二部第6話三郎は、その背中を救えなかった
三郎たちはカエリオンを後にし、魔王城へと通じる森を歩いていた。
三郎「シュン……ようやく、ここまで来たな」
シュン「そうですね、三郎さん」
それきり、会話が続かない。
カリストの話のせいなのか。
この森全体を覆く、息苦しいほどの圧迫感のせいなのか。
あるいは、魔王城を前にした緊張のせいなのか。
理由は、二人にも分からなかった。
足音だけが、枯れた落ち葉の上を響く。
その音さえが、この森全体を支配する沈黙の一部のように感じられた。
途切れ途切れに言葉を交わしながら、歩き続ける。
時々、シュンが三郎の方を見る。その目には、何か確認するような色が宿っていた。
三郎も同じだ。シュンを見る。だが、何も言わない。
ただ、歩く。
その中で、二人は無言のうちに確認し合っていた。
お互いが、ここにいる。
お互いが、生きている。
その事実だけが、この重い森の中での、唯一の支えだった。
⸻
――その時。
どこからともなく、魔物の群れが襲いかかってきた。
その数は、予想を遥かに超えていた。
三郎「シュン! 数が多い! ……ざっと百はいるぞ! 」
三郎の声は、興奮と警戒が混じっていた。
この戦いで、自分たちが本当に「魔王城へ向かっている」ということが、現実になった。
もう後戻りはない。
シュン「了解です。僕が半分引き受けます。残りをお願いします! 」
三郎「任せろ! 」
三郎は魔物たちへ、手のひらを向ける。
その瞬間、全身にオーラが漲る。
訓練の成果。経験の積み重ね。それが、三郎の体に刻まれている。
三郎「最近よ……覚えたんだぜ! 」
その声には、確信が込められていた。
手のひらに、複雑な魔法陣が浮かび上がる。
その紋様は、従来の三郎の魔法よりも、より複雑で、より危険だ。
その光が、森全体を照らす。
三郎「――ラディアント・ステア! 」
炎が扇状に放射され、魔物の群れを飲み込む。
その熱さ。その圧力。その全てが、新しい段階へ到達していた。
一気に、その数を半分まで削った。
その瞬間、三郎は感じた。
自分たちが、確実に強くなっていることを。
その頃、シュンは――
シュン「……終わりました」
軽く手を叩く。
その動作の中に、完全な制御がある。
地面には、電撃を受けて倒れ伏す魔物たちが転がっていた。
その電撃の跡は、シュンの成長を物語っていた。
より精密に。より強く。より正確に。
シュンは三郎の方を見る。
シュン「(……また、威力が上がってる)」
その内心に、誇りと同時に、焦りも混じっていた。
三郎は残った魔物の左右に巨大な岩を出現させ、勢いよく挟み込む。
轟音と共に、魔物たちは塵と化した。
その瞬間、二人の体に疲労がのしかかる。
これだけの消耗があれば、本戦はどうなるのか。
その不安が、二人の頭をよぎった。
だが、それでも進むしかない。
シュン「三郎さん……また強くなりましたね」
その言葉には、複雑な感情が込められていた。
喜びと、そして同時に、「自分も強くならなければ」という切実な思い。
三郎「ありがとう、シュン! 」
三郎の声は、素直だ。
だが、その奥に、同じ焦りが隠れていることを、二人は知っていた。
二人は再び、歩き出す。
その足取りは、さっきよりも重かった。
⸻
三郎「……なぁシュン、開けた場所に出たな」
三郎がそう言ったが、返事がない。
その沈黙は、通常のそれではない。
それは、「何かを見つめている」という沈黙だ。
三郎「……シュン? 」
振り返る。
シュンは一点を見つめ、指を差していた。
その指の先には、確かに「人」がいた。
だが、その「人」は、通常の人間ではない。
オーラが漂っている。その圧力が、この場所全体を支配している。
シュン「あそこ……人がいます」
シュンの声は、通常よりも低かった。
それは、警戒だ。同時に、恐怖か。
三郎は、シュンから教わった通り、目にオーラを纏わせ、その人物を見る。
その瞬間——
三郎「……っ、ぐぉ……! 」
全身に、強烈な圧がのしかかる。
それは、単なる重力ではない。
それは、相手のオーラが、三郎の心と体を押し潰そうとしているかのような感覚だ。
三郎の膝が、わずかに折れた。
三郎「なんだ……この重圧……見るだけで……押し潰されそうだ……」
