三部3話目黒の兆しと、割れた水晶
石畳を踏みしめる音が、夕暮れの街路に響いていた。
昼の熱を残した石はまだ微かに温かく、踏み込むたびに靴底を通して感触が伝わる。通りの奥からは鍛冶場の金属音が遅れて届き、夕餉の匂いが風に混じっていた。人通りは減り始め、店先の灯りが一つ、また一つと灯っていく。
三郎は無意識に歩調を合わせ、石の感触を確かめるように足を置いた
三郎はルミナに半ば引きずられるようにして歩いている。
彼女の手は小さいが力強く、振りほどくほどではないものの、主導権は完全に握られていた。占い屋を出た直後から、彼女はやけに足取りが軽く、時折振り返っては「もうすぐだから!」と笑顔を向けてきた。その笑顔がやけに確信に満ちていて、三郎は逆に不安を覚える。胸の奥に、説明のつかない緊張がじわりと広がっていた。
指先に伝わる力を、三郎は黙って受け止める
三郎「……本当に、その人で分かるんですか? 呪い」
足を運びながら問いかけると、ルミナは歩調を緩めることなく答えた。
ルミナ「分かるどころじゃないよ。あの人、呪いを“見て”た人だから」
言い切る口調だった。
意味深な言い回しに、三郎はそれ以上突っ込めなかった。胸の奥に小さな引っかかりが残り、その感覚を誤魔化すように前を向く。
小さく息を吐き、視線だけを前へ戻す
路地をいくつも抜け、住宅街へ入ったところで、三郎は足を止める。
周囲の音が一段静かになり、生活の気配が濃くなる。遠くで子どもの笑い声が弾み、どこかの家の扉が閉まる音がした。
三郎「……あれ?」
見覚えのある木製の扉。
色あせた表札。
軒下に吊るされた風鈴が、風もないのにかすかに揺れていた。
三郎「(ここ……俺が宿舎借りに来た時の……)」
記憶が一気に蘇る。
あの時の圧の強さ、妙に肝の据わった物言い。背筋が自然と伸びた感覚まで思い出す。
ルミナ「ここに住んでるんです、」
三郎の脳裏に、強気で遠慮のない口調のおばあちゃんの姿が浮かぶ。
三郎「……そうなんですね、」
三郎は苦笑いをしながら答え、内心で深く頷いていた。
⸻
一方その頃、城下近くの森。
シュンと祐希は、微妙な距離を保ったまま向かい合っていた。
互いに一歩踏み出せば間合いに入る距離。
風が木々を揺らし、葉擦れの音だけが場を満たしている。張り詰めた空気が、二人の間に見えない壁のように存在していた。
祐希「……あの時は、すみませんでした」
視線を逸らしたままの謝罪。
シュン「……何のことですか」
声は平坦で、感情を抑え込んでいるのが分かる。
明らかに距離を取る声音だった。
祐希は一度視線を落とし、地面の土を踏みしめる。靴底に伝わる感触を確かめるようにしてから、意を決したように顔を上げた。
祐希「俺、シュンさんに……強くなり方を教えてほしいです」
祐希「師匠になってください」
シュンの眉がわずかに動く。
それは拒絶と戸惑いが混じった反応だった。
シュン「……冗談はやめてください」
シュン「僕は誰かを育てるつもりなんてありません」
きっぱりとした拒絶。
だが、シュンは祐希から視線を逸らせなかった。
――あの時感じた、違和感。
魔獣の群れの中で、一瞬だけ垣間見えた“何か”。
シュン「……理由は?」
祐希「えーと、その、昔の自分を変えたいのと強くなりたいので、」
言葉は拙いが、嘘はなかった。
数秒の沈黙。
風が強まり、枝が軋む。
シュンは小さく息を吐いた。
シュン「……分かりました」
シュンはため息つきながら答える。
⸻
「修行の前に、適正検査をします」
シュンはそう言って、祐希の前に立つ。
距離を詰め、視線を正面から合わせる。その視線は鋭く、逃げ場を与えない。
シュン「動かないでください」
祐希の胸の前に手をかざし、静かに詠唱を始めた。
