3か月の経過
お待たせしました(とか言いながらいつもどおりの更新間隔)。
新章「DRAGON SLAYER」開幕です。章タイトルは後で直すかも。直さないかも。
「滅びの大陸」改め「グランドリーム大陸」から1万人を超える避難民がヴィレオセアンにやってきてから——逆に言えば向こうの大陸の存在が、きちんと認知されてからおよそ3か月が経とうとしていた。
季節は夏の盛りである。
ヴィレオセアンの夏は、気温は高くなるものの海から涼しい風が吹いてくるので蒸したりすることはないようだ。
首都ヴィル=ツェントラの隣に急きょできあがった街、ヴィル=ドリーム。ここには7千人が居住可能な住宅ができあがり、今もなお急ピッチで建設が進んでいた。
「王様。本日のご予定です」
「はい、教えてください」
避難民とともにヴィル=ドリームに住んでいるドリームメイカーの国王ドリアーチ。彼が今もなお「王様」を名乗っているのは、彼こそが避難民にとっての心の支えだからだ。
こちらの生活にもだいぶ慣れた。ヴィレオセアンは白パンが主食として出回っており、最初こそふわふわで柔らかいパンに驚いたものだ。逆に、味付けは薄味なので口に合わず、調味料を工夫することでなんとかしている。
「朝いちばんでヴィル=ドリームの住宅割り当てに関する会議と、街の建設進捗に関する報告。次にヴィル=ツェントラに移動していただき、総首領公邸でパトリシア様と昼食会。その後、各国の使節と懇談となっております」
「いつも通り立て込みそうですね。なんとか夕食までに戻れるようにがんばりましょう」
「ははは。そうですね」
すでにこちらの言葉にも慣れつつあるのは、せめてドリアーチを含む数人の首脳陣——つまり交渉に当たる可能性がある人物くらいは言葉を話せるようになっておこうと死に物狂いで努力したおかげではあった。
ドリアーチは自らが「避難民」であるという認識を正確に持っている。
事情が事情とはいえ、さらには軍船という強大な武力があるとはいえ、避難民は最悪、隷属化される可能性もゼロではなかった。
帰るところがないのだと足下を見られることだって考えられた。
だが、そうならなかった——。
(各国の政治情勢がヴィレオセアン単独の台頭を許さなかった。それに……シルバーフェイスも協力してくれました)
ドリームメイカーの船団、科学技術をヴィレオセアンに独占させるまいと各国が牽制し合ったこと。
あとはシルバーフェイス——ヒカルが、クジャストリアやマルケド、カグライといった3国のトップに顔が利いたことも大きかった。今まで貸してきた「恩」をここで全部返せと迫ったのである。
クジャストリアには、過去、彼女が潜んでいた騎士団の屋内訓練場が崩壊するときに彼女を救ってあげた恩がある。
マルケドには、バラバラだったフォレスティア連合国をまとめ上げていくための最初の一歩を、学院のメンバーとともに整えた恩がある。
カグライには、もともと今回ヴィレオセアンに来るに当たっての護衛報酬をまだもらっていなかった。
とはいえ——シルバーフェイスに、これほどの各国首脳との接触があったとはさすがのドリアーチも思ってはいなかったが。
「独身者向けの集合住宅建設はそろそろ終わろうとしています。竣工は1か月以内にはなるかと」
午前の会議の場でドリアーチにそう報告したのは衛生環境局長だった。
聞いたドリアーチはほっとしたように微笑むと、
「ありがとう、ここまで来ればほとんどの国民を陸で休ませることができますね。あなたもここに来てからずっと休んでいないでしょう? しばらく休暇を取ってください」
「しかし、私は……」
顔を伏せる局長が、叛乱を企てたルーデンド魔術局長とともに行動していたことを、ここにいる人々は知っている。
そしてドリアーチが、「今後の働きをもってその罪を償いなさい」と命じたことも。
「……あなたが休息をとらず、身体を壊したとあってはドリアーチ様の指導力が疑われることになる。大人しく休暇を取られよ」
戸惑う局長の肩に手を載せたのはグルゥセルだった。衛生環境局長はうなずくと、小さく頭を下げて会議室を——ドリアーチの居館の一室を出て行った。
「新しい環境、過去のわだかまり、未来への不安……問題は山積みですね」
「はい」
重々しくうなずきながらもグルゥセルは言う。
「ですが、越えられない問題ではありません」
その言葉にドリアーチだけでなく、部屋にいる人々の表情が明るくなる。
「そのとおりです。さあ、どんどん片づけていきましょう。次の報告はどなたですか?」
会議は明るい空気の中で続けられた。
