03:Milk chocolate.
――どうしよう。言ってしまった。完璧に雰囲気に飲まれた。同性相手に好きだと言う日が来るなんて、夢にも思わなかった。
机に突っ伏してぐるぐると頭を巡らせるが、アイツの嬉しそうな顔が横切るだけだ。
「真咲」
悩みの種の声にドキリと躯が跳ねる。恐る恐る振り返れば、声の持ち主である西村京吾がにっこりと笑っていた。
「おはよう、真咲」
「あ、ああ……おはよう」
小さく返事をし、顔を背ける。見ていられない。どうしても。
おれ――佐木真咲は、いま顔が熱い。猛烈に。ついさっきまで考えていた人物が目の前にいるんだから、おかしなことではないはずだ。だがこう、湧き上がる羞恥が治まらない。
「真咲?」
不審に思ったらしい西村は、おれに近づいて頭に触れてくる。
「気分が悪いのか?」
「だっ、大丈夫! だっ」
手を払うが、西村は真っ赤な顔に気がついているようだ。笑っているんだからな。
「大丈夫ならいいけどな」
もう一度頭を撫でてから、西村は自分の席へと戻っていった。元々近かったが、先月行われた席替えでおれの後ろの席になってしまったのだ。それから一日一日が、毒のような薬のような、よく解らない日々になっている。
Milk chocolate.
「真咲」
「な、なんだよ?」
昼休みに机を合わせて弁当を食うのはもう日課だ。なんだかんだでマネージャーも一緒に。彼女は相変わらずドア番係で、昼休みの度にこっちに移動してくる。ある時にめんどうだろと問えば、全然と返ってきたからずっとこれだ。
「佐木くん、玉子焼きちょうだい。代わりにミートボールをプレゼント」
「どうぞ」
マネージャーに弁当箱を傾ければ、即座に黄色の玉子焼きが消える。そうして大きめである茶色のミートボールが、そこに鎮座した。ちなみに玉子焼きは醤油と粉末の出汁で味を付けているから甘くはない。
「仲、いいんだな」
「あらあら、にっしー嫉妬は醜いよ」
「……知ってるよ、そんなことぐらい」
西村は視線を逸らして箸を進める。おれはまた慌てるしかない。弁当箱の中身を掻き込み、西村を視界から消した。
弁当箱を空にすれば、西村は手を伸ばしてくる。
「真咲、食べかす」
聞こえるのは奴の声だ。いつの間にかおれの事を名前で呼ぶようになった。いつからかは解らないが、本当に自然に。嫌ではないから「名字で呼べよ」などといちいち訂正はしない。が、部活仲間達はにやにやとしているからそこは面倒くさいと思う。
指先が口元に触れてすぐ、西村は手を引いた。
「あ、ああ……ありがとう」
これは「ありがとう」なのか微妙だが、言葉に出てしまったものはしょうがない。そしてまた顔が熱くなった。
「真咲、今日は部活来る?」
「え? あー……うん、行く……と、思う」
そうしどろもどろに答えれば、西村は「解った」と小さく笑った。
俯き加減に弁当箱をランチトートに片付けて、「風に当たってくる」と席を立つ。なんだかんだ熱を冷まさなければ次に差し障るし。
「いってらっしゃい」
柔く握りしめられた手はすぐに離れて、指先が触れた。
「……すぐに戻ってくる」
「たぶん」と小さく漏らした言葉は、きっとマネージャーの「そういえば、明日の練習試合の相手知ってる?」という声に消えただろう。
明日の土曜日、うちの学校で練習試合が行われるのだ。相手校の名前はいまだに聞いていないから、どこだか解らないが。普通は練習試合をやることと一緒に伝えるもんだと思うが、聞いてもはぐらかされるらしい。
窓際に行き風に当たれば、熱い顔が少しずつ冷えていく。こうなるのはアイツの所為で、触れられると――いや、触れられなくても自分自身のコントロールができやしない。いつからこんな風になってしまったのだろうか。きっとアイツに当てられてすぐの頃からだろうな。
「佐木くん」
「あー……マネージャー」
「はいこれ」
近づいてきたマネージャーから手渡されたのは、金色の紙包みに包まれた固体だった。鼻孔をくすぐる甘い香りにピンとくる。
「にっしーのおやつ。チョコレート」
「それをなんでマネージャーが?」
「渡してこいってさ。佐木くん、にっしーに触られると赤くなるし」
「そんなこと……!」
「――あるでしょ。面白いぐらいに真っ赤になってるんだからね」
ケラケラと楽しそうに笑うマネージャーには端から勝ち目がない。そもそもおれが解ることが、周りに気付かれないわけがなかった。
