王道悪役令嬢は、気付く
初投稿です。
『サクッと読めて、クスッと笑える』をテーマに書いてみました。
少しでもお楽しみいただければ、幸いです。
ーーよくある話だが。
いやいや、そうそうよくある話ではないのかもしれないけど、どうやら私は、さる乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったらしい。
「お嬢様!?お嬢様、大丈夫ですか!?」
「バルコニーから落ちられたのか!?すごい傷だ!」
「顔が蒼白です!誰か、お医者さまを!」
周りはもう、蜂の巣をつついたがごとき騒ぎとなっている。そりゃそうだろう、蝶よ、花よと大切に育てられた大事な可愛い娘が、頭からだらだらと流血させているのだから。
しかしながら、当の本人たる私は、一気によみがえってきた記憶に、ただただ呆然とするしかなかった。
悪役令嬢転生、記憶を思い出すきっかけが、頭部打撲。あまりにセオリーな展開に、いっそ申し訳なくなる。
「お嬢様!?」
「お、オリジナリティが欲しかった…」
がくり。
「お嬢様!?」
かくて、私は意識を手放したーー。
前世、私は小さな町工場に勤務するただの会社員だった。高校を卒業し、バイトを転々と重ね、25歳で就職、ある日の通勤途中、交通事故で死亡。享年30歳。独身、彼氏なし。
亡くなる年の始め、新年会でビンゴゲームがあり、たまたまその時に当たったのが、最新の携帯ゲーム機だった。
誰のチョイスだよ。どうせなら、小型掃除機とかの方が良かったわよ、なんて思ったのを今でも覚えている。
とはいえ、元来くじ運の悪い私がせっかく当たったのだし、と、ぽちっとネットで買ったのが、このゲーム『スイーツ・プリンセス』だった。お値段も中古を選んだから安かったし。
内容を簡単に説明すると、プレーヤーは、剣と魔法のこの世界に、安寧と繁栄、平和をもたらす乙女“豊穣の女神”の後継者候補として選ばれることから始まる。
学園に3年間通いながら、攻略対象キャラとパートナーになり、親交を深めながら様々なイベントをこなし、卒業式の日に“世界のケーキ”なるものを協力して作る。ライバルが作るそれと、どちらが上手く、美味しいかで、勝敗が決まる、というもの。
なんだよ、“世界のケーキ”って。
説明書を読んで、思わず声に出してツッコミ入れたわよ。
だが、このゲームのタイトルに加え、登場人物の名前を見て、思わず納得。ヒロインのデフォルト名がシフォン。攻略対象の名前が、ウエハースだの、フィナンシェだの、セイロンだの、とにかくお菓子や紅茶に関係する名前ばっかりだったからだ。
しかしながら、このタイトルの真に意味するものは、こんなものではではなかった。ある程度親密度があがると、これまぁ、砂糖を吐くかと思うほど、聞いてて恥ずかしくなるような台詞をこれでもかこれでもかと吐いてくるのだ。
まぁ、そこそこ楽しかったけどね。
そのゲームのヒロインのライバル役、“豊穣の女神”の座を争う役として出てくるのがこの私ーー
「マドレーヌ!マドレーヌ!」
「おお、気付いたぞ!大丈夫か!?」
「ああ、良かった。もうこのまま目覚めないのではないかと思いました」
マドレーヌ=ホップ=アッサム。
ホップ=アッサム侯爵家の長女、だ。
「……はぁ」
裏庭とはいえ、手入れはよく行き届き、美しい。可憐な花々が咲き乱れ、小さな噴水まで完備。柔らかな芝生の上に置かれた白いテーブルとイスには、蔦が這うように、精緻な細工さえされている。
思わずため息をつきながら、頬杖をついた。バルコニーからの落下事件後、1ヶ月。おかげさまで後遺症もなく、ピンピンしている。落下直後は3日間昏睡状態だったらしく、えらく両親に心配をかけてしまった。医者曰く、骨さえ折れていなかったのは奇跡である。唯一頭の傷は残るだろうが、髪に隠れて目立たないでしょう、とのこと。
だが、再び落ちては大変とばかり、自室の窓は両親の手によって、頑丈に開かないよう細工された。
あそこから見る眺め、結構好きだったのに。
そんなわけで、現在、裏庭にて絶賛ふて腐れつつ、せっかくなのでセオリーよろしく、羊皮紙に記憶にある限りの『スイーツ・プリンセス』事項を書き起こしている。
ちなみにそこは腐っても侯爵令嬢。ひっそりと、おつきの侍女カヌレが控えているので完全には一人ではない。とはいえ、見られたとしても、問題があるとも思えない。