ドリアーチを乗せた馬車が、ヴィル=ドリームからヴィル=ツェントラへと移動していくのは海岸からもよく見えた。
この海岸には、元は紫色であったが日に焼けたせいで浅黒くなりつつある肌を持つ、ドリームメイカーの国民と、ヴィレオセアンの国民とが入り交じっている。
急造されたドックには大型船が引き込まれており、多くの人々が船上で、船外で作業をしていた。
『…………』
『——魔術局長、どうしました?』
『なんでもない。だが、私はもう局長ではないからルーデンドと呼べと言っただろう』
『いや、今さら呼び捨てなんてできませんよ』
声を掛けた魔術局員は肩をすくめた。
彼らのすぐ近くには大きなテーブルが青空の下、置かれてある。
そこには巨大な設計図が広げられ、2国の住民が入り交じってあーだこーだと話をしていた。
『魔術のいくつかでわからないところがあって、向こうさんはそれを聞きたいみたいです』
『……どこだ』
『ここなんですけど』
局員が指差したのは、航海補助の機能を持つ魔術式だ。
ちらりと、質問者であるヴィレオセアンの研究者然とした女性を見やると、ルーデンドは言葉を切り替える。
「ここは、海棲モンスターを退ける魔術と密接に関係しているので、単体で見てもよくわからないだろう。まず海棲モンスターを退ける魔術のメカニズムについて話そう。海水内でも減衰することなく進んでいく波長があり、我らはこれを——」
淀みなくすらすらと教えていく姿を、ヴィレオセアンの研究者たちは身を乗り出して聞き、手元のメモに必死に書き込む。
一方の魔術局員たちも必死で、一言も聞き漏らすまいとしていた。
そのせいで他の国民に比べて魔術局員は大陸言語の習得が速いペースで進んでいた。
(おい、あの魔術式のシステム知ってたか?)
局員たちが必死なのには理由がある。
(知らなかったに決まってる。あれって局長直属の研究チームが門外不出にしてた内容じゃないか)
(こうもあっさり教えるだなんてなあ……)
今、ルーデンドが解説している内容は、局員の多くにとっても初耳の内容だったのだ。
(あのウワサ、ほんとうかもな)
(どんなウワサだよ)
(知らないのか。ルーデンド局長、この仕事が終わったら全責任を負って死ぬんじゃないかって)
(は?)
(だから、惜しみなく全部教えてるっていう……あり得そうだよな)
(マジかよ)
局員たちがそんなふうにウワサをしてしまうほどには、これまでのルーデンドは秘密主義だったし、今のルーデンドは大盤振る舞いだった。
「——というわけだ。なにか質問は?」
一通り説明をすると、質問をした女性研究者は目をぱちぱちとしたが、
「そ、そのぅ……あまりに多くの内容が私たちにとって知らなかったことばかりで、それらに基づいた魔術式となると前提知識の証明、確認から必要になるかと思います」
「そうか。ならばまた質問があったら聞きなさい」
「はい、ありがとうございます!」
研究者たちはとりあえず今教わった内容を確認するべく、彼らの間で積極的な議論を始めた。
それを横目に見つつルーデンドはその場を離れていく。彼を追う人間は、誰もいない。
ドックでは長い航海によって破損した軍船の修復作業が進んでいた。ヴィレオセアンは修復用の資材をすべて手配していたがどうしてそこまでしてくれるのかという事情についてはルーデンドも知らない。だが、自分たちの「知識」があの資材の対価でもあるのだろうとは薄々気づいていた。
(対価を払い終えたら……私たちはどうすべきか)
いつもどおりのしかめ面で歩いていく。
笑うことなど、もうとうに忘れた。
あの叛乱の夜、異様なまでの焦燥や感情の高ぶりに背を押され、死に物狂いで戦った。結果としてあれらは「邪に連なる者」からの悪影響らしいとは後になって知ったのだが、それでも、あれほどの濃密な時間を経験してしまうとこの毎日は砂を噛むような日々だ。
(まともな生活など望むべくもない)
ドリアーチはあまりにも国民に甘く、すでにルーデンドたちに死罪はないと明言している。
だが、叛乱の夜、同胞をその手で殺した者も多く、彼らは今もなお表には出ず船の中で暮らしている。
仲間を殺した人間を周囲に置いておけるほど、ドリームメイカーの国民は寛容ではない。逆に言えば一線を越えさえしなければ、信じられないほどに寛容なのだが。
そして書記官のディーナだ。
彼女は外からモンスターをおびき入れるというドリームメイカー史上、類のない悪事を働いたわけであり、現在はヴィレオセアンの牢獄に入れられている。その取り調べは遅々として進んでいないらしい。
(……それはそのとき、考えればよいか)
異国の空は、グランドリーム大陸と同じ、青色をしていた。





