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倉木一次その10

 経験者は語る。


 木之本がハーフタイム、チームメイトに語っていた。

「1年くらい前なんですけど、僕のいるチームに怪我した人や風邪引いた人がいっぱいでて、9人しか出場できる選手がいなくなったことがあったんです。対戦相手はそんなに強くなかったですけど、ベンチメンバーゼロで前後半80分を9人で戦ってそれで勝ったことがあるんです。もちろんこの状況とは比較にならないですよ。あれは県リーグでこっちは世界大会の準決勝ですからね……あの時はともかくみんな走って走りまくったことだけは覚えています。守備だけじゃなくて攻撃でもです。重要なのは一人一人が自分にあたえられた役割にこだわらずに、自分の頭で判断して動くことです。規律じゃなくて即興で動かないと11人のウルグアイは倒せないです」




 ……ガレアーノが呆然とした表情のままフィールドから出た。これでやっかいな選手を1人ピッチから追いやることに成功した。チームに諸葛孔明がいたおかげだ。

 9人対10人のゲームが始まる。

 ウルグアイは10番を下げFW登録の背番号13を投入。どうやらこいつがトップに残るようだ。

 他の選手が4-4の強固なブロックをつくる。残り時間を考えれば引いて逃げきる選択もありだろう。これが南米予選を突破した連中のリアリティだ。



 相手が1人減ったからといってすぐさま状況が改善されるわけではない。

 スタメン組は体力の限界が近い。違いをつくりだせるのは途中交代で入ってきた両サイドバック、そして最後の交代選手か……。

 後半23分。

 日本のピンボールが始まる。

 近衛から左サイドの志賀へ。志賀は右サイドバックに倒されそうになりながら有村へ。

 有村は右前方の俺へ。俺から鮎川へ。

 大外から右サイドバック、金井がゴール前に上がっている。鮎川は金井へ。

 金井はヒールパス。(金井はそのままペナルティエリアへ)。しかし金井に渡しても角度がない。

 鮎川は俺に横パス。だがセンターバックが飛びだしパスカットだ!

 そのまま前に蹴りだす。4番のロングパスは最終ライン、佐伯の後方に落ちる!(MFとの距離を近づけるため、最終ラインを上げてしまっていた)。

 入ったばかりの13番がトラップ! そのままゴールまで独走されるかと思われた瞬間、ボランチの逢瀬がFWと並走している……。ボールが離れたところを奪いそのまま佐伯にパス。

