02:White chocolate.
サッカーボールを磨きつつ、ぼんやりとグラウンドを眺める。中学の頃に足――いや、膝を痛めて以来、おれ佐木真咲は選手を辞めた。
動けない選手は要らない。――それはよく判る。大事な試合で動けなければ意味はないのだから。
それでも、サッカーが好きだから、少しでも携われたらいいと思った。だから裏方に回り、高校生になった今も、部員ながらマネージャーの手伝いに徹している。たまに遊びでボールを蹴ったりはしているけど。
グラウンドを走る男――奴と視線がかち合えば、端整な顔が笑顔になった。そうして奴は走り寄る。
「佐木」
奴は隣を陣取り、おれを眺める。近付くなと思ったって、近付いてくる訳で。
端整な顔は見慣れていない。だから、顔を背けて、視界に入らないように努めるのだ。
「佐木――……佐木」
「五月蝿い、早く戻れよ」
構わないでほしい。お前を見る度に、お前の声を聞く度に、鼓動が速くなるのが判るんだよ。
キスをされて、それでも嫌ではなかった。好きと言われても、気持ち悪いとは思わなかった。嫌いな奴だったなら、こんなんにはならない。
――自ずと答えがでてしまった。
簡単に流されて、好きだ、と自覚したのはこの間。単純で笑ってしまう。
「佐木、顔赤いな」
「文句あっか?」
「文句はないよ」
そう言って嬉しげに笑う顔に、心臓が跳ねた。
White chocolate.
如何にして奴――西村京吾と会わないかだ。まぁ、同じクラスなので、会わないことは必然的に不可能だが。
別に会いたくない訳ではない。会えば会うだけおかしくなる気がする。だから、会わないようにしなければならない。
「佐木」
「五月蝿い」
机に突っ伏し、横目で西村を見遣る。奴は、今は主がいない隣の席に腰を下ろし、なにが面白いのかおれを眺めているのだ。
「佐木」
「喋るなよ」
クラスに響く他愛もない話の中、厭に響いて聞こえるハスキーボイスは心臓に悪い。……おれだけかも知れないけどさ。好きな奴の声で有り得ないくらい躯が熱くなるなんて、おれはどこの乙女だ。
「真咲」
声と共に、カタンと椅子が動く音がした。次いでなにかが項に触れる。ひんやりとした感触が肌を刺す。
「冷たい……」
「気持ちい?」
「少し、な」
本当は、火照った躯には堪らない冷たさだが、それがバレると嫌なのであくまでも平然を装う。
「佐木」
「……もう喋るな」
熱が引く躯に、また熱が籠るだろ。
「部活、来る?」
「行く」
軽く頷いて、肩越しに奴を見る。
「真咲」
「変態だな、お前」
近付く顔が離れてすぐに、理解した。自分はキスをされたのだと。まさかの事態だけれど、各々にお喋りに夢中で、誰もおれ達を見ていないことは容易に想像がついた。
「変態でもいいや」
「へぇ、なら叫んでいい?」
「それはちょっと……」
頬を掻きながら奴の端整な顔が困ったように歪む。
「冗談だっつの。んなことする訳ないだろ」
背後にはおかしそうに笑う気配があるがしかし、それには気付かずに、フイと前を向いておれは頬杖をつく。
冗談なのに、マジに取るなよ。冗談の通じない奴。
「佐木」
ぽんぽんと頭を叩かれ、目だけを奴に向けた。それでも、肩越しなのは変わらない。
「交換しないか?」
「なにを?」
「佐木の番号とアドレス知らないし」
「あー、そうだっけ?」
教えた気がするし、言われてみれば教えてない気もしてくる。どっちが当たりか。それとも、どっちも外れか。
「だから、教えて」
「いいけど」
携帯を胸ポケットから取り出し、奴の顔の前に翳す。
「赤外線どこ?」
「ここ……ん、いや、こっち、か?」
最近は全くと言っていい程赤外線通信はしてない。もうどこだが忘れた。
「ここじゃないか?」
指の先を見遣れば、開いた携帯の先に黒い板があった。多分、それだろう。
「それかも。やっといて」
「判った」
カチカチとボタンを押す音を聞きつつ、オレはまた机に突っ伏した。胸を押さえて、小さく息を吐く。早く治まれ、五月蝿いんだよ。
「佐木、終わった」
「適当に置いとけ。そんでどっか行け」
――どうか、この願いが叶いますようにと思った矢先、それは脆く崩れてしまう。
「佐木」
くしゃりと髪を撫でて、西村はおれの腕を取ったのだ。
「大丈夫? 気分、悪いんじゃね?」
「そんなんじゃねぇし」
気分は悪くない。寧ろ、ある意味好調だ。
「ならいいけど」
解かれた掌の熱さが、更に躯が熱くさせる。
「……最悪」
最悪だ。こんなことになるなんて。
「なに?」
呟いた声は聞こえていたのかいないのか、西村は耳を寄せる。
「なんもねー。早く自分の席に戻れよ」
しっしっと手を払いつつ横目で動きを見遣るが、奴は隣に座ったまま動かない。
