ドラゴンさんとどこまでも
長く伸びた銀髪が風になびき、風が体を横切り通り抜けていく。
心地良い感覚に身を委ねながら、トゥーリエは空から見える景色を楽しんだ。
あれから時は流れ、春。
野山は花で満ち溢れ、冬とは一変、精霊たちがより活発に動く季節である。
そんな中トゥーリエとドラゴンのアランは、国を離れ旅に出ることを決めた。
理由は、トゥーリエの存在を他の貴族たちが危険視し出したこと。
そしてドラゴンになってしまったアランを、殺したほうがいいという輩が出てきたためである。
それを素早く察した国王は、トゥーリエとの契約を取り消しにした。そして出来るだけ早く国を出たほうがいいと、そう言ってきたのである。
ゆえにトゥーリエとアランは、旅人が増える時期を狙って国外に逃亡した。上空を移動できるアランと、アランの姿を術式で隠しさえすれば、簡単に外に出ることができる。
トゥーリエは、色々なことをしてくれた国王への恩返しを込めて、精霊たちに「国王陛下が生きている間は、豊作になるようにしてあげて」とお願いした。
精霊たちは快く了承してくれたので、おそらく大丈夫だろう。
そんな経緯を経てトゥーリエは、ごく少数の荷物を持ってこうして旅に出たのである。
ドラゴンであるアランがいると、驚くほど遠いところまで行けるから面白いものだ。
(これなら、予定の場所にも早めに着けそう……)
トゥーリエはそう思いながら、空からの光景を楽しむ。
一番はじめに行こうと思っているのは、トゥーリエが以前行ったことがある国だ。そこは様々な国の住民たちが出入りしている、自由な国である。そこならば、アランがいてもなんとかなると思ったのだ。
それに冬の間ともに生活をして、新たなことも分かった。
トゥーリエはたくさんの期待を胸に、アランに語りかける。
「ねえ、アラン!! いろんなもの見て、いろんなもの食べて。たくさん楽しもうね!!」
『……そうだな』
頭に直接響いてくるアランの声を聞きながら、トゥーリエは笑う。
春の匂いを嗅ぎながら、トゥーリエは目を細めた。
***
トゥーリエとアランが目的の国に着いたのは、昼頃だった。
旅人らしい格好をしたトゥーリエは、目深にかぶった外套を持ち上げながらほう、と吐息を吐く。
「なんていうか……前よりも人多くなったなぁ……」
『そうなのか?』
「うん。びっくり」
トゥーリエは、首に巻きついた羽根つき蛇に向かってそう言う。
そう。何を隠そう、その羽根つき蛇がアランなのだ。
トゥーリエが龍玉を食べてから、様々な変化が起きたのである。
まずはじめに、精霊たちを介さなくてもアランの声が直接脳裏に響くようになったと言うこと。これはおそらく、龍玉が体内に吸収されたことによる副作用だろう。
そしてもうひとつが、アランが擬態できるようになった点である。
人の姿になることはできないが、このように体を小さくすることができるようになったのだ。それは素晴らしい変化だった。なんせ、一緒に暮らせるのだから。
トゥーリエの首筋から、アランが物珍しそうに顔を覗かせている。トゥーリエはアランの顔を指先でくすぐりながら、町へ入った。
周囲はトゥーリエの首筋に巻きつく蛇のようなものを見て、少しばかり物珍しそうにしていたがすぐに視線を戻す。おそらく、トゥーリエのことを竜使いや使役主とでも思っているのだろう。
竜使いは確かに絶対数が少ない一族だが、流浪の民なので旅をしていたら一度は見かける。使役主ならばなおのことだ。犬や猫などの使い魔を連れて旅をする人は、かなりの数いる。
むしろ精霊使いのほうが会う機会が少ない一族だ。
(まぁ精霊使いの場合は、白銀の髪が目立つだけだから、一目見ただけじゃそんなに目立たないだけなんだよね)
アランにも言われたが、トゥーリエの瞳はよく見つめていると虹色に見えるそうだ。しかしそれも、一目見ただけでは分からないらしい。
自分だけでは分からないこともあるものだと、トゥーリエは思った。
