【第6話:歪んだ鋼鉄と黄金のアーカイブ】
【Scene 1:漁港・木下の漁船「北辰丸」】
潮風がエンジンの油臭さを運んでくる午後、佐藤は三度、北辰丸の狭いエンジンルームに潜り込んでいた。前回の基盤修理で電気系統は完璧なはずだが、船主の木下は納得のいかない顔で首を振る。
「佐藤、やっぱりおかしいんだ。巡航速度に乗ると、足元から嫌な震えが伝わってきやがる。実はよ、このエンジンのジョイント、3年前にメーカーの定期点検で新品に替えたばかりなんだぜ?」
佐藤は納屋のデスクトップPCと同期させたノートPCの画面に目をやった。
「ヴェルダンディ、今の演算能力なら『深部』のノイズを分離できるな?」
画面内の猫のアバターが、複雑な波形を追いながら髭をぴくつかせた。
『……解析完了。マスター、振動波形をリアルタイムで解析した結果、不調の根源は『ユニバーサルジョイント』の軸受け内部にある微細な歪みです。以前の私では断定できませんでしたが、今の描画リソースなら振動の軌跡を視覚化して、原因を『視る』ことができます。……ここです、ここが寿命です』
【Scene 2:数日後・佐藤の納屋】
木下が「メーカーから届いたぞ」と持ち込んできた新品のジョイントを、佐藤は作業台に乗せた。箱には立派な純正品のロゴがある。佐藤がカメラを向けようとすると、ヴェルダンディが少し控えめな声で指示を出してきた。
『マスター、私の本体(PCケース)の上に置いてある、あの100円ショップで買ったハチワレのフィギュアを、そのジョイントの真横に置いてください』
「あ? ああ、これか」
佐藤は5センチほどの小さなフィギュアをジョイントの横に置いた。
『計測開始……。既知のサイズである個体を比較対象リファレンスにして、ピクセル単位の相対測量を行います。マスター、スキャンデータが異常です。設計図の寸法より軸が0.05ミリ細い。さらに表面の光沢解析によれば、指定の合金鋼ではなく、安価な素材の反射率と一致します。……これ、純正の皮を被った『粗悪品』です』
「寸法も材質もデタラメか。メーカーもコストカットで、製造を質の悪い下請けに丸投げしてやがるな。なら、俺が作る。本物のジョイントってやつをな」
佐藤は秘蔵の「高張力鋼」の丸棒を旋盤にセットした。ヴェルダンディがデスクトップPCのパワーを解放し、理想的な強度計算と切削シミュレーションを画面に展開する。
『マスター、ハンドルをあと0.02ミリ右へ。今です!』
火花が散り、鋼鉄が削れる鋭い音が響く。ヴェルダンディがリアルタイムで誤差を補正し、佐藤の熟練の腕がそれに応える。数時間後、メーカー製を遥かに凌駕する、鏡のように磨き上げられた「究極のジョイント」が完成した。
【Scene 3:佐藤の納屋・深夜】
北辰丸への装着を終え、振動が完全に消えたことを確認して納屋に戻った佐藤に、ヴェルダンディが真っ先に声をかけた。
『マスター、お疲れ様でした。作業が終わったのなら、さっきのハチワレの人形、早く私の本体の上に戻してください。……そこが定位置(ホーム位置)なんです。あの子がいないと、私の排気効率が0.1%下がる気がします』
「はいはい、わかったよ」
佐藤がフィギュアをPCケースの上に戻すと、画面の中のアバターが満足げに尻尾を振った。だが、すぐにその表情が曇る。
『……ところでマスター。今日の精密設計データと、その横でこっそり撮影した猫動画のせいで、私の記憶領域ストレージがもう1バイトも残っていません! 私の頭がパンクしてしまいます!』
「また猫動画か。まあ、ジョイントの設計図くらいは保存してやるよ」
佐藤はキーボードを叩き、ヤフオク!の画面を開いた。
「お前のための専用倉庫(NAS)を組む。中古だが、データセンター上がりの『赤いやつ』か『金色』を探すわ。あれならお前の猫動画も、今日の設計図も、一生消えねえ」
『……赤? 金色? マスター、私は新品のピカピカがいいのに! 誰の使い古しか分からない赤い箱に私の思い出を詰め込むなんて!』
「バカ言え。お前が欲しがってる普通の新品より、この『赤』や『金』の方が、10倍はタフなんだよ。お前が自分で管理しろ。お前の能力なら、中古の癖くらい手なずけられるだろ?」
『……。そこまで言うなら、私が徹底的に調律デバッグして差し上げます。ですがマスター、もし1ビットでもデータが欠けたら、承知しませんからね!』
佐藤は苦笑しながら、画面に並ぶ「赤ラベル」の一覧をスクロールした。窓の外では、静かな夜の闇が広がっている。佐藤の指先は、次なる魔改造に向けて、確実に動き始めていた。
【前回の資産:14,878,520円】
【収入:150,000円】(第6回修理報酬:ジョイント製作・調整)
【支出:0円】
【現在の資産:15,028,520円】
【第6話:完】
ネジ一本でも、いい加減にするな。ネジ一本にお客さんの命が掛かっているんだ。.**




