滅びの大陸への別れ
大変お待たせしました。ウイルス性腸炎で4日間寝込んでいました……。
トイレは友だち。アイツらは絶対に裏切らない。
興味津々、という顔で穴をのぞき込んでいた。
「花仮面の女神様親衛隊」が掘った大穴の下には横穴ができており、それは2人が並んで通れる程度の横穴としてぽっかり空いていた。
『確かに先は長いようだけど……マジで向こうの大陸につながってんのか?』
半信半疑の顔でジンが言った。
『まだ通じてはいないけど、信じてもらうしかないわ。まあ、あなたたちにとっては失敗しても失うものはないのだからいいのではなくて?』
『うーん……』
ラヴィアの返答に、うーんと唸りながら穴から上がって行くと、住民たちが待ち構えていた。
『ほんとうにここから逃げられるのかい』
『さっさと行こうぜ』
『そんな長いトンネル、何ヶ月もかかって通らなければいけないんだろう? 俺はイヤだぞ』
『王様に会えるなら行こう』
『だからよお、崩れたらどうすんだっての』
『あー、わかったわかった! ちょっと黙ってくれ!』
口々に声を掛けてくるので、あわててジンが彼らを押さえ込む。
『見てみたが、正直まだわからん。話を整理するぞ……』
ひとつ、この穴を通れば向こうの大陸に渡れる。
ふたつ、つなげられるのは今日、1回だけ。
みっつ、空間を短縮してつなげているので大陸を渡る所要時間は数時間の見込み。
それに加えて、これらの情報はすべてシルバーフェイスたちからもたらされており、これら条件の根拠はなにひとつなく、彼らを信じるかどうかだけ——。
『理解は簡単だろ? あとは俺たちが信じるかどうか……なんだけどな』
すると『信じられん』という声がいくつもいくつも上がる。
中にはヒカルたちへ疑惑の目を向ける者まであった。
(そりゃなあ)
と内心苦笑しながらも当然だよなとジンも思う。
ただでさえ、避難させられた住民は不満も溜まっているだろう。彼らは避難民の中でも最初期に避難した者たちだから、モンスターをその目に見てはいない。
いわば、「危機の実感」がないのだ。
だが、
(その認識をちゃんと、正しくしてやるのが俺の仕事……なんだよな、たぶん)
グルゥセルや王様が期待していることは別にあるのかもしれない。それを推測することしかできなかったが、それでもジンは自分で考えるしかなかった。
だから、
『俺は信じている』
胸を張って、言った。
そしてジンが言うと、すっ、と声が引いていった。
『彼は、俺たちを守るために命を賭けてくれた。誰にもできなかった大型モンスターの討伐、500年前に滅びた街の調査、叛逆者やモンスター襲来を察知し、王様といっしょに対応策を練ってくれた。ここまでやってくれた彼を、信じない理由がないからだ』
住民たちはジンの言うことを一言も聞き漏らすまいという感じで耳を傾けている。
彼の後方では、
(なんだ、ジンは割と人望があるんじゃないか。そこまで見込んで、彼をここの責任者にしたのかな、グルゥセルは)
ヒカルが感心していた。
『だけど、シルバーフェイスと直接交流を持ったことがない人たちがほとんどだ。だから、彼を信じられない者はここに残ったらいい。ここを任された責任者として、俺も、いっしょに残るから。……新しい大陸に渡るのは勇気が要る。だけどここに残っても、大丈夫だとは思うけど、もしかしたら竜に見つかって攻撃を受ける可能性も捨てきれない。どっちを選ぶかはみんなの自由だ。——今日中に、向こうに渡る予定なんだ。1時間で決めて欲しい』
ジンが言うと、人々はざわざわと話し始めた。ジンはひとり、集団から離れたところでぼんやりと突っ立っていた。
「ヒカル。何人くらい来るかしら?」
「んー……どうだろ。半分くらい?」
「わたしはほとんどの人が来ると思うわ」
「その心は?」
「ここに残るメリットがほとんどないからよ。逆に向こうに行けば、軍船もあるし、王様もいるし、モンスターの襲撃も少ない。彼らは向こうの大陸のほうがモンスターは弱いと知っているから」
「なるほどねえ」
ヒカルとラヴィアがそんなことを話していると、ポーラと親衛隊が話しているのが見えた。話している、と言うより、かしづいている彼らにポーラがあわあわしながら「みんなで行きましょうね」と言っているような状況ではあったが。
