三部4話目千回目の世界で、初めて仲間になった
ウメは作業台の上に置かれた割れた水晶を、まるで生き物を見るかのようにじっと見つめていた。
細かく砕けた断面が、淡く光を反射している。
ウメ「これは……呪いを超越しとる」
低く、噛みしめるような声だった。
ウメ「原因はワシにもわからん。だがこれだけは言える……抗えない、ということじゃ」
三郎の背筋に、ひやりとしたものが走る。
その言葉が指しているものを、三郎は理解していた。
(――ループだ)
三郎「(今わかっているのは、魔王と、あの謎の人物が怪しい……)ウメさん、ありがとうございます」
深く頭を下げる。
ウメは一度だけ頷いた。
ウメ「あんた、一度国王のところへ行ってみなさい。彼の“勘”は世界一じゃ」
三郎「わかりました」
三郎は踵を返し、城へ向かおうとした。その背中に、ウメの声が飛ぶ。
ウメ「風月! あんたも行っておいで!」
風月「えっ、私も?」
ウメ「ちょうどこの子を連れて行こうと思っとったんだ。案内してやりな」
三郎「あ、は、はい、わかりました」
さらに。
ウメ「ルミナ! あんたも行きな!」
ルミナ「はいはい……ほんとに人使いが荒い人だね」
軽く肩をすくめながら、三人は並んで城へ向かった。
⸻
その頃、祐希たちは城下で立ち止まっていた。
シュン「……お二方、知り合いなんですか?」
穏やかな声で、シュンが尋ねる。
女「いえ……わかりません。気づいたら、ここにいて」
男「僕も同じです」
シュンは眉をひそめた。
シュン「とりあえず……お二人のお名前を聞いてもいいですか?」
男「都南健太です」
女「南雲環奈です」
その瞬間、祐希の胸に小さな違和感が落ちる。
(……日本語名)
だがシュンの反応を見る限り、彼は気にしていない。
祐希「(シュンさんは、どこか遠い国の名前だと思っている……)」
シュン「では、国王様のところへ行ってみましょう」
環奈・健太「はい」
四人は城門へ向かった。
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門の前。
ルミナ「シュン! どうしてここに?」
ルミナが駆け寄る。
その瞬間、男衆の視線が自然と一点に集まった。
――シュンを除いて。
シュン「久しぶりだね。迷ったらしい二人を連れてきたんだ。君は?」
ルミナ「三郎さんのことで、ちょっとね」
その名を聞いた瞬間、シュンの顔色が一瞬だけ変わる。
それに気づいたのは、三郎だけだった。
こうして、現実世界から来た六人が揃った。
シュンとルミナを含め、八人は城へ入っていく。
⸻
風月「うわぁ……階段だぁ」
環奈「階段、ほんと嫌いなんだよね」
目の前には、延々と続く百段の階段。
八人は覚悟を決めて登り始めた。
十段目。
風月「はぁ……はぁ……きついよぉ」
環奈「もう息が……」
三郎は黙々と足を運ぶ。
健太「きつ……下で待ってても……」
祐希「……キッツ」
五十段目。
シュン「まだ金融屋を続けてるの?」
ルミナ「うん。文句言ってくる人はいるけど、全部追っ払ってるみたい」
三郎「……はぁ……」
祐希たちは手すりにしがみつきながら登っていた。
九十段目。
ルミナ「シュン、後ろ見て」
振り返ると、三郎たちは完全に力尽きていた。
風月「む、無理……」
環奈「足……なくなりそう……」
三郎「何回やっても……慣れないな……」
祐希「あ”ぁ……」
健太「無理無理無理無理……」
シュンはため息をつくと、何も言わず一人ずつ担ぎ上げた。
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王室前。
シュン「ルミナ、ノックを」
ルミナが扉を叩く。
コンコン。
国王「入れ」
シュン「失礼します」
ルミナが扉を開ける。
国王「ルミナ、久しいな」
ルミナ「お久しぶりです、国王様」
国王「……シュン、どうした?」
シュン「階段でへばったみたいで」
国王「そ、そうか……下ろしてあげなさい」
五人が床に下ろされる。