トゥーリエから見える景色には、こんなにも精霊が映り込んでいるというのに。それが普通だと思っていたトゥーリエは、外に出てはじめてそれを悟った。
旅に出たせいか、様々な思い出が浮き上がっては溶けていく。
思わず笑ってしまいながら、トゥーリエは町の景色を楽しんだ。当たり前だが、森で暮らしているときよりも賑やかで楽しい。王宮精霊使いなどと大層な身分でいるより、こちらの方が性に合っているとトゥーリエは思った。
「ねえ、アラン」
『なんだ?』
「今度は、お城とかそういうところで過ごすんじゃなく、平和に過ごしたいな」
『……そうだな。できる限り、巻き込まれないところで過ごそう』
ステップを刻みながら、トゥーリエはそんな会話をこっそりとする。
しばらく町を見た後、トゥーリエは金銭を換金しに行った。それから宿をとる。蛇を見た宿主は少しだけ眉をひそめたが、金銭を少し多めに乗せれば笑顔で部屋の鍵をくれた。これも、旅をした際に身につけたやり方である。
その後、宿の食事処から料理を運んでもらう。下で食べてもいいのだが、好奇の視線に晒されるのは嫌だったのだ。少し疲れたということもある。
(それにアランとは、おしゃべりしながらご飯を食べたいし)
トゥーリエは、首から抜け出したアランに食事を与えながらつぶやいた。
「ねえ、アラン。楽しみだね」
『俺は楽しいって気持ちよりも、不安な気持ちが大きいな』
「そうなの?」
『ああ。あと、旅してるとトゥーリエの手料理を食べれなくなるし……』
「……もうっ」
トゥーリエが指先で頭を突けば、アランは首を持ち上げた。
『俺は、トゥーリエの手料理を食べたから理性を取り戻したんだ。きっとトゥーリエの料理には、アランの意識を目覚めさせてくれる魔法がかかってるんだな。あれがなかったら今も俺は、ただ暴れるだけの凶暴なドラゴンのままだった。……だからこれからも、トゥーリエの作った料理が食べたい』
「アラン……」
トゥーリエは、アランからはじめて聞いた本音を耳にし、頬を赤くする。
そして羽根つき蛇の小さな体を抱き締め、ベッドに倒れ込んだ。
「もっちろん! これからだって、飽きるほど作ってあげるんだから!」
『トゥーリエの料理を食べ続けたって、飽きることはないさ』
「アランのそういうところ、大好き! ドラゴンの姿でも、それは変わらないんだね!」
『トゥーリエも、ほんと変わらないなぁ……』
顔を見合わせながら、トゥーリエは笑う。アランも、笑ってくれているような気がした。
トゥーリエはそれを見ながら、これから先の未来を想像する。
(アランと旅をしたら、何が起きるのかな……何を作ってあげられるかな……)
もしものことを想像すると、胸の奥がくすぐったくなっていく。
アランを人間に戻す方法を、ゆっくりと探すのもいいかもしれない。アランはトゥーリエよりも人間の姿にこだわっていたのは、彼が子どもを欲していたからだ。
(人間の姿に戻れたら……もしかしたら、ね)
そんなことを考えていると、アランがいつの間にか首筋に巻き付いていた。
鱗の冷たさにびくりとしながらも、トゥーリエは「もー」と口を尖らせる。
「首筋好きだね!?」
『ここが一番落ち着く。トゥーリエをずっと抱き締めてるって感じするし』
「……そういうことは、言わないほうがいいんだよ」
『トゥーリエは、言ったほうが意識するだろ?』
「性格わっるい!」
トゥーリエは、自分が首筋まで赤くなっているという自覚を持ちながら、膝を丸めた。
目をつむれば、意識がぼんやりとしてきた。
『トゥーリエ、もう寝るのか? おやすみ。……これからも、ずっと一緒にいような』
そんな言葉が頭に響いてくるのを聞きつつ、トゥーリエも心の中で言葉を紡ぐ。
(うん。ずっと一緒だよ……)
トゥーリエの意識はそのまま落ちていく。
その日トゥーリエは、夢を見た。
アランと一緒に、幸せに暮らしている夢を。
そのときのトゥーリエは、とても幸せそうな寝顔をしていたという――
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