(アレどうしようかなあ……。まあ、ポーラ次第か……)
人生をポーラのために捧げると誓った以上、彼らはすべての決定をポーラに委ねるのだろう。
戦力としてはかなり強力なので、いてくれるのはありがたい。
(これからやることを考えたら、な)
ひとりヒカルは考えに没頭していった。
『——決まったか?』
そうこうしているうちに、1時間が経った。すでに住民たちは話し声を止めており、話し合いは終わっていたらしい。
ジンが右手を挙げながら言う。
『では、この場に残る者は私より右に、新たな大陸に向かう者は私より左に集まってくれ——』
『その必要は、ありませんや』
と言ったのはひとりの年かさの男だった。
彼に続いて人々が言う。
『あたしたちゃみんな、向こうに行くよ』
『ジンのにーちゃんについてく!』
『どうせ行くならみんないっしょがいいのう』
『行こうぜ。先に向こうで、王様を迎えて驚かせてやろう!』
あっけにとられていたジンは、次に、
『え? え? ほんとうに……いいのか?』
『ええ。ジンさんが信じると言った御方じゃ。わしらもみんなで信じようと、そう決めました』
『俺が……』
不意にジンの目に涙が浮かび、それを服の袖でぐいっとこすった。
『……信じてくれて、ありがとう。誰よりも早く避難警報に従って、避難してくれたみんなをここに残すことはすごく心苦しかったんだ……でも……』
『ジンさん。話の続きはまた向こうで。シルバーフェイスさんがお待ちですぞ』
泣き出しそうなジンの背中をさすってやりながら男が言うと、他の人たちもまたヒカルたちに頭を垂れた。
『よろしくお願いします』
『世話になるねえ』
『早くいこう!』
ヒカルもまた、驚いていた。半分は残るだろうと思っていたし、ひょっとしたら誰も行かないというケースも想定していたのだ。
「こりゃ、思った以上にジンは大物だったってことかなあ。コウ、責任重大だぞ」
『ええ〜!? オイラ? オイラかぁ……そうだよねえ、オイラだよねえ……』
いきなり重い責任を負わされたコウはげんなりしつつも、
『ま、ちゃちゃっとやっちゃおう!』
いつものノリでそう言った。
それはまるで、「散歩に行こうか」とでも誘うような軽いノリだった。
◇
ヴィレオセアンの海は美しく、凪いでいた。
波間にきらめく陽光は、風光明媚な首都ヴィル=ツェントラにふさわしく、きらきらと楽しげな光を散らしている。
だが——この国の総首領であるパトリシア=ジルベルスタインは頭を悩ませていた。
「新大陸グランドリームへの視察団派遣」というニュースは彼女が考えていたよりもずっと大きく、各国からの希望人数は想定を大きく超えていたのだ。
視察団と言うからには、多くても100人程度だろうと考えていた。しきり役であるヴィレオセアンが30人、ポーンソニア20人、クインブランド皇国20人、フォレスティア連合国20人程度で済むだろうという目算である。
だが、実際には——。
「ポーンソニア50人、クインブランド60人、フォレスティアに至っては70人だって!?」
そばに突っ立っていた秘書官に紙を投げつけると、初老の秘書官もげんなりしてそれを受け入れている。主人の苛立ちがよくわかるというのだろう。
「はあ……フォレスティア連合国は7地域の連合国家ですので、各地方から最低人数である10人でなんとかまとめた、と、逆に誇られる始末でして……」
「それになんだこれは!? アインビスト50人にビオス宗主国が120人!? こいつらは誘ってもないのになにを言ってんだい!?」
「はあ……アインビストはどこからかウワサを嗅ぎつけたようで、『大陸の人材が多様であることを見せつけるためにもアインビスト参加は是非もなし』ということで……」
人間種族だけで話を進めるな、と言っているのだろう。
「ビオスはなんなのよビオスは! 大体あそこは教皇の出処進退で大もめだろうが!」
「はあ……どうやら教皇は、新大陸のことですべてをうやむやにしたいらしく、あらゆる教会内審議を凍結し、『グランドリーム大陸布教』を全面に押し出したいようです……」
「あんのクソジジイ……! その布教のために120人ってことかい」
ふー、と長くため息を吐きながらパトリシアはイスに深く腰を下ろす。
