王道悪役令嬢は、入園する
かくして、1年は早馬のごとく過ぎた。
当然だが、その間、私はこれまで同じように侯爵令嬢として過ごした。無論令嬢としての教育はある。それはそこそこ適当に受け、時にはサボりーーサボる方が多かったか。
さすがに使用人への我が儘……というか、いっそパワハラだろ、という所行だけは辞めたけど。
前世がいち労働者だった身としては、上司の命令をきかなければならない彼らの苦労はよく分かる。それだけで、侯爵家内での私に対する評価は大きく変わったようだ。
「お兄様、どうもありがとう。ここからは私ひとりで大丈夫よ」
「そうかい? 十分気を付けて行くんだよ。僕は先に講堂で待っているからね」
そんなこんなで、本日、めでたく国立スイーツ学園への入学式である。
校門前にて停めてもらった馬車から侍従の手を借りて降りると、中で心配そうにこちらを見ている兄に向かって微笑んだ。
どうでもいいけど、スイーツ学園って名前、まんまだな。もうちょっとヒネり入れろよ。てか、微妙にそのネーミングが恥ずかしいのはなぜ。
最もこの国の名前自体が『スイーツ王国』というのだがら、至極当然と言われれば当然のネーミング。だが、失礼ながら制作者サイドが手をぬいたとしか思えない。
「入り口はこのまま真っ直ぐだからね」
分かっとるわ。てか、ここから見えとるわ。
内心、ツッコミ入れつつ、はい、と笑顔を崩さず頷く。
どうでもいいが、このフィナンシェという兄は、かなりのシスコンであることがこの1年でよく分かった。今までは勿論のこと、バルコニー落下事件後は、輪をかけて妹を甘やかしている気がする。
実際、ゲームでもフィナンシェルートを辿ると、彼は途中、妹のヒロインへの嫌がらせに気付く。その罪悪感や妹への家族の情愛から、よそよそしくなり、距離を置こうとするが、ヒロインへの気持ちを抑えきれず、苦悩する場面が描かれている。卒業の日、つまり、“世界のケーキ作り”勝利後、フィナンシェは涙ながらに妹の所行を詫びて、ヒロインに許しを乞うのだ。
「この学園に侍従は連れて入れないから心配なんだ。くれぐれも転んだりしないように」
説明さえしてくれる、親切丁寧、いっそ過保護な言葉を残し、兄を乗せた馬車が行く。在校生は本日、裏門から入るのが決まりだ。
私はひきつる笑顔のままに見送り、見上げるほどの大きな正門から学園へと一歩を踏み入れた。
前にも説明したけれど、この世界は所謂剣と魔法の世界だ。
魔法は、これまたセオリーに漏れず、原則、火、水、土、風の大きく4つに分けられ、魔術師は基本、このどれかに属する。私はこの髪色が示す通り『火』。兄も『火』。というか、ホップ=アッサム家自体が代々『火』属性だ。
ちなみに両親は魔術師ではないが、祖父がやはり『火』属性の魔術師だったらしい。
原則、と言ったのは、例外があるからで、それが『光』と『闇』。『闇』は悪いものとして捉えられがちだが、この世界ではそうではない。『光』が『元気ハツラツ!ファイト一発!ビバ・交感神経!!』なら、『闇』は『安らぎを与えるもの、眠れ~眠れ~母の胸に~。安息の副交感神経』といったところ。
ただし、どの魔法にしろ、その根源たる魔力を持つ者は、この世界には一握りとされている。誕生時に専任の魔術師が立ち会い、その子の能力を見極める。まず魔力があるか否か、あるならどの属性か。それは平民、貴族、王家、全てにおいて行われ、魔力があると判断された者は、王家の機関に報告され保護される。でもって、入学1年前になると、このスイーツ学園の入園許可証が届くのだ。
許可というか、半強制なのだが。
「マドレーヌ=ホップ=アッサム」
「はい!」
入学式、名前を呼ばれ、立ち上がると心なしか周りからどよめきがこぼれた。
