訪問者 (2)
ギルベルトは肩で息をしながら、なんとか玄関に向かおうとした。
「おかしいな」
ギルベルトは壁に手をついた。
「ちょっと疲れているようですね。聖女様の情報をつかんで、ようやく会えるかもしれないと朝から興奮していたからでしょうか」
ギルベルトはゆるゆると歩く。目をしばたたかせ、頭を振って、手を壁につきながら歩いた。
彼には強力な麻酔薬を飲ませたのだから、相当な眠気だろう。
グスタフの眠る寝室の前を通ったときに、ぐらりと彼の体が揺れた。彼の体は寝室のドアにもたれかかってしまった。しっかりとしまっていなかったのか、寝室のドアが彼の体重によって開かれていく。
私は倒れかかる彼の体を支えようとしたが遅かった。ギルベルトはそのまま体勢を崩して寝室の中に入ってしまった。
「すみません、聖女様。余計な部屋に入ってしまいま……グスタフっ!?」
眠っているグスタフを見たギルベルトが驚きの声を上げる。
「聖女様、これはどういうことです!?」
ギルベルトは険しい顔で私に問いかけてきた。
せっかくギルベルトがおとなしく帰ってくれようとしてくれていたのに、私が混ぜた麻酔薬のせいでこんなことになるなんて。
いや、ギルベルトは知らせないと言っていたけど、本当かどうかなんてわからない。もしかしたら私を油断させるための嘘だったのかもしれない。
やっぱりお父様と同じようになってもらおう。それならギルベルトがグスタフのことを知ってしまっても問題ないのだから。死人に口なし。彼が本当に秘密にするかどうかなんてやきもきすることもなくなる。心配事を抱え込むのは良くないもの。
「私の愛するグスタフです。最近は疲れやすいのか眠っていることが多くなってきました。ねえ見てください。あの少年のような穏やかな表情」
ばれてしまったのならもういっそ正直にすべて話してしまおうと思った。どうせギルベルトはもう薬が回って抵抗なんてできないのだから。
「あとギルベルト様、少し静かにしてくれますか」
私は唇の前に一本指を立ててお願いした。このまま騒いでいたらグスタフが起きてしまうかもしれない。もうギルベルトはこの家から帰さないのだから、なにを知られてもいい。けれども、グスタフが目を覚めて、「本当は死んでいる」と言うことをギルベルトから伝えられるのはなんとしても避けなくてはいけない。
「あいつは死んだはず」
私のお願いもむなしくギルベルトは声を落としてくれなかった。
「だからあの世から戻ってきてもらったんです。私のために戻ってきてくれたんですよ」
「あの世から帰ってきた……まさか禁術に手を出したのですか」
死者を蘇らせるのは重大な禁忌となっている。教会騎士のギルベルトなら当然知っているだろう。
「ええ、お父様に手伝ってもらいながら」
本当にお父様には感謝している。私だけだったら禁術の方法を知ることはできなかったのだから。
「やはりアードルフ様のことをご存じなのですね」
「ここのお庭に埋まっていますよ。お花の良い栄養になってくれています」
「なっ……!? 聖女様、教会の者たちには秘密にしておこうと思いましたが、そうはいかないようです。ご同行願います」
ギルベルトはなんとか立ち上がろうとしているけど、体に力が入らないようだ。目を開けているのもやっとのようで、瞬きの回数が増えていた。
「どうやって連れて行くんですか。もう体の力も抜けて、起きているだけでも大変なのでは」
私はギルベルトのそばに座ると彼の頭を抱え込んだ。そして小さな子供を安心させてあげるように、頭を撫でてやる。
「ギルベルト様は力を抜いて、もう休んでください。私がお父様と会えるようにしてあげます」
薬が完全に回りきったのか、ギルベルトは意識を失ってしまった。
グスタフが起きる前にギルベルトを動かさないと。
ギルベルトの腕をつかんで引っ張る。なかなかに重たいけど引きずれないこともない。そこではたと気がついた。ギルベルトの筆の太さはちょうどグスタフと同じくらいだということに。
――これは使えるかもしれない。
お父様と会いたがっていたからすぐにでも送り届けてあげようと思っていたけど、それは少し延期にしよう。グスタフのスペアパーツにギルベルトはちょうどいい。これまでは死体からしかスペアパーツを回収できなかったけど、彼ならとても新鮮なパーツをくれる。今殺してしまうのはもったいない。グスタフの体の腐敗が進んで、交換が必要になったときまで生きておいてもらおう。
村人を誘拐したのなら大変な事件になったかもしれない。けど、私を捜索してあちこちに行っていたギルベルトなら、しばらく姿が見えなくなっていても調査が難航しているんだなと思われるだけだろう。彼の行方不明が発覚するまではしばらく時間がかかるはず。
私はずるずるとギルベルトを引きずって寝室の外に出た。そしてそのまま家の外に向かう。引きずる途中で家の壁や柱にギルベルトの身体をぶつけてしまった。
家の外にでると私は物置小屋に向かった。勿論ギルベルトも一緒。引きずられたギルベルトは地面と擦れて、体中に土や草があちこちついてしまう。どろどろになった彼を物置小屋に引き入れた。ほんのちょっとの短い距離だけど、成人男性を引っ張るのは凄く疲れてしまった。
物置小屋の入り口から左手には大きな棚が置かれていた。小屋の中には薪や斧、のこぎり、ロープが置かれていた。
私はロープを手に取ると、ギルベルトを後ろ手に縛り上げた。さらに両足も縛り上げ身動きを取れないようにした。
棚の柱にギルベルトをもたれさせると、それをまたロープでぐるぐる巻きにして固定する。
これでギルベルトは全然動けないはず。
縛り過ぎかなとも思ったけど、相手は日夜訓練を行い屈強な身体を持った教会騎士。少しでも縛り方が甘ければ、麻酔薬の効果が切れ意識を取り戻したときに抜け出してしまうだろう。
私はもう一度、彼のロープを引っ張って、何処かゆるいところはないか確認した。
大丈夫そう。
あとは彼の口を塞がないと。意識が戻ったときに大声を出されてグスタフに気づかれるといけない。
彼の口の中に詰め物として布きれを押し込み、さらにロープを噛ませ、顔の後ろで縛る。猿ぐつわのせいで窒息しないように少しだけ布きれの位置を調節し、口内には空間を持たせてあげる。これで呼吸は大丈夫だと思うけど、意識がないのが少し不安。もし窒息したら窒息したで仕方ないとわりきろう。
スペアパーツのために生きていてほしいけど、死んでしまったら私たちの正体を知る人がいなくなるのだから、それは良いこと。