「……人間ってのはそこまで面の皮が厚くなれるものなんだねえ……逆に冷静になったよ、私は」
「は。往生際の悪さにかけては天下一でございましょうな」
「南方諸島がなにも言ってこないのだけが救いだよ」
ヴィレオセアン、ビオスの南方には小国群がある。その数は10を超えるが、そこそこの大きさの島を中心とした勢力となっていた。
「南にはまだウワサが伝わっていないだけ……かもしれませぬが」
「無理に言うことはないさ。あっちはあっちで紛争に夢中だから」
「しかし、我が国とは国交がありますからな。意図的に隠したとなると後でなにか言われるかもしれませんぞ」
「あー! わかった、わかった。最初の1回が片付いたら教えてやったらいい。それで、だ。その『最初の1回』はうちだけで行く」
「……それで各国が了承しますか?」
「デウ=ローク島に向こうの船が来るまでそんなに時間が残されていないんだ。今から『了承』のお返事を書いたところで間に合うわけもないさ」
「なるほど」
にやりとしたパトリシアに秘書官が返事をしたときだった。
パトリシアの執務室の扉がノックされる。入ってきたのは使用人の若い少年だった。
「どうした」
「はい、秘書官様。クインブランド皇国、ポーンソニア王国からそれぞれ『視察団』を名乗る方々が100人規模でいらしています」
「…………」
「…………」
パトリシアと秘書官の視線が交差する。
「……連中、私が独占するかもしれないと考えやがったな……」
「はあ……そのようで。いかがなさいます」
「いかがもクソもねえ! いる人数だけでうまいこと按分して、100人に絞り込むよ!」
バンッ、と机を叩いてパトリシアが勢いよく立ち上がると、
「総首領、総首領ー!!」
「今度はなんだい!?」
勢いよく飛び込んで来た人物を見てパトリシアは表情を変える。
それは国境近辺を守る砦にいる、伝令兵だったのだ。
身体は泥だらけ、とにかく大急ぎで馬を走らせてきたことがわかるほどに疲労困憊という体だ。
「なにがあった。南で戦争かい?」
「い、いえ、総首領……これを届けて欲しいと——」
伝令兵は1通の書状を差し出しながら続けた。
「——『シルバーフェイス』を名乗る男が」
「シルバーフェイス……!?」
書状を受け取った秘書官は思わず主人の顔を見る。
シルバーフェイス、と言えば先んじて新大陸に渡っているはずだ。それがどうしてヴィレオセアンの南に現れた?
「しかも、4000人を数える肌の浅黒い集団といっしょに、突如として山間から現れたのです! 彼が言うには、『パトリシア総首領は絶対に我らを丁重に扱うはずだ』と自信満々で……さらにはかなりの資産家であるようで、近隣の街で多くの食料を買い込んでいました」
「……な、なに? なんなの? どうなってんだい?」
肌の浅黒い集団って、それはグランドリーム大陸の——。
それが4千人以上?
「総首領、これをまずはお読みください。中になにか情報が書かれているでしょう。——伝令よ、お前にはもう一働きしてもらう可能性がある。ここに座って待ちなさい」
「ハッ!」
「おい、お前はこの者に軽食と水を持ってきてあげなさい」
「は、はいっ」
少年が飛び出していくのを確認し、秘書官がパトリシアに書状を差し出す。
「…………」
秘書官から渡された書状は、さほど分厚くもないただの紙だ。
だがそれはやたらと——重く、感じられた。
「……これほど開くのがイヤだと思うお手紙は、久しぶりだね」
パトリシアはそう言ったが、彼女の予感は完璧に正しかった。
彼女の元に届けられた「シルバーフェイス」からのメッセージ——。
それは、ヴィレオセアンだけでなく各国を巻き込んだ騒動へと発展していく。
「邪に連なる者」によって支配されたグランドリーム大陸。
これを取り戻すための、大陸史上一度もなかった連合軍結成、そして壮大な作戦へと続く騒動へと。
ヴィレオセアンの海は美しく、凪いでいた。
この海に巨大な船団が乗り入れるのはあとほんの少し、未来のことだ。
というわけで「第6章 スパイ大戦争」はこれにて完結です!
240話からのこの章だったので、80話もこれに費やしていたんですね……ていうか全体の1/4じゃん。もうちょっと分量考えてくださいよ俺。
第7章以降もお楽しみにー!