その声は、確実に震えていた。
かつての朱里との戦いを思い出す。
だが、それとはレベルが違う。
それはまるで、自分たちが、何か根本的に異なる段階にいることを理解させるような圧力だった。
そのオーラは、邪悪さと、英雄的な威圧感が入り混じったものだった。
矛盾している。だが、それは現実だ。
謎の人物は、三郎を見て目を見開く。
その瞬間、謎の人物の顔に、何か記憶が蘇ったような表情が浮かぶ。
謎の人物「……ほう。貴様が"三郎"か」
その声は、深い。重い。
そして、三郎の名前を知っている。
その瞬間、シュンが怒号を上げる。
シュン「なぜだ!! なぜ、お前が三郎さんの名前を知っている!! 」
その叫びには、深い恐怖と怒りが混じっていた。
自分たちの秘密を知られた。それだけで、この場の危険性が跳ね上がったのだ。
謎の人物は、シュンへ冷たい視線を向ける。
三郎「待て、シュン……落ち着け! 」
三郎は前に出る。
その動作は、シュンを守るためだった。
三郎「あなたは誰ですか? なぜ、僕の――」
言い終える前に。
謎の人物は、シュンへ向けて言い放った。
謎の人物「そこの戦士。……お前は、失敗作だ」
その一言。
それだけの一言が、シュンの逆鱗に、深く触れた。
三郎は、その言葉の重さが分かっていた。
これは、単なる侮辱ではない。
これは、シュンの根底を揺さぶる言葉だ。
シュン「――貴様ぁ!! 」
シュンは、これまで見せたことのない速度と威力で、電撃を放つ。
その電撃の色は、白。純粋だ。
空気が裂ける。
その音は、戦闘の開始を告げるファンファーレのようだった。
謎の人物「……ほう」
――シュパ。
次の瞬間。
シュンの動きが止まり、口から血を吐き、その場に崩れ落ちた。
その瞬間が、スローモーションのように三郎に映った。
シュンの動き。その停止。血の飛沫。崩れ落ちる姿。
すべてが、三郎の目に焼き付いた。
三郎「……シュン……? 」
声が、出なかった。
だが、理解してしまう。
即死だった。
シュンは、一撃で殺されたのだ。
あの、自分たちの仲間。
自分の師匠。
あの強いシュンが。
あの不可視の敵に。
三郎の体は、震え始める。
三郎「……っ……」
怒りと絶望が、混ざり合う。
それは、単なる感情ではない。
それは、人生における、最大の喪失だった。
三郎「俺の……命の恩人で……師匠を……!! よくも……よくもぉぉぉ!! 」
その叫びには、すべてが込められていた。
悔しさ。後悔。怒り。絶望。
視界が、真っ赤に染まる。
三郎は謎の人物へ飛びかかる。
冷静さを失った状態での攻撃。
それでも、三郎は全力を尽くした。
岩を放ち、炎柱を立て、斬撃の魔法を連続で叩き込む。
その全てが、相手を殺すことだけを目的としていた。
――だが、何一つ当たらない。
相手は、まるで三郎の攻撃が見えているかのように、すべてを避ける。
そして、その過程で、三郎に余裕の笑みすら浮かべている。
その笑みが、三郎をさらに激怒させた。
だが、その怒りは無駄だった。
シュパ。
同じ音。
今度は、自分からだった。
三郎の視界が、ぼやける。
その中で、謎の人物の顔が見える。
その顔には、何かの思いが宿っていた。
だが、それが何であるかを理解する前に——
三郎の意識は、そこで途切れた。
⸻
三郎が目を覚ますと、そこは真っ白な空間だった。
医者「三郎さん……あなたは、三日間眠っていました」
その声が、三郎の意識を呼び覚ましたのだ。
その言葉を聞いた瞬間、三郎は悟る。
――異世界で、自分は死んだのだと。
あの森で。あの謎の人物に。
そして、シュンも。
その認識が、三郎の心に、音を立てて崩れ込んできた。
積み上げてきたものが、音を立てて崩れていく。
あの決闘。あの成長。あの絆。
すべてが、あっという間に奪われた。
その絶望が、三郎を支配する。
医者「三郎さん? 」
医者の声が、遠く聞こえた。
三郎の意識は、別の場所へ向かっていた。
それは、現実世界。
自分の家。
自分の母親。
それは、現実世界でも同じだった。
三郎が家に帰ると、トヨコが三郎の前に立つ。
その顔には、複雑な感情が渦巻いていた。
喜び。怒り。悲しみ。それらがすべて混ざり合った顔。
そして、次の瞬間——
バシン!
乾いた音だけが響いた。




