122話 潜伏攻撃
俺はボスの扉を慎重に開ける。中は三十五階層と同じく菌糸の床に沢山の木々が生い茂っていた。
だが、不思議な事にボスの姿は見当たらない。おかしい……今までのボスモンスターの演出としては派手な登場演出は無いにしろ、扉から入った位置でボスが確認できた。
だけど今回はボスの姿が確認出来ない。まさか、奇襲タイプか!?そう思った瞬間だった。
「がはっ!?」
「安元!」
俺はいきなり何かに首を掴まれ上空へと飛ばされる。ヤバい!苦しい!俺の喉元を蔦の様な物が巻き付いてきたのだ。しかも背後から。後ろにあったのは木だけで他は何も……なかった筈なんだ。
取り敢えず、このままでは不味いのでエンチャントで植物の蔦を焼き切って地面に着地する。生憎ここの地面は菌糸で出来ており、落下ダメージはほぼゼロに近い。
つまりどれだけ打ち上げられても大丈夫と言う事だ。だが、地面が菌糸と言う事はデメリットもある。
「っ!?」
俺が地面に着地した瞬間地面から粉末が舞い上がる。
そして、それと同時に身体が痺れて動けなくなってくる。この粉まさか……麻痺毒か!そして地面の菌糸が俺の身体を覆い黴の様な物を形成して張り付き俺を呑み込んで行く。
ヤバい!これマジでヤバい!身体が動かなくても発動出来るエンチャントを発動し、周りの菌糸を焼き切って対応する。
無理やねん。ボスの姿見えないし俺にどうしろって言うんだよ!?俺は相性的にどの技も今の所効いていない……いや、麻痺毒は除くが、大丈夫そうだ。だがこのままだとマナが切れる。
「チッ……厄介な……!本人は隠れて奇襲かよ!影武者」
亜蓮は周りから飛んでくる蔦を躱しながら身体能力的に回避が難しい山西や、詠唱に時間がかかる重光に飛んでくる蔦のヘイトを稼ぐ。
添島は文字の如く脳筋戦法で次々と蔦を断ち切って行く。だけど地面が菌糸の事もあってうまく踏み込めずスタミナを奪われていく。
「ごめんなさい!深炎」
重光が地面に手を付けて周囲に向かってゆっくりと炎を放つ。その炎はゆっくりと生きている様に動き地面の菌糸を伝って周りの木々も燃やして行く。なるほど。その手があったか、その技ならば確かに敵の位置を探り出せる。
だが、その技には弱点がある。今回の場合その技は重光を中心に円上に広げる必要があり、そうした場合仲間である俺達も逃げなくてはならないのだ。
そうした場合後衛職である重光を孤立させる事になる。それは限りなく危険だ。だから、
「土壁」
重光は並立詠唱でアースウォールを詠唱して俺達の足場を作る。
そして俺達もその上に乗って周りを確認する。だが、これは逆に俺達の行動を制限する事になる。周囲の木々は焼き尽くしているから大丈夫……と俺達は高を括っていた。
(ブシューーー!)
「っ!?」
周囲から大量の粉末が重光の魔法を打ち消す様に舞い始めたのだ。無駄だ。重光の魔法は尽きる事は無い。
だが、完全に言える事がある。それは、退路を塞がれた……このボスエリアは全部ボスの領域と言ってもいい。そしてその範囲内で俺達は動きを拘束されている。つまり、その時ボスが取る行動は……
「きゃあっ!」
「重光!」
何かが飛んできて重光のローブを貫き重光の詠唱が止まる。
「あっちだ!防げ!」
棘だ。重光の身体を見ると植物の棘の様な物が突き刺さっていた。棘が重光の身体を貫いたのだ。大きさ大きくは無いが重光はその場に倒れこむ。まさか!
「麻痺毒か!」
敵は次々と棘を撃ち込んでくる。
「多重範囲防護壁」
おいおい、重光さんよ……貴方はどれだけ用意周到なんですかね?アースウォールを詠唱し終わった瞬間からエリアバリアを並立詠唱していた重光がバリアを展開して毒棘を防ぐ。
まぁ、あの状態だったら敵も動きを何かしら見せてもおかしくなかった。毒棘には反応出来なかったもののそれを食らってからの対象は早かった。
流石だ。だが敵は毒棘が効かないと思ったのかマナを込めたのだろう。俺達の足元の先程ディープフレイムで破壊した筈の菌糸が次々と粉末を撒き散らせながら復活して行く。
不味い!このままではエリアバリアの中で俺達は粉末を浴びて倒れてしまう。重光以外の仲間は息を吸いこまない様に口元を抑えて重光を抱える。だが外に出たら毒棘の嵐だ。
亜蓮のシャドウウォーリアも単数指定で指向性を指定出来るが元から見えていない物には指向性を付ける事も難しいだろう。
敵の本体が見つかれば指向性を付ける事も容易になるのだが……蔦の場合は蔦自身に指向性を付けていた。亜蓮のスキルも中々使い勝手が難しい。だが俺達もいつまでも息を止められる訳では無い。その時だった。
「キュイイ!」
アクアがキラキラと輝く虹色のドームを展開する。そうか!アクアのオリヴィエは状態異常も軽減できる!それは沼地階層で検証済みだ。俺達は口元から手を離して呼吸を整える。
だけど、流石にドームの外に出て当然麻痺毒は通ってしまう。個人個人で全員にかけるにはコストが高くアクアが保たない。
しかも毒棘は重光のローブを一瞬で貫く程の威力を持っている。毒がなくても十分な威力だ。だが、この膠着状態は直ぐに終わりを告げる。
(ピキピキ!)
何だ!嫌な音がして周りを見ると重光のバリアの周りは真っ白な菌糸に覆われており一切外を見ることの出来ない状態になっていた。そして、その菌糸は圧力を高めて重光のバリアに大きな亀裂を入れる。そして、
(バリィン!)
辺り一面に嫌な音が響き重光のマルチエリアバリアは崩壊した。