「んだよ、戻れってば」
「佐木、顔赤い」
「教室が熱いからだよっ!」
そう言えば肩を震わせた。笑いを堪えていることは明らかで、面白くない。
「笑うな」
肩を叩けば、「ごめん」という言葉が降り注ぐ。
「ごめん」
西村は肩を叩いた手を取ってその手をぎゅっと握った。
「……触るな」
「おーい、にっしー、お客さんだよー」
払い除ければ、マネージャーが西村を呼んだ。彼女とは同じクラスで、時折おれ達をからかいつつ楽しんでいた。ついでに、マネージャーは廊下側一番後ろの席であり、ドアに近いのでこうしてドア番係りになっている。
「客ー? 誰だよ?」
マネージャーに問えば、彼女はニヤリと笑う。効果音が付きそうなそれは、離れていてもはっきりと見えた。
「女の子ー! 憎いね、モテ男ー。佐木くんもー、なんか言ってあげてー」
「モテていいですねぇ、西村くんは。モテ男は選り取り見取りで本当にいいですねぇ」
促され嫌味たっぷりに言えば、奴は眉を寄せた。あからさまに不快感が漂う。
「――あれ? 怒った?」
「そりゃあ、な」
西村はそう言っておれを抱きしめた。
「怒らせた分は佐木で返せよ」
意味が解らない。そう思えば刹那、髪を撫でる。
「にっしー、なにしてんの! 早く来てよっ」
「そうだよ、早く行け。んで、帰ってくんな」
「いくらなんでもそれはないよ、佐木」
デコピンを喰らわされて、額に手を添えた。瞬間、西村は口角を上げて、渋々といった感じで立ち上がった。そうして客――もとい女子へと歩み寄る。
それと入れ替わりでマネージャーがおれに近付いてきた。お菓子を手に持ちながら。彼女はニヤニヤと笑みを溢している。
「にっしーは、女の子に取られちゃいましたねぇ」
「その顔、やめろよ」
「佐木くんはいいの?」
「いいもなにも、西村はおれのモノじゃない。なにしようがアイツの勝手だろ」
「こりゃなかなか手強いね。面白いよ」
マネージャーは西村が座っていた椅子に腰を掛け、おれの背中をバシバシ叩く。
「――さっきは、キスしてたのに。いやー驚いたよ」
「はっ!?」
思わず目を見張り、彼女の顔を見据えてしまう。発言はあまりにも衝撃的すぎた。見ている人がいるとは思いもよらなかったのだ。
「大丈夫、大丈夫! 私しか見てないから」
親指を立てつつそう言われても、マネージャーが見ていたのなら他の奴も見ている可能性がある。見ていたのなら、一大事だ。
「佐木くん、お菓子食べる?」
考え込むおれとは反対に、マネージャーはお構い無しとでも言うようにお菓子の箱を開けた。パッケージを見る限りでは、ココアビスケットがホワイトチョコにくるまれているようだ。ついでに冬季限定商品で、今しか買えない。
単純な思考はすぐに切り替わり、今はその菓子が頭を支配している。
「食う」
「はい、あーん」
「い、いいよ。自分で食える」
悪乗りするマネージャーの手首を掴めば、首に腕が回された。引き寄せられ、耳元で美声が響く。
「佐木、浮気?」
「なっ、に、言ってんだよっ」
「お前も変なことすんなよ」
「あらあら、佐木くんは皆のモノですよ。にっしーだけのモノじゃないから」
「――そんなこと、解ってるし」
おれを差し置いてマネージャーと西村は話を進める。確かにおれは西村のモノじゃない。それでいいはずなのに、少し――胸が痛んだ。
「佐木、今日一緒に帰ろう」
「は?」
今日といわず、昨日も一昨日も寧ろ毎日一緒に帰っている。今更聞かなくてもいいことなのに。
困惑気味の顔であろうおれに、西村は囁いた。
「マネージャーに取られないように」
「取りませんよ。失礼なこと言わないで下さる?」
「地獄耳」
長い指がマネージャーの額を弾く。
「いったぁ! なにするのっ」
「痛くない、痛くない」
棒読みでそう言い放ち、菓子を取り出して口に含む。
「そういえば、女の子となに話したの?」
「放課後、教室に来いってさ」
「え、それって、なに? 告白?」
マネージャーは興味津々に問うが、西村は肩を竦めるだけだ。
「知らん。仮に告られようとオレは断るし」
「ふぅん。へぇーほぉー」
「含み笑いはやめろ」
「放課後が楽しみだねぇ、佐木くん」
おれに振るなよとは言えなくて苦笑い。
マネージャーは席を立って軽く手を振りながら言った。
「チャイム鳴るし、また後で」
その言葉に黒板の上に掛けられた壁掛け時計を見遣れば、チャイムが鳴る三分前。
「お前も戻れよ」
「嫌だ」
「戻れ。怒られるだろ」
斜め後ろだし、不満はないはず。……はずだ。
「判った、判った。だからそんな睨むなよ」
仕方がないと言わんばかりのため息を吐いて、席に戻っていく。頭を撫でて。
「……くそっ」
落ち着けよ、おれの心臓!
