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最終局面

 ゴールが決まっても走りだすことができない。もうそんな体力は残っていない。ゴールセレブレーションなんてする余裕がない。普段なら味方の士気を高め相手の気を挫く効果があるため張りきってしているのだけれど。

 走れるチームメイトが駆け寄ってきた。その場で立ち尽くした俺に駆け寄り抱きついてくる。俺はされるがままになっている。


 ウルグアイのキャプテンがボールを前方に蹴りだした(日本人選手がウルグアイ陣内にいるため試合を再開することはできない)。

 そして声を張り上げる。顔を下げるな、まだ時間は残っているとチームメイトに吹きこんでいた。

 残り16分プラスアディショナルタイム。同点に追いつくまでは時間が足りないと思っていたのに、同点に追いついた今はありすぎると思ってしまう。



 ……勝因などどうでもいい。強いてつけ加えるなら俺のシュートにGKは一歩も動けなかったし、ボールはサイドネットの内側に突き刺さった。誰もあそこから撃ってくると警戒していなかったようだ。それほどゴールから離れた位置から決めたのだ。


 ……試合は約40分ぶりに動いた。ウルグアイの絶対と思われたリードは消え失せ、日本の絶望的なビハインドは寂滅した。このままスコアが動かなければ1-1で延長戦はなし、PK戦でゲームは決着する。




 後半29分。

 両チームが同時に最後のカードを切る。日本は佐伯に代え大槌を。ウルグアイは中盤の選手を1枚削りFWを投入してきた。守りの采配から一転攻めの交代。

 ……もし俺のゴールがなければ、かつ佐伯に怪我がなければ、日本チームの最後の交代枠は前線の選手に投じられただろう。齋藤あるいは沖。それともMFの古谷を中盤に入れて志賀を前に上げていたかもしれない。

 それはともかく。



 ここで失点したら元も子もない。近衛の策略も俺の得点も敗退したらなんの意味ももたない。

 選手たちはすでに意思統一を済ませている。ベンチの考えも同じだった。

「みんな守りから入ろう!」そう逢瀬が叫ぶ。「相手から上手くボールを奪って、攻撃のことを考えるのはあとでいい!」

 PK戦なら俺、有村、近衛といいキッカーがこちらにそろっている。6割か7割勝利できるはずだ。




 キックオフ直前に気づく。

 ウルグアイ選手がセンターラインに6人並んでいる。わかりやすく超攻撃的だ。

 ウルグアイは9人の日本の守りを長い時間崩せなかった。連中も焦っている。

 後ろに引いているのはボランチ1枚とセンターバック2人のみ。残りの選手はキックオフと同時に日本陣地へ走りだしてくるはず。最終ラインに4人程度が走りこみサイドからロングクロスか。入ったばかりのセンターバック、大槌がミスをするかもしれないことも計算のうちだろう。

 近衛も気づいているのだろう。声で俺と鮎川に指示を出す。

 だが俺はとっくに気づいていた。ポディションを前に移す。

 笛とともにキックオフ(俺は5秒前に走りだしていた)。センターサークルからドリブルで横に移動。右サイドバックの2番に横パスをいれようとしているのだろうが。

 俺が飛びこんでパスコースをきる。

 ならば同じく左サイドバックへとターンしかけたが、同じくプレスをかけにきた逢瀬が前をむかせない。

 しかたなくボランチにバックパス。そのボランチめがけ俺が突進する。

(前方の味方にだせばチャンスになるんだ、ともかく前へ……)


 蹴ることはできない。俺がその日最高の速度でボランチを狩ろうとする。

 センターバックへパス。ボランチがパスを選ぶ前に標的を変えていた。GKが味方に罵声を浴びせる。「どうして前に蹴らない!」

 後ろをむいたDFが足を竦ませる。

(味方がパスをもらえる位置に動いていない。このままじゃ奪われてシュートを撃たれる……)。


 さらに後方へのパス。俺はボールより速く疾走し飛躍。GKが飛びだし大きく蹴りだした。体のどこかにぶつかれば逆転だった。スタンドからどよめき。

(クソっ、あやうく10番にぶつけるところだった。こいつ……さっきゴールを決めたときは走れなかったのにこんなスピードで走れるのか。……走れないそぶりを見せたのはブラフだったのか?)



 いや違う。俺の体力はもう残っていない。今すぐここに座りこみたいほど走る気力はない。

 だが相手が勘違いしてくれるなら大助かりだ。少しでも俺の走力を警戒してくれるなら守備でも攻撃でも相手が迷ってくれる。

 ピッチ上最弱の選手は今間違いなく俺だ。走れないなんて選手として問題外。だが交代枠を使い切った以上俺はここから逃げられないのだ。



 ……他の選手も体力が限界に近い。まともにプレーできるのは途中出場の3人だけだろうか。

 同点に追いつくという目的は果たしたが、そのために全員が体力をかなり消耗しきっている。普通の試合ならとっくに交代させられるほどに疲労している。 

 ボールが切れるたびに時間をかける。あまり間を空けてしまうとあの主審に注意されてしまいそうだが。


 直後俺と志賀がポディションを代える。サイドバックならなんとか走れないこともごまかせる。というか人生初めてのサイドバックだ。

 志賀がこの試合初めて高い位置でプレーする。

「1人でつっぱしるなよ」と俺。


「もちろんだ。下手なやり方でロストなんてしたりはしない」


「正直逆転は難しいだろう。PK戦になっても勝てる」


「わかってる……変な色気は見せねえよ」




 後半34分。


 成長する日本のキャプテンを俺は見た。

 ベンチや近衛の指示で逢瀬は動いていない。自分の判断で動かなければこれまでの素早い反応はありえない。1秒で10メートル以上動くDF。彼をコントロールしているのは今彼自身。それ以上の恐怖が相手選手にとってあるだろうか。


 ウルグアイは日本の右サイドを崩そうとする。

 4番が長いクサビのパス。これを下がったFWが足元に収め前をむこうとしたが逢瀬が潰す。

 そのこぼれ球をウルグアイが拾う。大きく開いた左サイドバックにパス。マークする鮎川がカットインについていけない。そこからMFに鋭い横パス。ヴァイタルエリアにツッコんでくる!

 だが3メートル手前で逢瀬が足を出す。再びカット。

 ルーズボールを上がっていた4番が拾う。右サイドバックにゆるいパス。

 志賀が深追いしてしまった。(志賀の背後にスペースが)。右サイドバックが今度は早いパスでリターン。4番が前を向く逢瀬が即座に狩る!

 当然逢瀬をマークする選手はいない。

 志賀や鮎川は奴のフォローにはいけない。逢瀬がただ1人ドリブルで進む、進む。

 センターラインまでおよそ30メートルドリブル。しかしタッチが荒くなったところでDFに止められた。

 ……連中もトリニダード・トバコ戦を見ているからわかるだろう。奴には1回の流れで3度攻撃を止めるボール奪取能力だけではなく、1人で試合を決められる得点能力も備わっている。

 今センターバックが止められなかったら、そのままピッチの半分を縦断しGKと1対1を迎えかねなかった。

 逢瀬は俺とは違う。奴は試合終了の笛を聞くまで走り続けることができる。こいつは実際人間じゃない。それは一緒に何週間もトレーニングしているからわかる。

「逢瀬って本当にいいものですねえ」と俺。


「危なっかしい。見てらんねえ」と近衛。


 近衛から見たらそうなのかもしれない。「さすがプロだ。ちがうなあ…」


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