「やっぱ皆、気付いてんだな」
「皆はどうか解らないけどねー」
「それもそうだ」
包装を開けて口に含むチョコレートは甘い。マネージャーの背後に見える西村は、嬉しそうに微笑んでいた。
おれはどうなってしまうのか。未だに熱い顔を逸らして胸裡でそう吐く。ああでも、どうもこうもないか。なるようにしかならないんだから。なんだかんだで、答えは出ているようだった。
「佐木くん、なにか面白いことあった?」
「いや……」
おれはバカだ。なるようになってコレなんだから、別段悩む必要はなかったっていうのにな。
どこか吹っ切れながら、残るチョコレートをかじった。口内に広がるミルクチョコレートの味はまろやかで、甘い香りが鼻を抜けていく。
「うまい」
こんなにおいしいのは、きっと西村が――好きな人がくれたからだろう。
マネージャーと共に席に戻れば、西村は微笑を浮かべながら待ってくれていた。相変わらずマネージャーはにやけているけれど、気にしないようにする。
「は? 練習試合の相手、城泉南かよ!?」
晴れ渡った土曜日。マネージャーの口からもたらされたのは、強豪校の名前であった。皆驚きの顔をしている。
「そうなんですよねー。さっき監督から聞いてびっくりしちゃった。ギリギリまで隠してたのは、動揺しないようにだってさ」
「いや……、それじゃあ完全に逆効果だろ」
「そうでもないみたいよ?」
「見て」とマネージャーの声に視線を遣れば、みんなアップを始めている。
「強豪校の相手なんてそうそうできないから、みんなすごく張り切ってんの」
「言われてみればそうだな」
勝てるか解らない――確実に負けるであろう相手は、対戦したい人達がたくさんいるはずだ。いっても2回戦敗けが常のうちの学校なんて眼中になさそうなのに、試合ができるなんて夢のようだろう。
西村に視線を遣れば、顔が緩んでいる。それでも顔がいいんだから、なんかムカつくな。けれども、怒りは一瞬で消えていく。――ばちりと視線が合い、西村が笑ったからだ。
「頑張れよ」
思わず小さく漏らした声は、マネージャーの「佐木くんはわたしと一緒に応援しようね!」との声に溶けていった。
試合開始のホイッスルが鳴り響いたのは、それから数分してからである。相手の素早いボール捌きはさすがだ。
「わ! やっぱりスゴいわー」
マネージャーはノートを片手にペンを走らせていた。どうやらマネージャーはこの試合を今後の対策にするらしい。
「11番のパス捌きは早い、と……、5番は――……7番は、あっ、あー、点入れられた! 開始5分でしょうが! もっと粘りなさいよっ」
なんだか選手たちより、マネージャーの方が熱が入っているようだ。おれに向く顔が少し怖い。
「佐木くんっ」
「な、なんだよ?」
「ちゃんと応援してよ!」
ぐっと腕を取られてしまい、「してるし」なんて言える雰囲気ではなかった。マネージャーはそのままおれの手を振りまくり、それはインターバルまで続いた。お蔭で手首が痛い。「作戦会議にいくから」とマネージャーはさっさと離れていったから、それ以上の痛みはないけど。
「真咲」
「西村」
軽く手を振っていれば、西村が近づいてくる。お前、作戦会議はいいのかよ。
「なんだよ?」
「あー……、いや……。やっぱあとででいいや」
「はぁ……?」
意味が解らないと顔を顰めれば、西村の手が伸びた。それは髪を撫でて、すぐに離れていく。
「頑張ってくるわ」
「お、おう……」
熱くなる顔を俯かせた矢先、今度は頬に手が添えられた。思わずびくりと躯を竦めてしまったわけだが、また熱を帯びていく。触れたのは一瞬だけだ。足元に伸びた影が消えるまでが、それはそれはゆっくりと感じられた。
後半戦もやっぱり圧されている。頑張っているがゴールには至らない。横からボールを取られてしまうのだ。2点の開きは技術の差だろう。それでも食らいつくのは、スポーツマンだからか。
――カッコいいな。もうあんな風には走れないけれど、ボールを追いかける皆が好きだ。このチームとしても疎まれることもないから嬉しい。
西村がパスされたボールを手に走る。ディフェンダーを巧くかわして、ボールを蹴った。ゴールキーパーの逆をついたそれは、ゴールに吸い込まれるように弧を描く。
「あ……」
一瞬の静寂のあとわっとした歓声が湧いた。当の西村はぽかんとしている。
「まだ終わってないぞ! 気を引き締めろ」