このゲーム、基本的に悪役令嬢に対して断罪イベントなるものはなかった……と思う。攻略ルートによって微妙に変わってはくるが、悪役令嬢は確かにヒロインに対して、嫌がらせはする。
するのだが、そこはヒロインたる所以か、全てを水に流しましょうと糾弾することはないのだ。悪役令嬢はそんなヒロインの優しさに心を打たれ、改心する、というのが選定試験“世界のケーキ作り”で勝利した時の大まかな流れとなる。ちなみにヒロインが“世界のケーキ作り”で負けた時は、国に帰ったり、下町で働いたり、その他もろもろである。
攻略対象キャラは都合5人。4人攻略後、隠しキャラとして1人、加えてその隠しキャラも攻略すると、逆ハーレムルートなるものもプレイ可能となる。この逆ハーレムルートが、これまた、全年齢対象で大丈夫かと、いちプレーヤーながら心配になったほどのチョコに蜂蜜ぶっかけて、砂糖練り込み、シロップで彩りを加えたごとくの激甘さ加減だった。
……こう考えると、勢いで買っただけなのに、結構やりこんでたな、私。
最も、今やそれが吉と出ているのだから、人間、何がどんな所で役立つか分からない。
「おや、マドレーヌ、こんなところで日向ぼっこかい? もう体調は大丈夫?」
ーーちっ。
「……え? ねぇ、今、もしかして舌打ちした? 舌打ちした?」
「そんな馬鹿な! 大好きなお兄様に会えて、舌打ちだなんて、とんでもないですわ!」
せっかく、概要をまとめようと思っていたのに。場所が悪かったか。
前世の記憶が戻ったとはいえ、当然今、即ちマドレーヌの記憶が消え去ったワケではない。目の前にいる、この兄はお色気担当?であり、攻略対象のひとりかつ、時期ホップ=アッサム家当主である、2つ年上の兄、フィナンシェ=ホップ=アッサムである。
私のこの悪役然!とした緋色の髪(と言うと、緋色の髪を持った人に申し訳ないけれど)とは反対に、柔らかな色の長い赤毛をサラリと横でまとめている。長身で非常に造形の整った顔立ちであるのは言うまでもなく、確かこの国の第一王子とは無二の親友という設定だった。髪よりは濃い赤、まるでガーネットのような瞳をにこり細め、優雅な微笑みを浮かべる。
「君が元気になって本当に良かったよ。ひと月前の事件では、本当に心臓が縮み上がったからね。
ましてやこの国、いやこの世界にとっても大切な“豊穣の女神”後継者候補だ。何かあっては、国王様から直々にお咎めを受けかねない」
そ、そうだったのか。そんな裏設定があったのか。
現在私こと、マドレーヌは14歳。学園に入るのは1年後となる。この時点で女神候補なのね。
「だから、国のためにもーーいや、家族、何よりマドレーヌ自身のためにも、体はくれぐれも大事にね」
「はい。ありがとうございます」
兄は私の頭を軽くぽんぽんと叩くと、優雅な笑みを浮かべたまま、行ってしまった。
うーむ。あと1年、か。
このゲームをきっかけに私は悪役令嬢に興味を持ち、転生しました系の小説に一時期ハマったことがある。
だいたいの令嬢は自分のおかれた状況に気付き、断罪イベント回避に向けて動き出す。体力強化に努めたり、魔法を習ったり、剣技を習得してみたり、家から追い出されることを想定して、自活できるように努力するのである。なんともあっぱれである。その真っ直ぐで真剣かつ謙虚な態度に、周りの彼女を見る目は変わり、彼女を慕っていく。結果的にはハッピーエンド。
ーーが。
私の場合は違う。この際、ハッキリ言おう。
「面倒臭い!!」
嫌いな言葉は『努力』と『根性』と『我慢』。とにかく、動きたくない。働きたくない。のんびりだらだらと日々を過ごしたい。これぞ至高!
今のところ何不自由もなく暮らし、両親共に優しく娘の私に接してくれる。侯爵令嬢としてこのまま暮らすことに、何の不平不満があろうか。
「ってなワケで、このまま継続ってことで」
そりゃ命がかかっているのなら別だろうけど、有り難いことに、このゲームで悪役令嬢が死んだり追放されたりすることはないのだ。ただ唯一、選定試験で勝利をすれば、末は“豊穣の女神”の後継者候補として国に奉仕することになるだろう。
だが、そんなものはまっぴらゴメンだ。いくらこの世界最高峰の地位と名誉、権限が手に入るとしても、そんな役職、やっていく自信も気力もゼロどころか、マイナス的にない。つまり、“世界のケーキ作り”に負けさえすれば、このままのんべんだらりと人生過ごせる。
「やっぱ、人間、ラクに生きなきゃねー」
私の呟きを、後ろに控えた侍女カヌレが眉を潜めて見ていたのを知るよしもなかった。