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眠れる勇者99九回目で  作者: ネム・サブロウ


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三部3話目黒の兆しと、割れた水晶

石畳を踏みしめる音が、夕暮れの街路に響いていた。

昼の熱を残した石はまだ微かに温かく、踏み込むたびに靴底を通して感触が伝わる。通りの奥からは鍛冶場の金属音が遅れて届き、夕餉の匂いが風に混じっていた。人通りは減り始め、店先の灯りが一つ、また一つと灯っていく。

三郎は無意識に歩調を合わせ、石の感触を確かめるように足を置いた


三郎はルミナに半ば引きずられるようにして歩いている。

彼女の手は小さいが力強く、振りほどくほどではないものの、主導権は完全に握られていた。占い屋を出た直後から、彼女はやけに足取りが軽く、時折振り返っては「もうすぐだから!」と笑顔を向けてきた。その笑顔がやけに確信に満ちていて、三郎は逆に不安を覚える。胸の奥に、説明のつかない緊張がじわりと広がっていた。

指先に伝わる力を、三郎は黙って受け止める


三郎「……本当に、その人で分かるんですか? 呪い」


足を運びながら問いかけると、ルミナは歩調を緩めることなく答えた。


ルミナ「分かるどころじゃないよ。あの人、呪いを“見て”た人だから」


言い切る口調だった。

意味深な言い回しに、三郎はそれ以上突っ込めなかった。胸の奥に小さな引っかかりが残り、その感覚を誤魔化すように前を向く。

小さく息を吐き、視線だけを前へ戻す

路地をいくつも抜け、住宅街へ入ったところで、三郎は足を止める。

周囲の音が一段静かになり、生活の気配が濃くなる。遠くで子どもの笑い声が弾み、どこかの家の扉が閉まる音がした。


三郎「……あれ?」


見覚えのある木製の扉。

色あせた表札。

軒下に吊るされた風鈴が、風もないのにかすかに揺れていた。


三郎「(ここ……俺が宿舎借りに来た時の……)」


記憶が一気に蘇る。

あの時の圧の強さ、妙に肝の据わった物言い。背筋が自然と伸びた感覚まで思い出す。


ルミナ「ここに住んでるんです、」


三郎の脳裏に、強気で遠慮のない口調のおばあちゃんの姿が浮かぶ。


三郎「……そうなんですね、」


三郎は苦笑いをしながら答え、内心で深く頷いていた。



一方その頃、城下近くの森。


シュンと祐希は、微妙な距離を保ったまま向かい合っていた。

互いに一歩踏み出せば間合いに入る距離。

風が木々を揺らし、葉擦れの音だけが場を満たしている。張り詰めた空気が、二人の間に見えない壁のように存在していた。


祐希「……あの時は、すみませんでした」


視線を逸らしたままの謝罪。


シュン「……何のことですか」


声は平坦で、感情を抑え込んでいるのが分かる。

明らかに距離を取る声音だった。


祐希は一度視線を落とし、地面の土を踏みしめる。靴底に伝わる感触を確かめるようにしてから、意を決したように顔を上げた。


祐希「俺、シュンさんに……強くなり方を教えてほしいです」

祐希「師匠になってください」


シュンの眉がわずかに動く。

それは拒絶と戸惑いが混じった反応だった。


シュン「……冗談はやめてください」

シュン「僕は誰かを育てるつもりなんてありません」


きっぱりとした拒絶。

だが、シュンは祐希から視線を逸らせなかった。

――あの時感じた、違和感。

魔獣の群れの中で、一瞬だけ垣間見えた“何か”。


シュン「……理由は?」


祐希「えーと、その、昔の自分を変えたいのと強くなりたいので、」


言葉は拙いが、嘘はなかった。


数秒の沈黙。

風が強まり、枝が軋む。


シュンは小さく息を吐いた。


シュン「……分かりました」


シュンはため息つきながら答える。



「修行の前に、適正検査をします」


シュンはそう言って、祐希の前に立つ。

距離を詰め、視線を正面から合わせる。その視線は鋭く、逃げ場を与えない。


シュン「動かないでください」


祐希の胸の前に手をかざし、静かに詠唱を始めた。

