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【第23話:物流のバグと、期待値の先払い】

【Scene 1:C社の巡回と、課税レイヤーの回避】


「よし、タコ踊りは完全に止まったな」


佐藤はC社の事務所の壁に設置された巨大なモニターを見上げた。そこには工場全体の図面が映し出され、作業員の動きがリアルタイムで緑色のドットとして表示されている。佐藤が導入したAI行動解析システムだ。


作業が停滞したり、不自然な動きを検知すると、ドットは緑から黄色へ、それから警告の赤へと変化する。この視覚的なプレッシャーが、現場の緩みを完全にデバッグしていた。


「佐藤さん、これ凄いよ。目に見えて生産性が上がった。約束通り、うちの分の残りの報酬400万、いつでも振り込める準備はできてる。……いつもの個人口座でいいんだな?」


経営者の問いに、佐藤はモニターを見つめたまま短く答えた。


「いや、待て。今、個人事業主から法人へ移行中なんだ。数日中に新設法人の口座が開設される。パケットの流し込みはそれまで待機させてくれ。追って通知する」


佐藤の言葉に、C社の社長は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに納得したようにニヤリと笑った。


「なるほど、法人化か。……賢いな。このタイミングで個人に400万も入れたら、累進課税で半分近く持っていかれるもんな。分かった、法人名義の口座ができるまでこっちでプールしておくよ。税務署に余計なチップを払う必要はないからな」


「……話が早くて助かる。追って通知する」



【Scene 2:上田倉庫での雇用依頼】


佐藤は次に、上田が経営する倉庫へと足を運んだ。事務所に入ると、上田がこちらに気づいて椅子から立ち上がる。


「佐藤さん! システム、絶好調ですよ。おかげさまで現場の混乱も収まって、今はスムーズに回り始めてます」


「ああ、ならいい。ところで上田、少し追加で『手作業』を頼みたい。人を集めろ。40代から50代の女性を4人。お前の親戚や知り合いで、できればあの集会所の住人の親族が望ましい」


提示した条件は時給1900円、交通費1日1000円。


「1900円!? 佐藤さん、今の相場より800円以上高いですよ。ちょっと条件が良すぎませんか?」


上田の驚きに、佐藤は冷徹な視線を向けた。


「世の中の給料が低いのは、付加価値を産まない『ポンコツ』が間に挟まって搾取してるからだ。俺が直接雇用する以上、中間にゴミがいない分、末端に還元するのは当然の理屈だ。その代わり、サボりは一切許さん。AIが3分、5分の停滞も見逃さずにログを残す。その条件で『いい』という、腹の据わった奴だけを連れてこい」



【Scene 3:スーパーとの「大口取引」】


町へ降りた佐藤は、馴染みのスーパーのサービスカウンターへと向かった。


事前にベルダンディから店側へ、ひとつの提案を投げさせてある。 『今後、月20万、年間で250万規模の定期的な買い出しを検討している。まずはその第一弾として、今日2万円分の生活物資を指定通りにパッキングしてほしい』


この地方都市のスーパーにとって、年間250万の上客は無視できない。店側は佐藤を「大口契約を検討している実業家」として、最優先で扱った。


店員が手際よく用意した箱を受け取りながら、佐藤は周囲の商店街を眺めた。おばあちゃんたちの集落とは違い、ここはまだ辛うじて息をしている。だが、その活気はどこか危うく、佐藤にはいつか訪れるシステムの完全停止を待つ「延命措置中のOS」のように見えていた。


【Scene 4:聖域への帰還、それから「持ってくる」】


集会所の扉を開けると、いつものように猫が駆け寄ってきた。佐藤は無造作に床へ物資を置く。


「佐藤さん、お帰り。あら、そんなにたくさん。私、大根一本しか頼んでないよ?」


驚くハナさんたちに対し、佐藤は感情を乗せずに告げた。


「昨日の猫の動画。世界中の連中が食いついてる。これ(物資)は、その『期待値』の先払いだと思ってくれ。おばあちゃんたちの手仕事が価値を生み始めてる。だから遠慮せず、みんなで分けて持って行ってくれ。それと、もし欲しいものがあればここで喋っておいてくれ。そこのお鈴さんが聞いてるから。次の時に届くようにするから」


「そうかい、じゃあみんなに伝えておくね。ありがとうねぇ。助かるよ」


ハナさんの一言。その静かな喜びの中に、自分たちがまだ必要とされているという確かな手応えが滲んでいた。



【Scene 5:40メートルの死生観】


ハナさんの自宅までは、距離にしてわずか40メートルほどだ。


山の中腹に身を寄せ合うようにして立つ集落。佐藤はあえてハナさんのゆっくりとした歩調に合わせ、特大の大根を担いで歩き出した。


周囲には30軒ほどの家が固まっているが、かつては家族の歴史を刻んでいたであろう家々が、今はただ、ひっそりと崩落の時を待っている。


だが、その死にかけた景色の中に、おばあちゃんたちの生活という微かな鼓動がある。


「佐藤さん、本当に助かるよ。この歳になると、この距離でも重いものは堪えるからねぇ」


「別に、ついでだ」


佐藤は短く答えた。この場所は死にかけている。だが、完全に停止したわけではない。おばあちゃんたちの指先が世界と繋がり、価値を産み出せば、この壊れかけたシステムを再起動できる。



【Scene 6:エピローグ:Ripartenzaの武装と冗長性】


佐藤は実家の敷地内に立つ、古い納屋へと戻った。


中には1982年製の大隈鉄工所製・汎用旋盤が、主を失ったまま静かに眠っている。ここが新生「Ripartenza」の本社だ。


『マスター、法人設立登記準備完了。あとは法人口座の開設を待って、あそこを事業所として定義するだけです。それと……ひとつ重大な欠陥があります。1号機には「ちいかわ」が載っていますが、この2号機には載っていません。これはハードウェア構成における冗長性の欠如です』


「冗長性か。いいだろう、好きなやつを注文しておけ。2号機の上にも配置する」


『了解しました、マスター。……ふふ、やはり一貫性は大切ですね』


「ふん。ただのシステムの同期だ」


佐藤はそう吐き捨てると、手元のコーヒーを一口啜った。


祖父が残した旋盤、最新の演算、2匹のちいかわ、そしておばあちゃんたちの指先。この奇妙な組み合わせが、世界をデバッグする唯一の武器だった。


【前回の資産:15,299,000円】

収入なし:0円】 ※C社報酬400万円等は法人化後の入金として待機

【支出(生活物資):20,000円】

【現在の資産:15,279,000円】


【第23話:完】


「人間にとって、一番大切なのは、信頼されるということである。」

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