一話:まだ俺は男だ
導師服を纏った、金髪の少女――リネットはそこにいた。
峰の上の台地。恐らくは風龍が住処としているその場所で、子龍と共に俺たち救出隊を驚きながら見つめている。
「リネット、話は後だ。今のうちに下がるぞ!」
風龍に連れ去れたリネットが無事でいた。
だが、それを確認できただけでは意味がない。早くこの場から離れないと!
あの子龍が気にならないと言えば嘘になる。だけど、今がチャンスなんだ。親である風龍がいない今のうちに脱出しなければならない。
しかし――。
「来ちゃ駄目! 分かるの、この場のことは全部、あの風龍に把握されてる!」
とびっきり厄介な事態に見舞われるという、リネットからの悲鳴のような警告。
反射的に周囲を確認しようとした瞬間――上空から、一体の風龍が降り立った。
それはアークドラゴンに分類される、強力なドラゴン。俺たちを散々に苦しめて来た空の王者。
アークドラゴンとしては比較的小さいという話だったが、そんな分析が嘘としか思えない威容を誇っている。
灰青の鱗。鋭く張った翼。前肢に携えた鋭く尖った爪先。長い首から先にある頭部から、心を締め付けるような、そんな視線が俺たちを警戒しながら見下ろしていた。
流麗なそのシルエットだけで見るなら、確かに細身ではあるかもしれない――でもそれが何だって言うんだ?
睨みつけられるだけで、肺が潰れそうなほどに息が苦しくなる。背筋に寒気が走り、脚が勝手に震えだし始めている。
体全体から「止めとけ! お前たちが勝てる相手じゃない!」と、そんなことを言われているような感覚。
――ははっ……こりゃあ、駄目だ。普通に考えて人間がかなう相手じゃない。
補給路を攻撃されていた時からそうだ。こちらの攻撃は回避され、当たっても傷は浅く、空を悠然と飛び回っていた。
こんな巨体だってのに、ヒットアンドアウェイによる捉えどころのない攻撃をしてくる敏捷性。さらには治癒の聖法術を使えるリネットを、子龍を癒すために誘拐するという知性と狡猾さ。
こいつはただ強いだけじゃない――賢いんだ。そんな奴を相手にして、本気で勝てると思っているのか?
そんな弱気が脳裏を埋め尽くす。
いや、俺だけじゃない。多分、救出隊の皆もそうだ。あの風龍の龍眼に睨まれただけで、身をすくまされている。
生物としての、圧倒的な『格』――その前には、人間は龍に対して無力なのか?
そんな弱気を、俺は無理やり打ち払う!
何のためにここまで来た? 何も覚悟をしなかったと思っているのか?
そんなわけあるか! リネットを助けるためにここまで来たんだ! ただ睨まれただけで、おめおめと引きさがってたまるかよ!
俺は右手を上げ、聖法力を指先に集中させる。
すると、指先に白い光が集まり始める。この力が風龍にも通じることは、すでに実証済み。
勇気を振り絞っての臨戦態勢――それでも、身体は情けないくらいに震えている。完全にびびっちまっているのが、自分でも理解できている。
怖い……そりゃあ、怖いさ。当たり前だ。
今の俺の体は男じゃない。小柄な少女だ。体の作りも、気分の揺れ方も、前とまるで同じってわけじゃない。
いくら使命感があったとしても、腹の底から無理やり勇気を引っ張り出すのだって、簡単じゃないんだ。
その証拠が――この震え。怖いに……決まってる。
こんな華奢な身体で、ドラゴンを前にして立っているだけで褒められてもいいくらいだ。
できることなら面倒ごと全部を放り投げたい。今すぐこの場から逃げ出したい。
そんな衝動ばかりが俺の心を揺らしてくる。
それでも、俺に引くなんて選択肢はない。
恋仲ってわけでもない。抱き合った仲でもない。だけど、リネットは俺にとって仲間であり、大切な存在だからだ。
彼女を見捨てるなんて、誰かが許したとしても、俺自身が許さない!
――だったら、やるしかないだろ。覚悟を決めろ!
喉の奥で、乾いた音が鳴る。
泣きたいのか、笑いたいのか、自分でも分からない。
だけど、こんな体になっても俺の心は――魂が叫んでいるんだ。
――大切な女を助けるために、命を張れるなら、まだ俺は男だってな!
「……上等だ。やってやる」
それは誰に向けた言葉かも分からない。ただ、覚悟が決まり、身体の震えがぴたりと止まったことを自覚する。
与えられた手札は、これまで鍛えあげてきた俺だけの聖法術。
この力で――必ず風龍を倒して、リネットを助け出してやる!
誰に何を言われようと、どんな評価をされようと、俺が俺であることに変わりはない。
あのスラムに少女の体となって落とされてからも、それは変わらなかった。
この戦いは、その延長線にある。――ただそれだけのことだ。