 佐伯。(逢瀬が最終ラインにはいった。今なら安心して攻め上がれる。俺本来のMFとしての仕事を……)。

 足を痛めたばかりの佐伯がフィールド中央を激走する。カウンターのカウンター。ウルグアイのMFは押しあげていない。佐伯にプレッシャーをかけられない。

 そのままセンターラインをまたぐ。と、ここで佐伯が激痛に顔を歪める。

 佐伯。(まだゴールしていない。ゴールしなければ道は開けないのに……)。

 有村が下がってきた。だが佐伯は前方の迫ってきた敵を見て、ボールを失う可能性を考えていた。

 佐伯。(ここでロストしたらまたピンチになる。前に蹴るしかない)。

 佐伯は有村にむかって浮き球のパスを送る。

 有村は前屈みになって腹でボールを下に落とす。

 有村。(右横から相手が奪いにきている。前をむく暇はない。倉木がいる方向にパスするしかない)。

 有村は足元でバウンドしたボールを振り向きざまにシュート(・・・・)。

 シュート性のパスが俺の腿の高さで。ジャンプしてトラップ? 足を上げてトラップ? 足の裏でコントロール? そのいずれも難易度が高すぎる。マーカーに奪われる。

 しかしウルグアイ選手は(倉木一次ならばやりかねないと思ってしまう)。

 俺の実際の選択はスルー(・・・)。

 ボールは有村と俺の同一直線上に立つ鮎川へ。

 まだ減速していない。ゴールに背をむけた鮎川。

 右足でトラップした。ボールが真上に跳ね上がる。奪いにきた6番に背中をあずけボールには触らせない。

 鮎川。(足を上げたらバランスを崩しにくるはず)。

 鮎川。(この小さな動きなら相手は読めないはず)。

 落ちたきたボールにあわせ左膝を落としボールをペナルティアーク内へ転がす。

 反転しシュートを狙っている。

 だがその1秒にも満たない時間に2人のDFがコースを殺しにくる。

 だから。

 俺が奪う。

 鮎川が左足をテイクバックさせたとき、

 すでに俺は右足でのシュートのフォロースルーを終えている。


 結果はコンマ1秒もせずにでた。

 ウルグアイの4番が俺の足元へスライディングしている。インターセプトは間に合わなかったがそのままボールに顔面をさしだしブロック。そのままフィールドに倒れ伏してしまう。

 起死回生の一撃は防がれた。




 俺にはまだシュート能力がある。

 体にガタがきていようと、肩で息をするようになっても、皮膚に重い汗をまとうようになっても、試合中の俺にはチーム一のシュート能力がある。俺のシュートにはセンスが、可能性が、威力がある。

 今からそれを行使する。



 ミドルシュートを防いだウルグアイの4番が治療を終え試合に復帰する。鼻血は止まったようだ。スタジアムの全方位から歓声。

 同時にウルグアイは2人目の選手交代だ。中盤に新しい選手が入る。


 後半28分。ここで追いつかなければ苦しい。逢瀬を前線へ上げてしまうとカウンターが怖い。逢瀬のFW起用は最後の手段だ。

 だからその前に同点に追いついてやる。


 現在プレーしている選手は両チーム合わせて19人。

 人数が減れば戦術も何もない。1対1で勝てば有利に、負ければ不利になるというシンプルな結果が残る。チームメイトをフォローする余裕は一部の選手にしかない。


 左サイド、深い位置で志賀が縦にしかけそうになった。だがここでロストすれば味方を苦境へおいやることになる。

 遅いドリブルで横にすすむ。鮎川へ、鮎川は俺へ。俺から右横の有村へ。

 鮎川、俺、有村が絶妙な位置についている。

 センターサークル内の有村、5メートル前方の俺、さらに5メートル前方の鮎川。

 それぞれ相手選手が1人マークについている。

 鮎川をマークするウルグアイの4番が叫んでいる。「アプレタール!」プレスしろ! くらいの意味だ。

 奴は俺のシュートの威力を知っているから。

 はいったばかりのウルグアイの20番は知らない。


 有村、俺、鮎川が同一直線上に立つ。

 ウルグアイの全選手がこう思う(5分前、偶発的に発動したコンビネーションを使ってくるはず)。

 有村が強いパス、俺がスルー、鮎川が落としマークを外した俺が前をむいてしかけてくると。

 フィールド上、その思考にシンクロしていないのは19人中2人、俺と有村だけだった。


 実際に有村が俺にパスを出す。

 今度はスルーしなかった。20番はマークを離しすぎた。(俺が鮎川の近くまで走ってくると思っていた)。

 それほど速くないパス。俺はステップしながら待ち受ける。


 触。右足でボールに触れ。


 回。左と見せかけ右に回り。


 追。やや遠い位置に置いたボールを追いかけ。


 蹴。蹴る? いやむしろ斬る感覚で強い回転を与える。


 インフロントキック。左にカーヴするミドルシュートを放つ。


 一瞬の静寂。選手の息遣い。サポーターの悲鳴。ベンチからスペイン語の怒声。しかし耳にしたいのはそんな音じゃない。

 ……聞こえた。ボールが強くネットを揺らす音が。

 直後俺は爆発したような2万人の歓声に包まれた。




 日本

     1 - 1

            ウルグアイ


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