(55)身体検査
一日ぶりに湯船に浸かった後、昼食が部屋に運ばれた。
エミリはずっと部屋にいてくれるものかと思っていたが、風呂、給仕や掃除以外の時は外に出ていろ、と部屋の外に立つ見張りから言い渡されてしまったらしい。
「申し訳ございません……もっとお傍にいたいのですが、どうもアルフレッド様のご命令の様でして……」
「仕方ないわ、あの人の命令には逆らえないものね」
ひたすら平頭するエミリに、私はそう伝えた。
アルフレッドは馬鹿ではない。そして私をよく知っている。私が何らかの手段で外へ連絡を取ろうとする可能性を、恐れているのだろう。
「実は、部屋の出入りの際、見張りから所持品検査を受ける様になりまして……」
エミリが、真っ赤になって俯いた。所持品検査。まさか。
「まさか、服の中も……!?」
「は、はい……上から触られるだけですが……」
エミリの声がどんどん小さくなる。ああ、今にも泣きそうじゃないか。
「……やっぱり男の人よね?」
「……です……」
エミリは、今にも消え入りそうな声で言った。
私の中の何かが、ブチッと切れた。
低い、低い声が出る。
「エミリ」
「は、はい」
「アルフレッドが次に来た時に抗議するわ。だから、それまでは部屋に入らなくて大丈夫」
「で、ですが……」
「給仕も、扉の外で待ってて。私が扉に近寄れないなら、外の見張りがやればいい。食事が終わって貴女が外に出る時に、私から見張りに言うわ」
アルフレッドは、こういうところがある。いわゆる、配慮が足りないというやつだ。エミリは、王城で働く普通の侍女だ。侍女は何もしていないしすることもないかもしれないのに、この対応。前世だったら、セクハラで訴えられても仕方のない事例である。
「大丈夫、私は大抵のことはひとりで出来るから」
「ナタ様あ……っ」
泣き出したエミリを見ている内に、アルフレッドに対し腹が立ち過ぎてお腹が一杯になってしまった。別に不味くはない、食べ慣れた王城の料理だ。世間一般からいえば、かなり上等な料理なのも知っている。でも。
「エミリ。悪いけど、もういいわ。下げて頂戴」
「え、ナタ様、半分も残されて……!」
もう食べたくない。というか、入る気がしない。だから私は理由を捻り出した。
「さっき見せたお腹がまだ痛むのよ」
痛いは痛いが、動かなければ別に痛くない。だけど、理由としてはあり得そうなので、使わせてもらうことにした。
すると、エミリが半泣きで今度は怒った様な表情になる。本当に、いい子だ。
「ナタ様、お可哀想……! 王国騎士団なんて、最低です!」
「まあ、彼等も命令に従っただけだから」
「私、次に見かけたら抗議してやりますから!」
「やだ、エミリってば」
今度こそ、心からの笑顔が浮かんだ。王国騎士団を叱り飛ばす侍女。ちょっと見てみたいが、まさか本当にさせる訳にもいかない。
「笑い事じゃないです!」
「ふふ、エミリ。間違っても彼等に抗議しちゃ駄目よ?」
「ナタ様あ……っ」
私はアルフレッドに捕らえられてしまった。もしかしたら、もう妾になる以外の道は残されていないのかもしれない。だけど、最後まで粘ろう。粘って粘ったら、国の重鎮である父はきっと何とかしてくれる筈だ。
あとはその間、私がここで耐え忍べばいいだけだ。
アルフレッドは、私に誘導され大して疑問も持たずに元老院やホルガーの解放を了承したが、アルフレッドと違い父にはこれまで築いたものがある。
折角飛び込んできたホルガーをあっさりと解放するのを了承する辺り、やはりあの鼻毛は私にとっての大事なものが何かを全く理解していなかったのだ。
アルフレッドは、私が、父が元老院のメンバーで公爵令嬢ということだけを誇りとして生きていると思っている。少し前までは、王太子の婚約者であったことも、あいつの中では私が喜ばしいと考えると思っていた節がある。
私には、そんなものいらなかったのに。確かに生活は豊かだし、王太子の婚約者なんて世の女性が夢見るポジションナンバーワンだ。だけど、そこに自由は一切ない。あったのは、ひたすらに王太子后になる為の教育に、あとは孤独だった。自由に外に出ることも叶わず、ひと言で表すならば、それはまるで操り人形の様だった。
エミリが何とか泣き止むと、食事の片付けを始める。私もそれを手伝った。エミリはそれを見るとまた泣きそうになったので、私はにっこりと微笑んだ。
私が本当の自由というものを知らなかったら、ここまで辛くなかったのかもしれない、と時折思う。だが、私には前世があり、ブラック企業に務める前までは、確実に自由があったのをはっきりと覚えているし、就職して太り始めた後だって、好きな食べ物を自由に選んで食べていた。そこには、窮屈さはあっても、確実に自由が存在した。私はそれを経験上知っている。
だから辛いのだ。そして、いつかその自由を手にすることだけを励みに、婚約破棄されるまでの間、必死に耐えて耐えて耐え抜いてきた。
そして得た、眩いばかりの夢の日々。毎日マヨネーズ研究に勤しみ、三人で食卓を囲み、ああでもないこうでもないと話し合った。喧嘩ばかりしていたホルガーとレオンは、お互い信頼し合える様になり、私は二人の変化を見ているのが楽しかったのに。
――全て奪われた。
食器類が全てカートに乗せられると、エミリはしばらく俯き、そしてキッと顔を上げた。
「明日、必ずナタ様のご家族の様子をお伝えに参ります!」
「エミリ、無理しなくていいわ」
本当は、喉から手が出る程知りたい。だけど、それは罪のない侍女に嫌な思いをさせてまですることではない気がした。きっと、この世界では私のこの考え自体が異端なのだろう。だが、そこの矜持まで私は失いたくはなかった。
「ナタ様、私からも侍女頭の方に言ってみます! お優しいナタ様が、その所為で不便を被っていると!」
「……ありがとう、エミリ」
こくりと力強く頷いたエミリと共に、扉へと向かう。エミリが、扉をノックして外にいる見張りの兵に出ることを知らせた。
ギイ、と開いた瞬間、私は兵に声を掛けた。
「衛兵! 話があります!」
鎧を着た兵が、こちらを向く音がした。
次話は夜投稿します。




