訪問者 (1)
ある日の朝。
こんこんと玄関の扉がノックされる音で私は目が覚めた。
窓からは明るい光が差し込んでいた。
眠い目をこすりながら体を起こす。隣のグスタフを見るとまだ寝ている。私もグスタフのそばでまだ寝ていたい。
こんこんとノックする音はまだ続いている。
私は寝室を出て、玄関に向かう。私達の家にはめったにうちには人がやってこない。村から少し離れた森の中に建っているため、わざわざやってこないのだ。
誰がやってきたんだろうと不思議に思いつつも、私は玄関のドアの覗き窓から外の様子を窺った。
そこにはウェーブのかかったショートの金髪に青い瞳、目の近くに泣きぼくろがある男が立っていた。
「ギルベルト……」
教会の騎士団に所属し、グスタフとともに私を護衛してくれていたギルベルトだった。
村からではなく、教会からの来訪者に私はびっくりしてしまった。教会関係者がこの家のことを知っているものはごく限られている。お父様が別荘地として建てたこの家は、「休んでいるときは仕事のことを忘れてゆっくりしたい」と半ば秘密基地の如く作られたものだからだ。どこから漏れたのだろうか。
ギルベルトは覗き窓から覗かれている気配を感じ取ったのか、ドアをノックするのをやめ、覗き窓に向かって一礼してきた。
ギルベルトに気づかれてしまったこと後悔しつつも、私はそっとドアを開けた。
「聖女様、おはようございます」
教会騎士のギルベルトは優雅に一礼する。
「おはようございます」
「聖女様がご無事でなによりです。聖女様が突然いなくなられてしまったので聖女様を慕う者たちは皆心配しておりましたよ」
一拍おいて、
「アードルフ様もこちらにいらっしゃるのでしょうか」
ギルベルトが父の名を口にする。二人が一度にいなくなってしまったのだ。当然一緒にいるものと考えているだろう。
「お父様はこの家にいません」
私は事実に話す。だってお父様はもうこの家に住んでいなんだもの。
ギルベルトはぴくりと眉を上げるが何も言わない。
「ギルベルト様は、よかったらどうぞお上がりになってください」
私はギルベルトを招き入れるために、ドアを開けた。
このままギルベルトを追い返すことも考えた。しかし、この家の場所が知られてしまった以上、また来訪されるのが目に見えている。それなら、ギルベルトがどのようにこの家を見つけたのか聞いてみるほうがいい。
ギルベルトは家の中に入ってくると、一瞬顔をしかめて、鼻をひくひくと動かした。
「どうしました?」
「何でもありません」
「そうですか」
ギルベルトを居間に案内して、テーブルに着かせる。
私達の寝室のドアはしまっているため、グスタフの姿は見られていない。
「ギルベルト様は、どうやって私がここに居ると知ったんですか? 教会の方たちにはこの家のことを知る人はほとんどいないはずですけど……」
「なに簡単なことですよ。幸いなことに私は人に好かれやすいようなので、いろんな人に聞いて回ったんですよ。『行方不明になってしまってとても心配だ。どうか何か知っていることがあれば教えてほしい』と。親切な女性のお一人が教えてくれました」
ギルベルトはにっこりと笑いかけた。ギルベルトはかなり整った容姿をしている。そんな彼に優しく問われれば、ポロッとこぼしてしまうものもいるだろう。
「じゃあ、この家のことを教会の方で知っているのはギルベルト様ですか? ここはお父様の秘密の別荘なので、あまり多くの人には知っていてほしくないんです」
私はギルベルトに問いかけた。
「私だけです。……えーっと、そのなんと言いましょうか。私の捜査方法は少し独特なもので、信心深い教会のものたちにとっては批判してくるものもいるので……」
ギルベルトが頭をぽりぽりとかきながら答える。
「そう。それはとてもありがたいです。」