指先から微かな魔力の流れが伝わり、空気がわずかに震える。
シュン「神よ、汝の緑の力をお借りします」
シュン「――アニマ・スコプム」
淡い緑の光が、祐希の身体を包み込む。
森の木々がざわめき、空気が一変した。
祐希「……おお」
しかし次の瞬間。
緑だった光が、じわじわと黒へと染まっていく。
シュン「……っ」
完全な黒。
闇のように、影のように、光を吸い込む色。
シュン「……黒属性」
シュン「闇、影、隠匿……そういった能力です」
シュン「この色は……魔族に多い」
祐希「……え?」
一瞬だけ沈黙が落ちる。
だが次の瞬間、祐希の顔が輝いた。
祐希「……かっこよくないですか?」
祐希「俺、ダークヒーローって感じで!」
シュン「……は?」
拍子抜けするほどの反応だった。
シュン「……あなた、本当に分かってますか」
祐希「大丈夫です」
シュンは頭を抱えそうになるのを必死で堪えた。
⸻
修行を始めようとした、その時だった。
城へ続く道の向こうから、二つの人影が現れる。
逆光に包まれ、輪郭だけが浮かび上がる。
男と女。
旅装束を身に纏い、明らかにこの国の者ではない雰囲気。
シュン「……迷い人?」
そう判断し、駆け出した。
シュン「お二方どうしたのですか?」
男「迷ってしまって、」
女「私も、」
祐希はその光景を観ていて気づいてしまった。
三郎と出会ったのがきっかけか、その二人が自分と同じ事を――
⸻
その頃。
三郎は宿舎の居間で、ぽかんと立ち尽くしていた。
頭の中が追いついていない。状況を理解しようとするほど、情報が多すぎた。
ウメ「何突っ立ってんだい。入んな」
ルミナ「入ろうか、三郎さん」
ウメ「ルミナが初めて男を連れて来たよ、ワハハ」
ウメは腹を抱えて大声で笑う。
ルミナ「違うから!」
ウメ「私なんか男の二人や三人なんか毎日のように、美魔女なんで言われてたよ!ワハハ、まぁ
最後の男はただもんじゃなかったがな」
三郎「ウメさん、その話詳しく教えてもらってもいいですか?」
ルミナ「三郎さんいいからおばあちゃんの事は」
三郎「おばあちゃん?!」
思わず声が裏返る。
三郎はびっくりした表情を浮かべる。
ウメ「おまえさんは面白いねぇ!いいよ教えてやるよ!」
ウメはかつて、
四大元素魔法、神の加護、詠唱――
すべてを使いこなした伝説のシスター。
初代勇者のパーティメンバー。
三郎「……美魔女……」
目の前のおばあちゃんを見る。
三郎「……」
正直、がっかりした。
だが同時に、思い当たる節もあった。
あの強気な態度。
妙な威圧感。
普通じゃない生活力。
三郎「……納得しました」
ウメ「失礼だね」
⸻
準備を始めようとした、その時。
ウメが突然、宿舎の奥へ向かって怒鳴った。
ウメ「おい! 風月!」
ウメ「降りて来て、手伝いな!」
三郎「……え?」
その名前を聞いた瞬間、心臓が跳ねる。
三郎「(日本語名……!?)」
階段を降りてきた青年は、三郎を見るなり、僅かに目を見開いた。
風月「……あ」
言葉はそれだけだったが、互いに理解していた。
同じ“現実世界”から来た人間だと言う事を。
ウメ「ぼさっとすんじゃないよ!」
風月は苦笑し、準備を手伝い始める。
水晶が置かれ、部屋の空気が張り詰める。
静寂の中、魔力の圧が肌を刺す。三郎は無意識に喉を鳴らした。
ウメは水晶に手をかざし、低く詠唱した。
ウメ「神よ, 汝の黒の力をお借りします」
ウメ「――サクラ・ヴィシオ」
次の瞬間。
バキンッ、と乾いた音が響いた。
水晶が、真っ二つに割れる。
三郎「……え?」
破片が床に散らばり、沈黙が落ちる。
ウメは割れた水晶を見下ろし、ゆっくりと呟いた。
ウメ「……なるほどね」
その声は、どこか楽しげだった。
ウメ「こりゃあ……厄介だよ」
三郎の背中に、冷たいものが走った。




