1章 1-2
「それでこれからのおはなし、というのは?」
「そうですね。前に『TS悪役令嬢として振る舞う才能』があるとお話したのは覚えていますか?」
「もちろん。ところではなしの腰を折るようでもうしわけないけどTSってなんなのかしら?」
「あ、それはTS、つまり性転換のことですよ」
「だからわたくしは女性になったのね……」
長年の疑問が氷解した瞬間だったが、力の抜けるような事実だった。
標準仕様書を意味するTSではなかったのね。将来性豊かな悪役令嬢と意訳すればまあまああり得る線かと思っていたけど全く違っていた。
「今回の転生は異例なんですがレインさんに悪役令嬢の才能があるのは事実です。そしてわたしが仕える神様が管理する世界の中でここが最もあなたの才能を活かせる場だと判断されました」
「ようするに悪役令嬢として生きていきなさい、ということ?」
「それをおすすめします!……けどそこはレインさんの自由にしてもらって構いません」
「……?はなしの要点がつかめないわ」
「言ってしまえばこの世界での人生はインターバルのようなものです。本当なら死ぬ運命になかったあなたを、あなたの魂を救うために死なせてしまったわけですからこちらとしても手厚いケアをさせていただこうと」
まるで優良企業のような満足度の高い対応だった。
まあ天使と神様が仕事をこなしているのだから内にも外にもホワイトなのが当然なのかもしれないけれど……。
「実績解除もその一つですね。設定された実績を解除すればそれに合わせた特典が与えられます」
アニスの説明によれば頭が良くなる、身体能力が向上する、魔法が使えるようになるといった基礎能力もあれば、成長にするにつれて容姿が良くなる、運の良さに補正がかかる、カリスマ性が身に付くと多岐にわたるものらしい。
「普通に生きるだけでもそれなりの数の実績は解除されます。ですが才能を発揮して悪役令嬢として生きればそれとは比較にならないほど多くの実績が解除されるでしょう」
「そうするとどうなるの?」
「当然レイン・ショーメイカーという人間がとても優れた存在になりますよ。ですが実績解除の最重要点はそこじゃないんです!」
ふんす、と鼻息を荒くしてアニスはこう言い切った。
「なんと!実績解除で得られた特典は次の転生に引き継げるんです!」
次の転生に引き継げる。
つまり頭が良くて運動もでき、さらには運が良く、カリスマ性さえ持ち合わせた人間として生まれ変われるということ。
「それはまた大盤振る舞いね」
「ええまあ、ここまでやるのは普通じゃないんですけど……」
今回の件が特例であること。そして『ここまで手厚い対処をする必要があることをやっているんだ』ということを、周りやルールを違反する神様に見せつけるために利用させてもらうお詫びも含まれているのだとアニスは教えてくれた。
ものすごく現実的かつ政治の匂いがする話だった。天の世界というのは想像するより世知辛いところなのかもしれない。
まあそれはさて置き、こちらとしては死後に隷属される運命から解き放ってくれただけで感謝しているくらいなのだけど。
「わかったわ。好きに生きていいけど悪役令嬢として生きた方がお得、ということね」
「そんな感じです!」
そういうことなら悪役令嬢としての人生を謳歌するのも一興かもしれないわ。
ただ問題があるとするならば……。
「どうすれば立派な悪役令嬢になれるのかしら?」
「それはわたしもよく分からないんですが、レインさんにはこれを授けます」
アニスが差し出したのは黒く重厚な革表紙に銀製のカギまでついた一冊の本だった。
なんというか、思春期の少年少女が好みそうな見た目をしている。
「悪役令嬢とはなんたるものかを記した本です。理解しやすいよう主にレインさんの元の世界の書物を参考にしているらしいので是非ご活用ください!」
「なにからなにまで頭が上がらなくなりそうね……とはいえいくらなんでも厚すぎるわ」
「実はその本にもいくつか秘密がありまして。とにかく使ってみてのお楽しみです!」
「そんな言い方をするということは悪いものではないのね」
「ですです!それとカギはレインさんが撫でるだけで施錠も解錠も思いのまま、しかも第三者には絶対に開けられない仕様になってますのでご安心を!」
便利すぎる。完全にわたくしのワンオフ本ということらしい。
まあ楽しみにしておきましょうか。
「では最後に実績の確認といきましょう。『情報解禁』の実績解除を達成したので他にもアンロックされた実績があるかも……」
「……?どうかしたかしら」
ワクワクとした表情のままアニスが固まる。
不思議に思って首を傾げると、それから数秒後にやっと動き出した。
「レインさん、この三年間で何をしていたんですか?すでに十七個の実績が解除されてますけど……」
「なにをしていたといわれても……勉強に、読書に、あとはショーメイカー家の令嬢としてふさわしいマナーを身につけるためにいろいろと」
