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近衛類その6

 後半20分。


 担架で佐伯が外に運ばれる。日本のゴール裏でコーチの槇さんが足を伸ばしてやっていた。

 両チームが選手を交代しようとしているが主審は認めない。日本が8人のまま試合を再開させようとしていた。逢瀬がディフェンスラインに入る。

 ここは引いて守るしかない。だがもう足が思うように動かない。俺はボランチの位置で上手く守れるか?

 ウルグアイの選手がこちらのほうにやってきた。ガレアーノだ。前半のように俺に話しかけてくることがなくなったが……。

 日本ボールになるとはいえ、センターフォワードのガレアーノがどうしてここまで下がるんだ? 今まではもっと前からボールを奪いに……。



 佐伯が戻ってきた。9人で戦える! 青野さんも選手交代を取り消したようだ。

 とりあえず逢瀬をセンターバックにし、佐伯は普段のアンカーの位置に。俺はボールを受けやすいよう少し前に移動する。

 センターラインから10メートルほど日本寄りの位置でスローイン。

 ウルグアイの14番がボールを左サイドバックの志賀に投げ返す。ペナルティエリアの左隅近くへの斜め方向のスローインだ。

 そのときだった。

 それが起こったのは。

 志賀がボールを受ける前にガレアーノが走りだしている。一体何が起こっている?

 ガレアーノはスライディングで味方(・・)からボールを奪う。こいつ……。

気づくのが遅すぎた。立ち上がり横にドリブルするガレアーノ。俺は後ろから押そうとする。ガレアーノはふりきる。(馬鹿が、体力の残量が違うんだよ!)

 日本に返したはずのボールを強奪! ここからミドルシュートがくる!

 決められたと俺は思う。

(決められる!)そうガレアーノは思う。



 ……近衛はこう言った。「ミドルシュートを決めることは大変難しい。ボールを放ちやすい位置に置き、軸足をしっかり踏みこませ、(多くの場合)正確に蹴るのが難しいインステップで蹴り、タメが大きいため相手に奪われやすく、そして前方に敵がいるならコースが限定され、距離があるためGKに時間をあたえてしまうことになる」

 俺。「それだけ条件を並べられたら決まる気がしないけど」

 近衛。「でも現実には決まってる。あるデータではリーグ戦で発生するゴールのうち7パーセントがミドルシュートあるいはロングシュートからだ。守る側がミドルシュートロングシュートがないと決めつけてしまうと、虚をつく形で決まってしまうケースもある」



 これがまさにそのパターン。俺も佐伯も間に合わない。ガレアーノが全身の力をこめ左足をふりきる。

 いやふりきろうとした。右足のすぐ横に置いたボールをスライディングで近衛がかっさらう!

 ガレアーノの『強奪』を読んでいやがった。

 近衛は素早く起き上がり、転がったボールを拾いドリブルを開始。ボールをもらうために俺と志賀が前へ走りだした。

 近衛の走りが少し遅い。こいつまで怪我をしたのか?

 振り返ると近衛が倒れている。足を止めた。主審が笛を鳴らしている。

 近衛を倒したのはガレアーノだ。フョードルの目の前でだった。こいつ……。

 ボールを奪われたガレアーノが復讐にくることを狙い、わざと遅いドリブルを……。

 ちょっと違うけど「海南戦の仙道かよ」。

 近衛は倒れたままガレアーノを見ている。近衛にはなんの感情もない。

 ガレアーノにはある。(ダーティなプレーに走ってまで得たビッグチャンス。日本選手全員を出し抜き、悠々とミドルシュートを決め試合を終わらせたはずだったのに。その策を日本の4番は完全に見抜いていた。それどころか、こうやって俺がこいつを倒すことすら見抜いていたというのか? ありえない)。



(以下近衛類の視点)。


 いやありえる。

 俺は狙ってガレアーノを退場させた。

 ガレアーノがプロリーグでプレーする映像を見てわかったことだ。こいつは対戦相手も、主審も、それどころかチームメイトすらも敵とみなすような強情な性格の持ち主だ。試合中感情を露わにし、それを抑えようとしない。

 すでに1度リーグ戦でDFを殴り退場処分を受けている。こいつの悪童っぷりを利用しない手はないと試合前から思っていたのだ。


 サッカーというゲームをするとき、選手の強さは『サッカー』だけの強さでは測れない。

 ガレアーノのスタイルは『全可能性』。サッカーの上手さだけではなく、すべての要素を使い相手を凌駕しようとする。ガレアーノは試合中いわゆるトラッシュトークを繰り返す選手だ。自分をマークする選手の悪口をいい、怒らせることで集中力を切らそうとする。

 だが日本選手にスペイン語を使える選手は3人しかいなかった。俺、倉木、志賀。志賀はベンチスタートなので除外できる。残りは俺と倉木。

 前半、試合中に倉木とガレアーノが話をしていることはわかった。ハーフタイム中に倉木から聴取済みだ。倉木は口喧嘩になったがガレアーノに負けてはいなかった、と。


 おそらく試合中、ガレアーノはこう考えている。(俺のゴールで1点をリード、しかも日本が自滅に近い形で2人選手が退場した。ここまではいい。しかし日本の10番……クラキといったか。あの野郎は俺に上等な口を利きやがった。それにあのプレー……明らかに俺より上の選手だ。あいつにはもう関わらない。だがこのまま試合終了じゃフラストレーションがたまる。勝ったとはいえストレスがたまるだけだ。だったら……)。


 スペイン語が通じるもう1人の日本選手、近衛類を狙ってくるに決まっている。


(だが近衛も口論で俺に負けない)。


 慣れないスペイン語でガレアーノを言い負かし続けるのは難しかった。それでも俺はやりぬいた。


(だったらもう1点奪って近衛を黙らせてやる。どんな方法を使ってでも)。


 だからこそガレアーノが味方のスローインを狙ってくることはわかっていた。こいつは暗黙の了解など平気で破る。味方のバックパスを奪い遠い位置からシュートを撃つはずだ。

 ガレアーノは直前まで俺の担当するゾーンを歩いていた。俺は右前方にいた鮎川に意味のない指示を出し、ガレアーノをあえて泳がせた。案の定自由になったと勘違いしたガレアーノはスローインを受けようとする志賀の前の空間へ走りだした。俺は横目で確認すると2秒後に追走を始め……結果ウルグアイのエースを出し抜いたのだ。



 ガレアーノはスパイクの裏が見えるスライディングを俺に浴びせイエローカード、カード2枚目で退場となった。

 右の脛に痛みがあったがプレーはできる。

 起き上がった俺を逢瀬が変な眼で見る。「お前ひょっとして今……狙って」


「お前は俺みたいに汚れないでいいんだよ。キャプテンだろ」


 ウルグアイベンチを見た。背番号9に代えて別の選手を投入するところだったようだ。

 ガレアーノが不確定要素であることはあちらの監督も承知していたはず。だからこいつは今まですべての試合後半途中で交代させられていたのだ。ガレアーノにとってはラストワンプレー。俺の策はぎりぎりのところで間に合った。


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