相手チームのキャプテンがそう叫ぶ。その声にはっとした皆は、試合を続行していった。――結局2対1で負けてしまったが、最後は握手できれいに幕を引いた。そうして相手校の選手たちは軽いミーティングを始める。
それを尻目にこちらも軽くミーティングをしていたが、「にっしーすっごいよ!」とタオルで汗を拭く西村にマネージャーが駆け寄ってきた。「ゴールに入れたいとは思ったけど、マジで入るとは思わなかった」とは本人の談だ。マネージャーに肩を叩かれている西村は手を招き、「真咲」とおれを呼ぶ。
「なんだよ」
「ちょっとこっち来て」
近くにいるのにいちいち呼ぶことも理解できず、「なんで?」と眉を顰めれば、手を引かれてしまった。グラウンドの傍に建てられた部室棟の前に来れば、西村はすぐに手を離す。
まっすぐにおれを見るその瞳に羞恥が湧き、俯いたのは言うまでもない。
「お前、すごかったな」
「願掛けしたからな」
「願掛け?」
「ゴールしたら……名前、……その……真咲に、名前で呼んでほしいって言おうと思って……」
「はぁ……?」
なにを言っているのかと顔を上げれば、真っ赤な顔の西村がいた。
「俺は名前で呼んでるけど、真咲はまだ名字のままだ」
「に……、西村は西村だろ……?」
名字だろうが名前だろうが変わらないだろう。しかし西村は「そうだけど」と言葉を濁した。
「名前で、呼んでほしい。俺は、真咲が好きだ」
「い、いきなりなんだ!」
「好きだから名前で呼びたい。真咲は?」
「そ……、そんなの、好きに決まってんだろ! 言わせんなバカ野郎!」
「真咲」と抱きしめて、西村は囁く。「可愛い」と。
「ふざけんな……っ!」
「好きだ」と唇を塞がれ、その柔らかな感触に力が抜けてしまった。
「好きだ」
「うるさい」
速い鼓動がうるさい。赤い顔を見られるのも恥ずかしい。
「真咲」
額に押し当てられた唇に羞恥がピークになり、涙が出てきてしまう。
西村が言うことも解る。好きだから名前で呼んでほしいというのは心理だろう。親しいからこそ愛称で呼ばれたいと思うのは。
現におれは、西村に呼ばれる度にドキドキしてしまう。乙女のように。名前で呼ぼうと思ったこともあるが、しかしどうしても恥ずかしさが上回ってしまうのだ。どもってしまうし、頭も真っ白になる。
「ゆっくりでいい。いまは俺の気持ちを解ってくれたら、それでいいから」
「西村……」
考えを察したらしい西村は、おれを離して手を繋いできた。
涙を拭いながら思う。西村にドキドキするようになったのは――おれがこうなったのは全てコイツの所為だと。西村から告白されなければ、おれはこうはならなかっただろう。流されなかったら、おれには彼女がいたかもしれない。
「戻るか」
赤い頬のまま笑う西村の手は温かく、胸が熱くなった。
そうだと思い出す。西村も同じだったな。抱きしめた西村の鼓動は速く、声も微かに上擦っていた。それを愛しいと感じるのは西村だからだ。
「西村――……っ、きょ、う、ご」
前を歩く西村の背中に向けて小さく吐き出せば、勢いよく振り返った。
――彼女がいたかもしれない。けれどいま、触れてほしいと思うのは、愛しいと思うのは西村だ。だから、おれができることで西村が望むことはしてやりたい。恥ずかしいのも一緒なら、恥ずかしくはないのだから。
「いま、なんてっ……!?」
「きょう、ご」
熱い顔でもう一度紡げば、西村は目を丸め、そうして柔らかく笑う。
「ありがとう、真咲」
「礼なんていらん……。つか、まだ慣れないから、名字でいく!」
「いいよ」
「ゆっくりで」と言った西村は、おれの唇を塞いでからふたたび笑った。
その顔に弱いと再確認したのは、言うまでもない。
ー了ー
【 あとがき 】
放置に放置を重ねた残り一話でしたが、ようやく書き上げました。
告白される(Strawberry chocolate.)→好きになる(White chocolate.)→名前呼び(?)(Milk chocolate.)を書きました。楽しかったです。
その後は皆さんのご想像にお任せします。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
2014/2/10
◆ 執筆時期 ◆
執筆開始 : 2010/11/16 - 書き直し : 2013/02/19 - 執筆終了 : 2014/02/10