いわゆる貴族社会に必須な常識、礼儀、ダンス等々。変わったことはしていない。
あとはまだお遊び程度だけれど人脈を作る練習のために最近はパーティーに出席させられている。
格式高い貴族階級と言えど三歳児ともなれば人前で淀みなく、堂々と挨拶できればそれで充分。相手をするのも同年代よりちょっと上くらいの子どもがメインだから必要以上に気を遣うこともない。
「それだけでこんなに?う~ん……あ、もしかして……」
「思い当たることでも?」
「はい。ですがまあ問題ありませんしこのままじゃんじゃん実績解除して今世と来世を潤わせていきましょう!」
「とても打算的なセリフにきこえるわね……」
「気にしないでくださいよ。それと予想より解除された実績が多いのでその参考書の機能を一つお教えしておきます」
アニスが参考書と呼んだ本に手をかざす。すると本が宙に浮き、勝手に開いてページがパラパラと捲れていく。
わたくし以外に開けないとはなんだったのか。まあ天の世界で作られた物なのだから天使が扱えるのは納得できる話ではあるけれど。
「この本、実はレインさんが達成した実績解除の一覧とその特典を自動で記録してくれるんです」
「ほんとうに便利ね」
アニスと一緒に本を覗き込むと白紙のページに染み出すように文字が浮き出してきた。
『三年の月日』の実績が解除されました。『情報解禁』の達成条件が解放されました。
『情報解禁』の実績が解除されました。俯瞰視Lv.1を修得しました。
『秀才』の実績が解除されました。記憶力・思考力が上昇しました。
『才媛』の実績が解除されました。記憶力・思考力・魔法適性が上昇しました。学力上昇補正Lv.1を修得しました。
『神童』の実績が解除されました。記憶力・思考力・魔法適性が大幅に上昇しました。
『本の虫』の実績が解除されました。本による学習効率が上昇しました。速読Lv.1を修得しました。
『リトルレディ』の実績が解除されました。直感・カリスマが上昇しました。魅力上昇補正Lv.1を修得しました。
『魔女の胎動』の実績が解除されました。魔法適性が大幅に上昇しました。魔力上昇補正Lv.1を修得しました。『翠雨の魔女』の達成条件が解放されました。
『女神の加護』の実績が解除されました。幸運・カリスマが大幅に……
『貴族の品格』の実績が……
多い多い多い多い!情報が多いわ!
なのにそれが全部すんなりと理解できる。そしてそれを不思議に思うよりも早くその理由も理解できてしまう。
実績解除の特典で上昇した思考力が反映されたからでしょうね。理解力や頭の回転というものが今までとは比較にならないほど、段違いに良くなっているのが身を以って感じられる。
「これはすさまじいわね……」
「ふふふ、実感できたみたいですね!ちなみに解除した実績の項目をタップすると詳細を表示してくれるので後で確認しておくと良いですよ」
「紙の本なのにどんな仕組みなの、それ……」
「神様の力です!それと先ほども言いましたけどこれは自動更新なので定期的に確認しておくことをおすすめします」
「実績解除の際にアナウンスは?」
「ありません」
「そう……」
それはつまり知らない間に実績を解除していることが多々発生するということ。軽く目を通しただけでも単に頭が良くなるだけではなく、レベルが付いている能力らしきものもある。
俯瞰視や速読にデメリットはなさそうだし実生活でも役に立つ部類だけれど全部が全部そういうわけではないはず。魔法を使えるようになるのならそれに関するレベル表記の能力――仮にスキルと呼称しましょう――を修得した場合、強力なスキルである可能性は当然ある。
自分のためにも周囲のためにも気を配る必要がありそうね。
「あ、そろそろ時間ですね。これからも定期的に会いにきますのでお元気で!」
「ご足労感謝するわ」
「いえいえ、これがわたしの役目なので。それでは!」
一際元気の良い声とともにアニスの姿と白い空間がキラキラと粒子になって消えていく。似たようなことを三年前に経験しているせいか特に焦ることもなく崩れ去っていく世界を眺めていた。
そしてはっと気が付くとそこは自分が寝ていたベッドの上で、窓の外を見ればもう朝になっていた。目をこすりながら体を起こす。
「さっきのは、夢……?いえ、ちがうわね」
枕元にはアニスから受け取った革表紙の本が置いてあった。それを手に取り、カギ穴の部分をすっと撫でるとカチリと音が鳴って本が開いた。内容は先ほど見聞きした通りのもの。他にも何か機能があるらしいけれど、それを探るのは……まあ別にあとでもいいわね。
本当に、至れり尽くせりというのはこのことかしら。ここまでしてもらうとさすがにのんべんだらりと今世の生を享受するのも憚られるというもの。
「……なら、そうね。本気で全うしてあげるわ、悪役令嬢というものを」
己の才能を余すことなく発揮できるよう、全力で。
それがわたくしの、レイン・ショーメイカーの生き様よ。