二部第7話失敗作と呼ばれた夜
病室には、トヨコの泣き声だけが残っていた。
看護師に促され、トヨコは病室を後にする。
医者「三郎君。前にも、似たことがあったよね」
三郎「……はい」
医者「MRI、MRA、頸動脈エコーも調べた。けど――異常はなかった」
三郎は不安そうに、しかし真剣に聞いていた。
三郎「……原因不明、ってことですか」
医者「正直に言えば、そうだ。ただね」
医者は一拍置く。
医者「生活習慣の改善が、今できる最善策だと思う」
三郎は、急に現実へ引き戻されたような気分になった。
三郎「……分かってます。でも、簡単じゃなくて」
医者「バイト経験は?」
三郎「ありません」
医者「じゃあ、少し話を戻そう。これはあくまで僕の仮説だ」
医者は続けた。
医者「明晰夢と白昼夢が、極稀に同時発生することがある。
それを、漫画や小説では“異世界転生”と呼ぶらしい」
三郎「……そうなんですね」
医者「470年、西ローマ帝国で似た症例が六人。
ただし、信憑性はゼロだ」
医者「二日ほど入院して、様子を見よう」
三郎「……はい」
しばらくして、トヨコが呼ばれる。
トヨコ「息子は……大丈夫なんでしょうか」
医者「原因は不明です。ただ、生活習慣の見直しが重要です」
トヨコは深く頭を下げ、病院を後にした。
⸻
医者「今日は軽く運動しよう」
三郎「わかりました」
医者「こちらが、パーソナルトレーナーの鳥枝さんだ」
鳥枝「鳥枝です。よろしく」
三郎「よろしくお願いします」
二時間後――
鳥枝「お疲れさまでした」
三郎「ありがとうございました」
病室へ戻り、ベッドに潜り込む。
三郎「……なんか、気分上がらねぇな」
看護師「三郎さーん、ご飯ですよ」
三郎「ありがとうございます……(病院食か)」
一口食べて、少し目が開く。
三郎「(……普通にうまいな)」
完食し、再び眠りにつく。
――ピィーピィー。
三郎「……朝?」
思わず声を上げ、口を塞ぐ。
(……なんでだ。異世界に行ってない)
看護師が駆けつける。
三郎「大丈夫です、すみません」
看護師「よかったです」
三郎「……図書館ってありますか」
看護師「5階にありますよ」
三郎は図書館へ向かい、パソコンルームに入る。
(三郎)「……」
異世界転生について調べる。
(生活習慣の悪化、明晰夢、白昼夢……先生の言った通りだ)
背後から声がした。
トヨコ「何やってるの。病室にいなさいよ」
三郎は立ち上がる。
三郎「うるせぇ! 俺だって分かってる!」
トヨコ「ちょっと、待ちなさい!」
三郎は走って病室へ戻った。
(……昔の話、持ち出すなよ)
高校時代、三郎はいじめを受け、不登校になった。
三郎「……決めた」
三郎は天井を見つめる。
三郎「――異世界を、救う」
静かな決意だけが、胸に残った。




