(56)アルフレッド再び
見張りの兵は、明らかに私を見下していた。勿論、相手は私が公爵令嬢であることは理解しているから、言葉遣いは丁寧そのものである。
だが、その目には明らかに侮蔑があった。婚約破棄された癖にその王太子の足に縋り付いた、色恋だけに生きる馬鹿で憐れな女だ、と。
私が侍女に対する身体検査について述べると、「ですがナタ様、それがアルフレッド様のご命令ですので」と軽くいなされた。そして横に立つエミリを見る目は、明らかにいやらしく笑っている。溜息をつきたかったが、私は我慢して続けた。
「では、身体検査用に女性の兵を付けて下さい」
「ですがナタ様、それはアルフレッド様のご命令にはございませんでしたので」
兵は、あくまでアルフレッドの命令のみに従うつもりの様だ。私は腕組みをすると、兵を半眼で睨めつけた。
「貴方は、命令にないことは確認すらしないの? そんなことで仕事が務まるのが驚きだわ。ああ、でも一日中ただ突っ立っているだけの仕事ですものね、そんな仕事に頭が切れる人間を配置する訳がなかったわ」
「なっ……!」
兵は、明らかに私に対し怒りを顕にした。こういう言い方は好きじゃないけど、目的の為なら私はやる。反対側に立ってハラハラと様子を窺っている風のもうひとりの兵にも視線をやると、私は出来る限り冷たい声で言った。
「貴方みたいな兵は、便利な使い捨ての駒に過ぎないのよ。貴方達が信じる様に私が自らこの城にやってきたなら、何故ここに見張りを立てられているのかを考えてみたら? そんな頭もなしに闇雲に上から言われたことをただ守っているだけだから、いつまで経ってもただの使い捨てから上がれないのよ」
「ナタ様! いくらなんでも!」
「おい! やめろ!」
私に食ってかかろうとした兵を、もうひとりの兵が止めた。成程、こちらの兵は比較的まともな感性の持ち主らしい。
「今回、エミリの身体検査は貴方ではなく、そちらの貴方が行なって頂戴。そして、そちらの貴方から、今後の対応について問い合わせをする様に」
「……畏まりました」
喧嘩っ早い兵を止めた方の兵が、深々とお辞儀をした。私達のやり取りをはらはらしながら見ていたエミリを、その兵が「こちらに来なさい」と連れて行く。もうひとりの、私をはなから馬鹿にしていた兵は、怒りで顔を真っ赤にしている。正直、その単純さに私は呆れた。
これは腹いせだ。ここまでやる必要はない。本当だったら、見張りの兵も懐柔したいところだったから、これは明らかにやり過ぎなのは分かっている。だけど、私は知っていた。こいつの様な人間が、何に対し一番慄くのかを。
それは、まるっきりアルフレッドと同じだったから。
だから私は言った。
「貴方が信じる様に、私が王太子に未練がましく言い寄っている女だとしても、王城の一室に見張りまで付けて見張られているということはね、アルフレッドがそれだけ私に価値があると思っているということなのよ」
兵の顔がこわばる。
「貴方が馬鹿にしている眼の前の女は、貴方が考えているよりも価値があるの。それが分からない限り、貴方は一生その位置から這い上がれやしないわ」
私はフッと笑うと、踵を返して部屋の中に戻った。忌々しげに私を睨みつけていた兵だったが、何も言わず扉を少し強めに閉じる。
私は、ボン! とベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。あの様子だと、明らかに城の者はほぼ皆私がアルフレッドの元に舞い戻ったと理解しているのだろう。この部屋から出ることが叶わない私には、その誤解を解く術はない。
父とホルガーは勿論信じない。だけど、あの二人は私の血縁だ。アルフレッドが言う様に事が進んでしまうと、二人は私と同様嘲笑の的となり、その立場はどんどん弱くなっていくだろう。
どこまで粘れるか。私が参るか、アルフレッドが痺れを切らすか、はたまたアンジェリカの体調が元に戻って全て丸く収まるか。
今はとにかく、待つしかなかった。
◇
部屋には后教育時代の書物はあるが、楽しいものは一切ない。することが一切なくなってしまった私は、出窓になっている鉄格子が入った窓のへりに座り、ガラス越しから外の景色を眺めていた。
ここは、王城の三階部分にあたる。確か多少の突起はあった筈なので、この格子さえ取り外すことが出来れば、外に逃げ出すことは可能だ。私は自分の腕力には自信が一切なかったが、それでも格子がどの様にとりつけられているのかを確認はしたい。
ということで、へりの上で膝立ちをすると、どこが止められているのかを細かく見ていった。結果、それは数箇所木枠の窓に釘が打ち付けられていることが分かった。つまり、この釘が抜ければ私は自由の身。
何か硬いものはないかと部屋を探し回ったが、見当たらない。そして、私は井戸で落ちかけてナッシュに助けられたことを思い出した。そう、梃子の原理だ。私は糸を探して回った。后教育の際、暇な時は刺繍をする様に言われ、確か刺繍糸がこの引き出しに――あった! これを釘の隙間に入れて、引っ張っていけば釘が抜けるのではという算段だ。
私がいざ始めようとした、その瞬間。
ノックもなしに、扉がいきなりバン! と開いた。思わず身体がビクッと反応する。
「――何をしている」
冷たい、アルフレッドの声だった。私は心の中で深呼吸すると、ゆっくりとアルフレッドを振り返る。
「することがありませんので、何があるかを確認していただけです」
バタン、と扉が閉められると、相変わらずキラキラしたアルフレッドが私の目の前までスタスタとやって来て、すぐ近くから私を見下ろした。あまりの近さに私が一歩下がろうとすると、アルフレッドが私の腕を掴む。遠慮のない掴み方に、私は情けなくも声を上げてしまった。
「ツ……!」
だが、アルフレッドはお構いなしだ。
「どうだ、僕に従う気にはなったか?」
冷たく尋ねるアルフレッドを睨みつけ、私は全く別のことを言った。
「侍女の身体検査の件ですが」
「――は?」
「何の罪もない侍女を、明らかにいやらしい目つきで見る見張りの兵に身体検査をさせるのは、問題があります」
私の言葉に、アルフレッドは馬鹿にした様に笑う。
「一体何が問題なんだ。ここへ持ち込みも持ち出しもさせない為の方法に過ぎないだろう」
「配慮のない王太子だと、貴方の評判が下がりますよ」
私がそう言うと、アルフレッドのこめかみがピクリと反応した。
「身体検査は女性に行なわせて下さい。何も持ち出すこともありませんが」
「……ふん」
エミリの件は、恐らくこれで大丈夫だろう。アルフレッドはプライドが高い。だから、こういう言い方をすれば大抵乗ってくるのだ。
アルフレッドの作る影が、私の顔に影を落とす。
「宰相、元老院とそれにお前の従兄弟も今日城から出て行くことを許可した」
「ありがとうございます」
これで、まずは一段階が完了だ。正直ほっとして足の力が抜けそうだったが、堪えた。
「これで満足か?」
アルフレッドの表情は読めない。后教育を乗り越えた私を戦力として見ているのかもしれないが、それにしても、アルフレッドにしてはやることがあまりにも稚拙で横暴過ぎるのだ。
「……私は、あの方達を解放されたら検討するとは言いましたが、了承するとは言っていません」
私がそう言った瞬間、アルフレッドが腕を掴むのとは反対の手で、私の首をガッと掴んだ。
夜にもう1話投稿します。




