第六節 日常、その果てに
前回、『第三節 日常リターンズ』のあらすじ――
漢松本は、穏やかな陽気の中、清々しいそよ風が吹くそんなある日の教室内で、朝から昼寝を試みようとしていた。その時、様々な刺客が襲ってきてドンパチしていたら、ひょんなことから二年との軽い運動が始まり――?
「ん? アレは……松本?」「ん? 何だ……?」
松本と二年が学校の廊下で颯爽と軽い運動(追いかけっこ)を行うそんな中、セキズとフタエが通りかかった。
「フッ……」
その2人を見るや否や、二年は好からぬ考えを頭の中で巡らせていた。
「そこの2人! 松本に追われているんだ!! 助けてくれぇ!」
「! なっ!?」
ただの通行人すら利用する卑劣な二年に、松本は怒りよりも先に驚きを隠せなかった。
「てめっ! アイツらはカンケ―ねぇだろう!?」
「黙れ暴漢」
「!?」
一方で呼び掛けられたセキズとフタエは事態を飲み込めずに立ち尽くしていた。
「助けろったって……なぁ、フタエ?」
「……」
と、ここでフタエの様子がおかしい。
「!? おい、どうした! フタエ!?……フタ……」
「フタエノキワミ、イェェエエアッ――――――――!!」
フタエは拳一つで特攻し始めた。松本に向かって――。
しかし――、
「イェェエエアッ――――――――!!」
「ゴッ!!」
特攻していたフタエだったが、その対象、行き先、相手が悪かった。
松本の鉄拳が、フタエの顔面を襲った。
「アァ――――!!!」
「ゴシャア」
吹き飛び、壁にぶつかる。
「あぁん……」
喘ぎ。喘ぐな。
(松本の方が、一枚上手だったか……まぁ良い)
松本とフタエの数瞬のバトルを尻目に、未だ二年は足を止めていなかった。フッと笑みがこぼれる。その爽やかな外観からは予想もつかない程の邪悪な心を、見に宿して――。
(時間は……稼げた――)
「! しまった!!」
松本が二年の足取りに気付くも、時すでに遅し――。彼は松本から先程よりもっと距離を置いて逃げ去っていく。
「くっ……あの特攻ヤロウの所為で……」
「あぁん……」(←特攻野郎)
「待て! 二年!!」
二年は校舎本館から飛び出した。そこから校門に――は、行かない。一体、どこへ――? 隔離棟か? 宿舎か? それとも駐車場方面か? 彼は事もあろうか、体育館に向けて足を進めていったのだ。松本もそれを両目で追っていた。
「馬鹿め! ここの体育館は、出入口が1箇所しかない。袋のネズミだ!!」
ここまで、だいぶ本気で走って来た。走る前と途中、一部生徒と拳も交えた。松本の体力は、じわじわと削られていることに、彼自身は気付いてはいなかった。
「ハァッ……ハァッ……二年、観念しろ!!」
「ザン!!」
体育館に辿り着いた松本の眼光は、二年を捉えていた。そう、何故かバスケットボールを右手に持っている二年の姿を――。
「何のマネだ?」
「フフ……松本。言ったろ? 軽い運動をお前としようと思ってな」
「何だ……? お前と1ON1でもするのか……?」
「フリー……の勝負だ……」
(フリースロー対決……)
「そうフリー。フリースタイルのストリートファイト(自由型暴力行為)だ!!!!」
一閃――、バスケットボールが放つ橙の、光の軌跡が一直線に松本に迫った。
「ババン!!」
大きな衝撃音が、体育館中にこだまする。50m5.8秒のその足も流石だったが、一通りの球技がこなせる二年の、ボールを投げる力も一級品だった。それは松本の顔面を襲っていた。松本は――?
彼は右手でそのボールをキャッチしていた。
「!?」
「ハハッ!」
ボールで塞がっていた視界、そこから急に二年が飛び込んできた。俊足を体現するその脚――、常軌を逸した脚力が、彼と松本との保たれていた間合いを一瞬で無かったことにしたのだ。
(コイツ……いつの間に……はっ!?)
「ガッ!!」
二年は松本の左脇腹に右拳を一撃。そして直ぐに左拳の二撃目を右脇腹に入れた。
「ガッ!!」
それは松本がキャッチしたボールが、手から離れて体育館の床に落ちるまでの出来事だった。
(速い……!! だが……)
松本は二撃目、二年の左拳をグッと掴み離さなかった。
「二年……やるじゃねぇか。褒めてやるよ、そのスピード……俺から何mもあったのに一瞬で間合いを詰める脚、そして連続で繰り出される殴打……でもな、お前には弱点がある」
「?」
「お前の、そのスマートさだよ……。お前の拳には、体重が乗っていない」
ぐぐぐっと松本は掴んだ二年の拳に力を入れた。
「くっ、松本。俺とお前が本気でやり合うのは、これが初めてだったか……? 魅せてやるよ、俺が逃げに徹することなく、本気で攻撃に回った時の凶暴性を……!!」
そう言い放った二年は、身体を左に60度、傾けた。続けて左拳を捕まれた状態で、右脚からのハイキックを松本の左側頭部に鋭く放った。
「ぐっ……」
蹴りを食らった彼は、堪らず左腕でそれをガードしたが、尋常じゃない程の痛みが、ガードした身体の部位に、電気信号の様に駆け巡った。
(何だ……? この重さは……!?)
