」とうなり声しか返ってないこともある。
「ねえ、グスタフはいなくなってしまうの」
居間の椅子に力なく座り、うつろな目で中空を見つめるグスタフに声をかける。
「あー」
私を置いて、彼はこのまま彼は朽ち果ててしまう。
死霊術によって無理矢理死体に閉じ込められたグスタフの魂が元の場所に戻ろうとしているようだ。数日後には、グスタフの魂は死んだ肉体から抜けだしてしまうだろう。
そうすれば、私は一人になってしまう。
彼と一緒に暮らせるのなら何でもしようと思ったいた。どんな悪事も躊躇なく実行しようと。実際にそうしてきた。グスタフとずっと一緒に暮らすために。それなのに、彼は私を置いていってしまう。
どうしたらいいかな。
私は唯一真実を知る人物に相談することにした。
○
グスタフのスペアパーツとして物置小屋に滞在してもらっているギルベルトは、いまだに五体満足だった。グスタフの顔の腐敗はひどいけど、その他はまだ交換が必要とするほど腐敗していないから。
この近所で唯一ギルベルトだけは、私聖女だということ、グスタフが禁術で蘇っていることを知っている。私の相談を聞いてもらうにはちょうどいい相手だった。
「ギルベルト様、グスタフがいなくなってしまいそうなんです」
「ふがふが」
ギルベルトは猿ぐつわのせいでまともにしゃべれない。
私は彼のそばにしゃがみ込むと、じっと瞳をのぞき込んだ。
「今からギルベルト様の猿ぐつわを外します。もし騒いだりしたらこの包丁でしゃべれなくしてあげます。」
キッチンから持ってきた包丁の刃をギルベルトの喉もとにそっとあてた。
「わかりましたか」
ギルベルトはゆっくりとうなずいた。彼の瞳は私をじっと見つめ返してきて、嘘をついているように思えなかった。私は彼の猿ぐつわを解いてあげた。もし叫ばれたとしてもすぐに喉を引き裂いてしまえばいい。もしグスタフに聞かれても、今のグスタフだとなにも反応しないだろうから。
これはいつものやりとり。ギルベルトに死んでもらったら困るので、時々飲み物や食料を持って行ってあげていた。そのときは毎度こうやって脅して猿ぐつわを外していた。彼はいつも黙って食事を食べ、その後猿ぐつわを再び噛まされることをおとなしく受け入れていた。
猿ぐつわを外されたギルベルトは、顎を上下左右に動かしていた。私が食事を持ってくるとき以外はずっと猿ぐつわをつけさせられているのだから、相当こわばっているだろう。
「グスタフが私の元からいなくなってしまいそうなの。どうしたら良いと思います?」
私はこれまでのグスタフの容態をギルベルトに語って聞かせた。
「喋っても?」
「騒がないなら良いですよ」
「聖女様はグスタフを禁術によって蘇らせたんですよね。もうあいつは天国に戻りたがっているんです。見送ってあげましょう」
「そんなのは絶対に嫌。彼がいなくなるなんて私には耐えられない」
「ですが、どうするというのです。教会に助けを求めますか?」
「そんなことできるわけないじゃない」
わざわざ捕まりにいくようなものだ。教会に助けを求めたらグスタフはすぐに死霊術を解呪され、天国に送られるだろう。そして私は牢獄に閉じ込められる。
「聖女さまが死霊術の研究をするか、それとも、今グスタフがいる時を大切にするしかないのでは」
「死霊術のことを調べるには時間がないの。もう彼は今にもこの世からいなくなってしまいそうなの」
死霊術の研究には長い年月が必要だ。それなのに、グスタフはあと数日で魂が抜け落ちるだろう。
時間がたりない。
「じゃあせめてこの時間を大切にするんですね。グスタフを見送って、その後、私と一緒に街に戻りましょう。」
「絶対に嫌! 彼のいない世界なんて死んだ方がマシよ!」
……死んだ方がマシ? そうだ。彼がいない世界なんて生きていても意味がない。
彼がいなくなってしまうのなら、私も一緒に旅立てばいい。
「ねえギルベルト様。いいことを思いつきました。私もグスタフと一緒に死ぬんです」
「何ですって?」
「死ぬんです」
「何を馬鹿なことを」
「私は本気です」
なんで思いつかなかったんだろう。死霊術を使って、彼を無理に引き留めるよりもずっといい。彼が去ってしまうのなら、私が追いかければいいのだ。
「死ぬなら早いほうがいいですよね。今から行ってこようと思います。ギルベルトさま、相談に乗ってくださってありがとうございました」
私は立ち上がると出口に向かった。
「聖女様! 待ってください!」
ギルベルトが引き留める。
「なんですか」
「死ぬなんていけません。自ら死を選ぶなんて絶対に」
「なぜですか? ・・・・・・あぁ! 私がいなくなったら、身動きのとれないギルベルト様は飢えて死んでしまいますね。それは困りますね」
ギルベルトが死ぬのは私にとってはどうでもいいことなのだが、少しだけかわいそうだ。
私はギルベルトを縛っているロープにほんの少しだけ包丁で切れ込みを入れた。ギルベルトが必死に動き続ければ、ロープはじきに切れるだろう。
「頑張ってくださいね」