――時間は過ぎて、結局、今日も授業なんて真面目に受けれませんという最悪の状況だった。しかし一応ノートはとれてるからよしとする。
帰りの支度が整えば、腕を掴まれた。
「佐木、部活行こう」
「お前、女の子はいいのか?」
「んー、いいよ」
「にっしー酷い!」
割って入ってきたマネージャーが西村に抱きつく。ちょっと羨ましいとか思ったのは内緒だ。
「重い」
「女の子がせっかく勇気を振り絞ってるんだよ? 会うだけ会いなさい。でなければ佐木くんは私がいただきまーす」
「……――判ったよ。会うだけ会うよ」
扱いが巧いの一言に尽きる。さすがマネージャーだ。彼女はおれを見遣りウインクした。
「一緒に行こう」
「なんでだよ!?」
おれが行ったら雰囲気ぶち壊しだろーが。雰囲気ぶち壊しどころか迷惑そのものだ。
「佐木」
「っ……」
奴はおれをじっと見つめる。それには弱かった。有無を言わせない力があるのだ。逆らえるはずもない。
「判った、よ」
小さく言い放てば西村は嬉しげに笑う。だから、端整な顔で笑うなっての。
「こんなとこでイチャイチャしなーい。はい、早く行くよ」
こうと決まれば突き進むところがあるマネージャーが、おれ達の手を取り教室を出る。
「何組?」
「三組、だったような気がする」
「気がするってお前、ちゃんと聞いとけよ」
可哀想だろ、女の子が。と思えば三組に着いた。隣の隣だしな。
「あ、いるね。ちゃんと」
三組を覗けば――というかドアが開けっ放しなんだけど、女の子が二人いた。こちらに気づいたようで、だがすぐに視線を逸らす。
「早く行きなさい」
「はいはい」
西村の手を離したマネージャーはその手で背中を押す。押された西村は仕方がないと言わんばかりの鈍さで女の子に近づいていく。
「佐木くんこっち」
廊下を進み誰もいない四組に入ったおれ達は、ドアから顔を出す格好だ。端から見れば怪しいことこの上ないだろう。
「さて、どうなるかなぁ。ねぇ、佐木くん」
いやだから、おれに振らないでくれ。さぁ、と言い掛けたところだったが、「――ごめん」と聞こえてきた。その声に緊張が走る。
「気持ちには応えられない。ごめん」
意外に男らしいような気がする。
「……そっか。他に好きな人がいるんだね」
「うん。じゃあな」
なんか知り合いのような言い方だ。
「なんか知り合いっぽいね」
マネージャーが替わりにそう紡げば、奴が教室から出てきた。走り寄る西村の顔は渋面から笑顔に変わる。
「……知り合いなのか?」
「ん、まぁ。元カノってやつ。ヨリを戻したいとかなんとか言ってきたけど、戻す気はないしな」
「元カノ、ね」
彼女がいたとか初耳ですが。いや、いない方がおかしいか。背もあるし顔もいいもんな。
「俺の顔になにか付いてる?」
「はぁ? なんも付いてねーよ。背は高いし顔もいいって思っただけだし」
「褒められてる?」
「そうだよ。彼女いるのも納得だなぁって」
――って、なんで顔を赤らめてんだよ。
「佐木に褒められたのは初めてだ」
「顔赤らめんな」
ふにっと頬をつねれば、へにゃりと笑った。笑うところじゃないと思うんだけど。
「人目を憚らずイチャイチャするとは。進歩したねぇ」
マネージャーはそう言い放ってニヤニヤと笑う。
「イチャイチャしてないから。マネージャーはおれ達をどう見てんの?」
それはずっと気になってることだった。いま聞かなきゃ、たぶんずっと聞けないだろう。
「恋人同士だけど。違う?」
「こっ……!? なんだってっ」
「だぁかぁらぁー、恋人同士、でしょ? キスしたしー、一緒に帰ってるしー、イチャイチャしてるし」
彼女は一つ一つ指を折りながら紡いだ。恋人同士がしそうなことを自分達もしていると解って、インパクトがデカイ。嫌じゃないけど、だけど。
「そりゃ……そうだけども、でも恋人同士とかじゃ……ないし」
好きだって気づいたけど、言ってないし。というか、言えねーし。
はっとして西村を見遣れば、目を瞬かせていた。