「知っているか? 松本。脚は腕の3倍の力があると言われている……しかし、俺の脚力は、腕力の7倍だ!!!!」
怯んだ松本を、今度は二年の左脚が襲う。
「ぐあっ!」
それは松本の右側頭部に放たれた。左拳を掴んでいた分、右手のガードが遅れ、松本は不完全な形でその攻撃を受けることとなった。しかし――、
『ガッ!』
松本の両側頭部へと向けられていた二年の両脚が、彼のガードしていた両腕でガッチリと掴まれた。二年は松本の腕を支点に宙ぶらりんの状態になる。松本は一息つき、余裕を見せながら逆さになった宿敵を煽る。
「残念だったな……。得意の脚も封じられ、これでは流石のお前も、何もできまい……」
「フッ」
「何が可笑しい!?」(ぷぴぽー)
宇水の様な言葉を、宇水の様な大声で発した松本に対し、二年は自分が置かれている状況とは、とても似つかわしくない発言をする。
「俺が何もできないだと……? そうか、お前はそう、判断したんだな。フッ……なら魅せてやろう。俺が本気を出すと、どうなってしまうのかを!!!!」
次の瞬間――、二年は彼を掴んでいる両拳ごと松本の頭を両脚で挟んだ。
「なっ!?」
そして、ぐるんと身体を捩じらせ、体育館の床に両手を着いた。縒れた学ランや着ていたシャツの下から芸術品の様に割れた腹筋がちらりと顔を覗かせていた。鍛え上げられたその体幹で、体重100kgを超える松本の身体を浮かせ、彼を頭から床に叩きつけた。
「カッ……ハッ!!」
ドゴォーンという鈍い音が、体育館中に響き渡った。二年の余りにもトリッキーで予測がつかない攻撃に、松本はなすすべなくひれ伏した。
松本は自分の全体重の重みと二年の脚力を併せ持った力を、脳天一つで受ける結果となったのだ。ダメージは計り知れない。
体育館を満たしていた音が止むと、あたりは妙に静かだった。松本は床に倒れ伏し、遠くで風が校舎と校舎を繋ぐ音だけが耳に届く。もう抵抗する気力さえ残っていない。
「ふっ……ふはははははは! 松本ぉ!! 無様だなぁ!? 高田健志は、すごいよなぁ!? これが、本気の俺と、お前との如何ともし難い力の差だ!! あっはははははははは。……帰って笑点のDVD観よ」
二年が松本に背を向け、体育館を後にしようとした、その時――、
「〇SUTAYAで借りるのか? それとも、GE〇で借りるのか……?」
「ハッ……?」
松本が二年の頭を鷲掴みにしつつ立ち上がっていた。
「なっ!? 松本……、お前あの攻撃を食らって尚……(立ち上がれるのか……? これは、血の匂い……)」
松本の頭からはダラダラと赤々とした血が流れている。
「瞬発力と切り替えの早さ、躊躇と容赦の無さ、そして打たれ強さが俺の強みだ……!」
松本が、二年に向けて、反撃の一撃を食らわせようとした、その時――、
「あっ! ありゃわ、まちゅもちょきゅん!? それぃ、りれんきゅんも!!」
後ろ美人、kが学校をサボろうとしていたところ、体育館前を通りかかった。
松本の右ストレートが二年の後頭部を襲おうとしていた、その時――、
「やめれぇぇえええ!! ふらりちょろぉぉおお!!」
悲痛な叫び声と共に後ろ美人、kが体育館へ駆け寄って来た。
「!!」
「!?」
「ふらりちょろ、あてぃちろられりてゃてゃきゃわらいれ!!(2人とも、ワタシの為に戦わないで!!)」
「……(???)」
「……(怒)」
後ろ美人、kの頭の中お花畑的な発言に、二年は頭の中はてなマークいっぱい、松本は頭の中怒り心頭だった。
「あいー?」
後ろ美人、kが2人の様子を、首をかしげてあざとくまじまじ見てくる。
「ブバチッ!!」
「誰が!! てめぇ何かの為に!!!!」
「ゴッ!!!!」
松本の怒りの鉄拳が、後ろ美人の顔面を襲う!!!
彼女は遥か高い体育館の天井裏まで飛ばされて、その柱に引っかかった。
「あいいぃぃぃぃいいいい!!!!」
完