良くも悪くも、侯爵家令嬢は目立つ。
否、そだけではない、か。
新入生の名前が次々に呼ばれていく。総勢13名。少子高齢化した、現代日本のような人数だ。
「では、在校生より挨拶を」
司会の先生……だと思う。その声を合図に舞台の裾から長身の生徒が現れる。
とたん、式場全体から、きゃぁっという黄色い歓声があがった。
ーー出たよ、王子サマ。
現国王の第一王子、ウエハース=アールグレイ。容姿は……言わずもがなだろうが、一応説明しておこう。地味に楽しいから。
プラチナブロンドと言われる髪は当然さらさらと流れ、これまたお顔は、非常に造形美深く整っている。金色の瞳は力強い光をたたえ、舞台の上でこちらを見渡している。その堂々たる姿はさすがだ。
神様……というか、キャラクターデザインをしたスタッフさんに賛美を送りたいね。左目の目元に泣きぼくろがあるところなど、そこはかとない色気もプラスされているし。
剣士としての才能もあるが、魔力も持つというパーフェクトな御仁。まぁ、ヒロインのメイン相手なのだから、当然と言われれば当然なのだけど。その他、諸々設定はあるのだが、割愛させていただく。
「入学、おめでとう!」
王子はよく通る声ーーそういえば、私の好きな声優さんが配役だったと思う。その美声でもって、祝辞をのべ始めた。
入学式も無事に終わり、新入生は教室へ通される。教室は深いワインレッドを基調とした作りで、机もイスも非常に高価そうだった。 こんなんで傷でもつけた日にゃ、どうすんだよ。
侯爵家にある物も確かに高価な物ばかりなのだろうが、家の物と学校の物とじゃ、気持ちが違うって言うか、緊張度合いが違うって言うか。
怖々と椅子に座った私に、
「あんただろ?“豊穣の女神”の後継者候補者ってのは」
声をかけられ、ふり向くと、そこにいたのは攻略対象のひとりである、セイロンだった。
容姿は……うん、説明するのは楽しいけど、若干面倒になってきたな。まぁ、省略するのも不公平なので、記しておくと、爽やかな好青年タイプだ。背はヒロインより少し高いぐらい。
……基準がヒロインってのが、なんだが。
深いブラウンの髪。後ろの方が少しツンと立っている。所謂、わんこタイプで、親密度をあげると、その懐き方はすごい。実際、怪我をしたヒロインの指をぺろりと舐める、というスチルがあったはずだ。
彼は魔術師ではなく、剣士としてこの学園に入園してきている。
勿論、誰でも剣士として入園できるわけではない。生まれた時から魔力持ち。希少性を尊ばれ、はい、入園。なんて不公平この上ない魔術師とは違い、相応の試験をクリアしなければ剣士としては入園できない。
この学園を卒業した剣士は、だいたいが国立王国騎士団へと入団する。しかし、ここは所謂、見習い段階だ。
見習い卒業後は、大きく分けてふたつの役職に就くこととなる。ひとつは国王直轄の騎士団に入団し、国王、王族、国そのものを護る。もうひとつは貴重な魔術師を護るという、どちらにせよ非常に重要な役目を担うことになる。
希少性の問題から、一見、剣士は魔術師より格下と思われがちだが、同等という地位関係が確立されているし、将来は安泰だ。
セイロンは魔力はないが、剣技に非常にすぐれた豪商の息子という設定だったと記憶している。彼もまた、色々な事情を抱えているのだが、王子と同じく、以下割愛。
私はにっこり、侯爵令嬢スマイルを浮かべ、うなずいた。
「はい。私がマドレーヌ=ホップ=アッサムです。どうぞよろしくお願い致します」
習慣とは恐ろしく、無意識に立って軽くスカートを広げて会釈をした。
「へー、なんつーか、もっと飛び抜けた格好をした、いけ好かないヤツかと思ったけど、普通に普通の女だな!」




