180話 分子超越
山西が拳を強く握った途端俺と山西がいる場所を除く範囲の温度が急上昇する。
空気が加熱されてる?
「ぐわっ!?」
しかし、その現象を確認する前に俺は身体に強い衝撃を食らって吹き飛んだ。
そして、俺が振り向いた時にはもう一本の長い手を振り下ろそうとしている炎に包まれた合成アンデッドの姿があった。
そんな馬鹿な!?俺のインプレスエンチャントを食らってもそのまま動けるなんて……!
もしかして、痛みを感じて無いのか……!?
「分子超越」
「!?」
山西が、とある言葉を紡いで俺の正面に真っ黒い壁を作り、合成アンデッドの攻撃を受け止め小さな爆発を起こす。
俺はその隙に壁を貫通してきた腕を回避する。
今何が、起こった……?
「やっとこれで私も戦えるわね」
山西はニコッと笑い、拳をふりふりと振る。
しかし、その拳は黒い煤が付着しており火傷が痛そうだ。
そして、周りを確認して俺は目を見開いた。
な……!?
燃えているのだ。
ジャック・オ・ランタンを除く敵のアンデッド系モンスターが全て……。
「これ、全部お前がやったのか?」
「うん。出来るようになったわ」
すまん、理解がちょっと追いつかない。
俺でさえ、かなり燃費が悪い上に仲間を巻き込みながらじゃないとチェインエンチャントは発動出来ない。
しかし、山西はいきなり周りに危害をそこまで加えずに敵モンスターだけを集中的に攻撃したのだ。
どうやったのかは分からないが、少し悔しい。
しかし、どうも重光が使ってる魔法などとは少し、違う様だ。
山西の固有スキルは未だ謎が多い。
エルキンドは限界超越で応用が効けば強いとは言ってたもののここまでとは思わなかった。
しかし、どうやってアンデッド達に攻撃した?
山西の手元から火等が出た様子は無かった筈だぞ?
そして、さっきいきなり俺の前に出てきた黒い爆発する壁は何だ?
見た目はカーボンに近い感じだったが、強度はかなり脆く、壁として使うには不十分過ぎるレベルだった。
そして、アンデッド達が燃える直前辺り一面の空気が加熱された……。
取り敢えず謎は深いが、今は目の前の合成アンデッドに集中しないと、俺達がやられてしまう。
俺は再びシェルターの容器を取り出してシェルターを軽く叩いてシェルターを回収する。
「大丈夫だったか……ってその様子だと残りはあの合成アンデッドと、カボチャ野郎だけか……いきなり山西が飛び出して行くもんだから焦ったぜ……」
シェルターを解除するや否や添島が周囲の状況を確認して一言発する。
「キュイイ!」
そして、再びアクアはドームを展開する。
俺がシェルターを張ってる間はアクアのドームは無かった筈だが、ジャック・オ・ランタンの霧は薄らいでいた。
聖属性の攻撃って食らってしばらくは効果継続なのか?
まぁ、人間でも調子悪くなって原因がすぐ去ってハイ復帰って事は無いと思うが、そんな感じかな……?
「※※※!」
そのドームを見たブードゥー達は再び騒始めた。
そして、
「ヴァァァァァア!」
合成アンデッドは長い腕を振り回して辺り一面の燃えてるアンデッド達を殺し始めた。
俺達は巻き込まれてはいけないので後ろへと下がる。
今は既に敵に囲まれた状態から解放されている。
アンデッド達に気を取られている間に逃げるか?
まぁ、奴も既に炎上してるからやられるのも時間の問題かな。
俺はそう思っていた。
しかし、ある一定のアンデッド達を倒し終えた合成アンデッドの胸元の魔法陣が輝き始めた。
そして、そのアンデッドの足元に更に大きな魔法陣が形成されてブードゥー達は踊り出す。
「あれは!?」
重光がそれに反応して、すぐにそれを止める為の魔法を詠唱し始める。
俺達もその重光の尋常じゃない焦り様に危機感を感じて一斉に攻撃を仕掛けようとするが、重光に制止される。
「近づいちゃダメ!遠距離から攻撃して!」
だが、その攻撃は間に合わなかった。
合成アンデッドの足元の魔法陣が輝きを増して倒されたアンデッド達の死体がみるみる内に朽ちて行く……。
そして、魔法陣の中心にいた醜い合成アンデッドは姿を変えていた。
背筋は伸び、スラッとした胴体……鹿の様な頭からは真っ赤な血の色をした目が覗き、それは俺達に恐怖の感情を与える。
右手には不気味な顔が複数付いた唸り声をあげる杖を持っており、高級そうな刺繍が入ったローブを着ている。
足には蹄があるが、手はしっかりと五本の指と鋭い爪が覗いている。
「怨知死族……!」
ノーヴィスブードゥーはブードゥー達を束ねる長だ。
強力な闇魔法を得意としており、様々なアンデッドを呼び出して近接攻撃もこなすモンスターだ。
厄介だ。
ノーヴィスブードゥーは召喚術によって姿を変える。
その召喚術には複数の生贄が必要でまだまだこいつは強くなる。
最終形態まで生贄を捧げられたノーヴィスブードゥーはAランクモンスターにも匹敵する。
そして、生贄を捧げる事によって傷も回復出来る厄介な敵だ。
勿論、今目の前にいるノーヴィスブードゥーは最終形態では無い。
それでも、先程の醜い状態での強さでも十分厄介だったのに更に強化されてしまった現在は俺達には厳しい相手だと思われる。
ノーヴィスブードゥーは常に生贄を探し求める。
ノーヴィスブードゥーは俺達をしばらく眺めて、首を振って別の方向にブードゥー達と歩いて行った。
ノーヴィスブードゥーも聖属性や火属性が弱点で、それを嫌う。
アクアが一種の魔除けみたいな効果を発してくれた様だ。
俺達は息を吐き、腰を下ろした。
アクアも既にボロボロだ。
今日はここら辺で暖を取ろう。
俺達は戦闘を行った場所から少し進んだ場所でシェルターを広げて一休みを取った。