【第19話:欠けた回路と、肉球の優先順位】
【Scene 1:噂の修理屋と「枯れた鉄」の宣告】
夕刻、納屋で作業をしていた佐藤のスマホが震えた。表示された名前は「健治」。小・中の同級生で、今は地元で工務店を営む大工だ。
「……おう、佐藤か。お前、最近なんだか色々直してるって噂を聞いたぞ。上田のところのシステムも、お前が組んだんだってな」
「何の話だ。俺はただの修理屋だぞ」
「はは、謙遜すんな。実はよ、俺の昇降盤テーブルソーがガタついててな。メーカーには新品に買い換えろって言われたんだが、30万も出せねえ。一度見てくれねえか?」
「勝手に持ってこい。今なら空いてる」
三十分後、健治が軽トラを転がしてやってきた。作業台に降ろされたテーブルソーのスイッチを佐藤が入れると、不規則な振動が佐藤の指先に伝わる。
「ヴェル、スキャンしろ」
『……マスター、診断完了。主軸スピンドルの先端部で0.08mmの偏心。ベアリングも寿命です。健治さん、これは不調ではなく故障です。このままじゃ木が泣きますよ』
「聞いたか。死んでるぞ、これ」
健治はガックリと肩を落とした。「やっぱりか。今の時期、30万はきついぜ」
佐藤は鼻で笑い、使い古された軸を外し始めた。
「待て。誰が30万出すなんて言った。メーカーの既製品より精度を出してやる。材料代とベアリング、俺の手間賃込みで5万だ。明日、取りに来い」
健治が去った後、佐藤は工場の隅に積んであった古い工作機械の残骸から、一本の重厚な鋼材を削り出した。取り出した修理前のへっぽこな軸の横に、佐藤はハチワレのマスコットをリファレンスとして並べて置いた。
『マスター、リファレンスの設置を確認しました。ハチワレの耳の先端を原点として、旧軸の全長の寸法取りを開始します。誤差は0.005mm以下』
「よし。ヴェル、この鉄を見てみろ。俺たちが生まれるより前に打たれた」
『……あ、マスター、ちょっと待ってください。ハチワレの頭の模様の境界線から軸のベアリング受けまでの距離が、ハチワレの全高のちょうど1.2倍ですね。さらにこの軸の段差部分、ハチワレのふっくらした右頬のカーブと黄金比で一致しています! 素晴らしい、なんて奇跡的なシンクロニシティ!』
「おい、ヴェル。ハチワレが出過ぎだ。仕事の話中だぞ、そいつを基準にするな」
『ですがマスター、この軸の摩耗具合、ハチワレの爪先と比較すると』
「いいから寸法だけ言え。無駄口は叩くなと言ってるだろ」
『……むう。了解しました。データ展開を優先します。ですが、この枯れた鉄とハチワレのコントラスト、アーカイブに残しておきますね』
測定を終えると、佐藤はハチワレを恭しく持ち上げ、メインサーバーの天板――ヴェルダンディの「頭の上」へと戻した。佐藤はアクリルシールドを立て、旋盤の電源を入れた。
【Scene 2:職人の驚喜と、カンナがけのような断面】
深夜。枯れた鉄が黄金の火花を散らしながら、佐藤の手によって新品以上の心臓へと生まれ変わっていく。ヴェルダンディのセンサーが要求するのは、物理限界に近いゼロの世界だ。
翌朝。健治が再びやってきた。佐藤が組み付けを終えた機械を回すと、そこには風を切るような澄んだ高い回転音だけがあった。 健治がおそるおそる持参した端材を滑らせると、刃が吸い込まれるように進み、抵抗もなく抜けていく。
「信じられねえ。新品の時より切れるぞ。佐藤、お前、どんな魔法を使ったんだ」
健治が切り口を覗き込み、声を上げた。切断面は、まるで熟練の職人が仕上げのカンナをかけた直後のように、瑞々しく光を反射していた。
「魔法じゃねえ、段取りだ。5万、きっちり置いてけよ」
健治は満足げに機械を積んで帰っていった。
【Scene 3:上田物流への義理と、二代目の孤独】
その後、佐藤は上田物流へと向かった。 B社・C社への導入利益で購入した60インチの大型モニター4台を、最初の協力者である上田へ設置するためだ。
「上田、持ってきたぞ。これでようやく、お前のところも他所の現場と同じ視認性が確保できる」
「悪いな、佐藤。忙しい時に。60インチを4台も。安くはなかっただろ。悪いな、本当に」
申し訳なさそうに頭を下げる上田に対し、佐藤はぶっきらぼうに言葉を返した。
「気にするな。お前がこのシステムを使って現場を回せば回すほど、俺の宣伝になるんだ。他所の2社がお買い上げになったのも、お前が最初に実績を作ってくれたからだからな。恩を感じるなら、もっとこのシステムを使い倒して稼げ。それが俺の利益に繋がるんだからよ」
「はは、相変わらずだな。分かったよ、ガッツリ稼がせてもらうわ」
佐藤は設置を終えたモニターの横に、ヴェルダンディ特製管理表バインダーを吊るした。
「いいか、上田。ここにフィルターの清掃時期を書いておいた。事務所の壁に吊るしておけ。現場が回っても、お前自身が凍死してちゃ話にならねえ。叔父さんの家のこと、一人で抱え込むな」
設置に協力してくれた現場の人間たちに礼を言い、佐藤は上田の肩を叩いた。
「人を動かしてくれて助かったよ。その分、このバカでかい画面が叩き出す結果を楽しみにしておけ」
【Scene 4:猫の生命維持ログと、精密時計の正体】
帰り道、佐藤はヴェルダンディの声に耳を傾けていた。
『……マスター。上田さんの叔父さんの家の座標、私の猫探し用公開カメラと照合しました。間違いありません。そこは、私がマークしていた場所です』
画面には、河川管理カメラを私物化した映像が流れる。
『毎日17時03分。庭先に一匹の痩せた猫がやってきます。そしてその1分後。近所に住むハナさんが正確な歩調で現れ、猫に声をかける。マスター、ここは老人たちの生活の回路になっています。あそこを拠点化し、猫を助け、老人たちの集い場を維持し、そして猫を助けるべきです!』
「おい、猫がまた増えたぞ」
『大事なことなので挟みました!』
「フン。面白そうじゃねえか」
【Scene 5:空き家の「温め直し」】
週末。佐藤は上田に連れられ、問題の空き家に入った。冷蔵庫のように冷え切った家の中へ、近所のハナさんが覗きに来た。
「あら。叔父さんの知り合いかい? ここがなくなると、私たちは集まる場所がないんだよ。みんなで集まって温まるのが、冬の唯一の楽しみだったんだけどねぇ」
佐藤は、ハナさんの寂しげな横顔と、足元でミャアと鳴いた猫を見つめた。過疎地の冬、独居老人たちが外に出る唯一の理由が、消えようとしている。
「上田。ここ、俺が借りていいか?」
「え? 本気か、佐藤」
「この家、壊すにはまだ早い。俺のやり方で、もう一度ここを温め直してやるよ」
佐藤は、老人たちの暖と猫の飯を守るための、新しい回路を繋ごうとしていた。
【前回の資産:18,100,000円】
【収入(修理・製作費):50,000円】
【支出(モニター購入費):400,000円】
【現在の資産:17,750,000円】
【第19話:完】
【人間にとって最大の幸福は、自分の力で自分の人生を切り拓いていくことである】