国王スミロの空気が、わずかに重くなる。
国王「三郎、風月、環奈、健太、祐希……そしてシュン君。君たちには、勇者パーティを組んでもらいたい」
シュンが一歩前に出る。
シュン「国王様。その件ですが……僕はパーティには入りません」
一瞬の沈黙。
シュン「ですが、祐希の指導者として協力はします」
国王は数秒考え、頷いた。
国王「わかった」
シュン「ありがとうございます」
シュンとルミナは王室を後にした。
⸻
国王「では、役職を言い渡そう」
健太「役職かぁ……」
三郎と祐希以外の三人が、期待に目を輝かせる。
国王「三郎、勇者。祐希、戦士。風月、シスター。健太、弓使い。環奈、魔法使い」
三人は悔しそうに歯を食いしばった。
⸻
帰り道。
気まずい沈黙の中、三郎が口を開く。
三郎「……寝たら、ここに来た感じ?」
全員が頷く。
三郎「信じてもらえないかもだけど……俺、ここに来るの千回目なんだ」
一瞬、風が止んだような沈黙が落ちた。
誰も三郎を否定しない。
疑いもしない。
ただ、それをどう受け止めればいいのか、わからなかった。
健太が視線を泳がせ、空気を切り替えるように口を開いた。
健太「あ、あのさ……みんなどこ出身なの?」
健太は少し照れたように後頭部をかきながら続ける。
健太「僕、東京。渋谷なんだよね」
風月「えっ、東京!? 都会じゃん!」
思わず一歩前に出る。
風月「私は島根だよ。浜田市」
環奈「島根って、出雲大社とかあるところでしょ?」
風月「そうそう! でも私のとこは浜田。神楽とかいっぱいあってね」
環奈は少し考えてから微笑んだ。
環奈「私は広島。呉出身」
三郎「俺は埼玉。川越」
祐希「……北海道、札幌」
一瞬、全員の視線が祐希に集まる。
風月「え、寒そう……」
祐希「実際寒い」
その短い一言に、ふっと笑いが漏れた。
三郎「島根って、正直……何がある?」
風月は一瞬ムッとしたが、すぐに身を乗り出す。
風月「それがね! 浜田市は世界で初めて缶コーヒーが作られた場所なんだよ!」
健太「マジで?」
風月「あと、高津川って日本一きれいな川に選ばれたこともあるし!」
祐希「砂漠あるとこ?」
風月「それは鳥取!!」
即答だった。
環奈が思わず吹き出す。
環奈「……ふふ」
風月「ちょ、なに笑ってんのよ!」
環奈は少し戸惑いながら、でも正直に言った。
環奈「なんかさ……さっきまで、すごく気まずかったのに」
足元を見つめる。
環奈「急に、仲良くなれた気がして」
健太「俺、昔さ……貧乏で、いじめられてた」
三郎「俺も。片親ってだけでさ」
風月「私も、クラスに馴染めなかった」
祐希「……不登校だった」
誰も驚かない。
誰も同情しない。
ただ、黙って聞いていた。
風月「……でもさ」
顔を上げて笑う。
風月「今は、ここにいる」
その言葉に、全員が小さく頷いた。
五人の間にあった“よそよそしさ”は、もうなかった。
誰も笑わなかった。
健太「……どこ出身?」
少しずつ、会話が増えていく。
笑いが生まれ、沈黙が溶ける。
環奈「……嬉しい」
その言葉に、誰も否定しなかった。
五人の距離は、確かに縮まっていた
歩きながら、三郎は胸の奥に残る違和感を噛みしめていた。
仲間ができたはずなのに、どこか置いていかれる感覚。
(……また、守れなかったらどうする)
それでも、今度こそはと拳を握る。
祐希は無言のまま空を見上げていた。
人と並んで歩くのは久しぶりだったが、不思議と苦しくない。
(ここなら、逃げなくていいかもしれない)
そんな考えが、ほんの一瞬よぎる。
風月は足取りを軽くしながら思う。
役職は悔しかったが、それ以上に皆と笑えたことが嬉しかった。
(このパーティ、悪くない)
自然と、前を向けていた。
健太は会話の余韻に照れ笑いを浮かべる。
昔の話をしても、誰も笑わなかった。
(ここでは、普通でいられる)
その事実が、胸を温かくした。
環奈は最後に振り返り、静かに思った。
不安は消えていない。
けれど――独りじゃない。
その感覚だけで、ここへ来た意味はあった。