指先から微かな魔力の流れが伝わり、空気がわずかに震える。


シュン「神よ、汝の緑の力をお借りします」

シュン「――アニマ・スコプム」


淡い緑の光が、祐希の身体を包み込む。

森の木々がざわめき、空気が一変した。


祐希「……おお」


しかし次の瞬間。


緑だった光が、じわじわと黒へと染まっていく。


シュン「……っ」


完全な黒。

闇のように、影のように、光を吸い込む色。


シュン「……黒属性」

シュン「闇、影、隠匿……そういった能力です」

シュン「この色は……魔族に多い」


祐希「……え?」


一瞬だけ沈黙が落ちる。


だが次の瞬間、祐希の顔が輝いた。


祐希「……かっこよくないですか?」

祐希「俺、ダークヒーローって感じで!」


シュン「……は?」


拍子抜けするほどの反応だった。


シュン「……あなた、本当に分かってますか」


祐希「大丈夫です」


シュンは頭を抱えそうになるのを必死で堪えた。



修行を始めようとした、その時だった。


城へ続く道の向こうから、二つの人影が現れる。

逆光に包まれ、輪郭だけが浮かび上がる。


男と女。

旅装束を身に纏い、明らかにこの国の者ではない雰囲気。


シュン「……迷い人?」


そう判断し、駆け出した。


シュン「お二方どうしたのですか?」


男「迷ってしまって、」

女「私も、」


祐希はその光景を観ていて気づいてしまった。

三郎と出会ったのがきっかけか、その二人が自分と同じ事を――



その頃。


三郎は宿舎の居間で、ぽかんと立ち尽くしていた。

頭の中が追いついていない。状況を理解しようとするほど、情報が多すぎた。


ウメ「何突っ立ってんだい。入んな」


ルミナ「入ろうか、三郎さん」


ウメ「ルミナが初めて男を連れて来たよ、ワハハ」


ウメは腹を抱えて大声で笑う。


ルミナ「違うから!」


ウメ「私なんか男の二人や三人なんか毎日のように、美魔女なんで言われてたよ!ワハハ、まぁ

最後の男はただもんじゃなかったがな」


三郎「ウメさん、その話詳しく教えてもらってもいいですか?」


ルミナ「三郎さんいいからおばあちゃんの事は」


三郎「おばあちゃん?!」


思わず声が裏返る。

三郎はびっくりした表情を浮かべる。


ウメ「おまえさんは面白いねぇ!いいよ教えてやるよ!」


ウメはかつて、

四大元素魔法、神の加護、詠唱――

すべてを使いこなした伝説のシスター。


初代勇者のパーティメンバー。


三郎「……美魔女……」


目の前のおばあちゃんを見る。


三郎「……」


正直、がっかりした。

だが同時に、思い当たる節もあった。


あの強気な態度。

妙な威圧感。

普通じゃない生活力。


三郎「……納得しました」


ウメ「失礼だね」



準備を始めようとした、その時。


ウメが突然、宿舎の奥へ向かって怒鳴った。


ウメ「おい! 風月!」

ウメ「降りて来て、手伝いな!」


三郎「……え?」


その名前を聞いた瞬間、心臓が跳ねる。


三郎「(日本語名……!?)」


階段を降りてきた青年は、三郎を見るなり、僅かに目を見開いた。


風月「……あ」


言葉はそれだけだったが、互いに理解していた。

同じ“現実世界”から来た人間だと言う事を。


ウメ「ぼさっとすんじゃないよ!」


風月は苦笑し、準備を手伝い始める。


水晶が置かれ、部屋の空気が張り詰める。

静寂の中、魔力の圧が肌を刺す。三郎は無意識に喉を鳴らした。


ウメは水晶に手をかざし、低く詠唱した。


ウメ「神よ, 汝の黒の力をお借りします」

ウメ「――サクラ・ヴィシオ」


次の瞬間。


バキンッ、と乾いた音が響いた。


水晶が、真っ二つに割れる。


三郎「……え?」


破片が床に散らばり、沈黙が落ちる。


ウメは割れた水晶を見下ろし、ゆっくりと呟いた。


ウメ「……なるほどね」


その声は、どこか楽しげだった。


ウメ「こりゃあ……厄介だよ」


三郎の背中に、冷たいものが走った。

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