「――そうだな。俺は佐木が好きだけど、佐木からは聞いたことないし、恋人同士じゃないな」
うんうんと頷く奴の言葉に胸がチクリとした。恋人同士じゃない、と否定したのはおれが先なのに。――否定したのは、ただ単に恥ずかしいからだ。
「じゃあ、用は済んだし、部活行くよー」
はい、早く、とマネージャーはまたおれ達の手を取った。そうして足早に歩き出す。
校舎を出て、三階建てのアパートみたいな部室棟へと赴けば、一階端にある部室へと押し込まれた。そうしてすぐに抱きしめられる。
「さっきのでよかった?」
「なにが?」
「否定の仕方。わざとらしくないようにしたんだけど、どうだった?」
「いいんじゃねーの」
胸を突っ張ねて引き剥がせば、今度は腕を取られた。
「好きだ」
「いきなりなんだよ」
近づく唇を止めれば掌を舐められてしまう。
「お前っ……!」
驚きに掌を離せば、荒々しく唇を塞がれる。すぐに離されたが、息が荒くなった。
「佐木が好きだ」
「んなこと、知ってるよ」
「恥ずかしがって否定する佐木が可愛い」
「バカだろ、お前」
恥ずかしいって解ってるなら、しないでくれ。
「可愛い」
「五月蝿い」
五月蝿いんだよ。掻き回すな。心臓がヤバくなるだろ。
「――黙れ。お願いだから、黙ってくれ」
その顔が、その声が、おかしくさせるんだ。いや、もうおかしいのか。
やんわりと手を払い、顔を逸らす。見ていられない。
「佐木?」
言えたらいい。好きだ、と。言ってしまえば楽だろう。
「っ……」
奴みたいに言えたらいい。素直に。しかしいざそうなると出てこないのだ。
「なんでもない、から、心配すんな」
これで本当にいいのか、とどうしても頭に過ってしまうんだ。奴は男で、おれも男だから。
顔を上げようとすれば突如抱きしめられる。
「うわっ!?」
「好きだ」
「だから、知ってるってば」
「佐木は、俺のことどう思ってる?」
「どう、って……」
好きか嫌いかってことだよな。なら、好きだよ。好きだ。
鼓動が速くなるのも、躯が熱くなるのも、お前の所為だから。全部。
「佐木の言葉で聞きたい」
頬に触れた手は熱く、聞こえる心音は速い。
――なんだよ。
「一緒だ」
「うん?」
「緊張、してるのか」
おれもお前も。好きな人といるから。
「してる。何時も心臓バクバクだし」
「――そうだな。おれは、」
背中に手を回して、小さく呟く。好きだ、と。
「っえ?」
奴は目を見張りながらおれを見据える。
「聞こえなかったのか?」
「うん。小さくて」
髪を梳く手は優しくて、少しくすぐったい。
「バカだろ」
恥ずかしい思いを二度もしたくはない。しかし。
「好き、だっ」
まぁ、これは仕方がないか。小さく紡いだおれが悪いし。それでも恥ずかしいから顔を逸らしたんだけども。
「さ、佐木っ!」
ぎゅうっと抱きしめる腕に力を込められる。
「いだっ、離せよ」
「嫌だ」
首を振る奴の顔は嬉しそうだ。すげー、こんな顔初めてみた。
「君達は何時まで着替えてるつもりなんですかー」
ガチャリと開けられたドアから顔を覗かせたマネージャーは唇を尖らせていた。また見られたの……か。
「あぁ、イチャイチャしてたんだ。邪魔してゴメンね。それで、どうなったの?」
「恋人同士になった、かな」
「……まぁ、うん」
西村は嬉しそうに言い放ち、おれは小さく頷いた。マネージャーはおれ達に近づいて、「よかったねぇ」と奴の肩を思い切り叩いた。叩くのは違う気もするけど、好きだって言えたから、よかったかな。
end.
2010/11/16
【 あとがき 】
前作から大分時間が経ちました。
性格とか口調とか違う気もしますが、精一杯書きました。
少し進んだ二人です。よかったよかった。
やっと想いを伝えました。
次はまた進むはずなので、お待ちくださればと思います。
あ、エロはないので悪しからず。
2010/11/16
◆ 執筆時期 ◆
執筆開始 : 2009/09/16 - 執筆終了 : 2010/11/16