私はにっこりと笑う。
「そうだ、ギルベルト様お茶でもお飲みになりますか。おいしいお茶があるんですよ。あ、そのままゆっくりしていてください」
一度、キッチンに下がるとお茶の準備をする。ティーカップを二つ用意して、紅茶を注ぐ。ギルベルトの紅茶には、例の麻酔薬を混ぜた。ギルベルトしか知らないのなら、彼の口を塞いでしまえばいい。本当はお父様たちと同じお薬をお出ししたいのだけど、もう残っていなかった。だから代わりの麻酔薬。
「どうぞ」
私はギルベルトがいる居間に戻り、ティーカップをおいた。
「ありがとうございます。聖女様にお茶を淹れてもらったなんて仲間に知られたらなんて言われるでしょうね」
ギルベルトは冗談を言いながら、ぐいっと紅茶を飲んだ。
「これは不思議な味ですね。なんの茶葉を使っているんでしょう」
ギルベルトが首をひねる。
「秘密です。とても特別な茶葉を使っているんです。簡単に教えることはできません」
「それは残念」
ギルベルトはしょんぼりとしたように肩を落とす。
ギルベルトの表情はころころと変わった。彼のオーバーともいえるような感情表現が愛嬌として人に好かれるのかもしれない。
紅茶を飲みきったギルベルトは真面目な口調で言った。
「民たちは聖女様がいなくなってからとても心配しております。どうか私とともに街に戻りましょう」
「帰りません」
私は首を横にふる。
「だってグスタフがあの街にはいないんですもの。私はここで静かに暮らしていくつもりです」
ギルベルトは少しうつむき気味になり、
「グスタフのことは残念でした。……ですが、彼はもう死んだんです。」
そこで一瞬口ごもる。そして、意を決したように私をまっすぐと見つめてきた。
「……私ではだめでしょうか。私では聖女様を支えていくことはできないのでしょうか。……私だけじゃない、騎士団のみなで聖女さまを支えていきます」
彼は一体何を言っているのだろう。グスタフの代わりなんて誰もすることができないのに。
「騎士団の皆さんはきっと私をたくさん助けてくれるのでしょう。でも、グスタフがいないあそこは、ぽっかりとなにかがなくなってしまったように感じるのです。小さい頃から一緒に暮らしていたグスタフがいないのは耐えられないのです」
街に戻ってしまえばグスタフと一緒に暮らせない。そんなのは絶対に嫌。
「どうか私をそっとしておいてください」
ここでひっそりグスタフと二人で暮らしていくことが私の望み。グスタフは目も見えないし、体の腐敗も進んでいる。私がそばにいてあげないと。
「ねえギルベルトならわかってくれるでしょう」
グスタフと一緒にずっと私を護ってくれたギルベルトなら、どれだけ彼を愛していたのかわかってくれるはず。いつもそばにいてくれたんだから。
「ええ、わかります。だってあなたのことをずっと見ていたんですから……。ずっと……」
ギルベルトはそこで一息つくと天井を仰ぎ見てつぶやいた。
「なんで俺じゃないんだろうな」
小さかったのではっきりとは聞き取れなかったが、多分そう言ったんだと思う。
ギルベルトは、はぁっとため息をつくと言った。
「わかりました。聖女様のことは教会には秘密にしておきます」
「ありがとう」
「それじゃ、聖女様のご無事も確認できましたし、私はアーノルド様を探そうと思います。アーノルド様がどこに行かれたのか聖女様はご存じないですか?」
どう答えよう? 「庭にいます」、それとも、「天国に行っています」かしら。
「知りません」
私はおとなしく首を横に振った。
「聖女様も知らないのなら見つけるのは大変そうですね。ご無事なら良いのですが」
「……」 無事じゃないです。
ギルベルトは椅子から立ち上がり玄関の方に向かった。
しかし家にはいってきたときよりも歩調はゆっくりでおぼつかなかった。




