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<16>-3

 

「ど、どうしたのだエリィ」


「トウガじゃッ!」


「――(とう)()? ずいぶんと渋い趣味をもってるんだね、君」


「バカか半ぱっつん! マユラン、トウガが帰ってきたぞ! 我の予感はばっちりじゃ」


 東を(かわ)し、幸近を追い越し、エリィは目と鼻の先にある訓練所へ向かった。

 真結良も一緒になって走り出す。東と幸近も遅れて(つい)(ずい)する。

 数日間、エリィが(あし)(しげ)く通っていた大型駐車場。

 ずっと彼が帰ってくる日を待っていたエリィは、一台の車が停車し、開かれたドアから出てきた男子生徒を見て叫んだ。

 向こうもエリィを見つけ、いつもの無表情に微かな変化があった。


「トォオオーーーガアーーーッ」


 たまに食らうタックルよりも強力な一撃、黙って間宮十河は六日分の衝撃を受け容れた。


「帰ってきて早々、コレかよ……痛いんだけど」


 十河の文句などまるで聞いてないエリィは一人、(こう)(しょう)しながら飛び跳ねる。


「お帰りだな! トウガッ! 帰ってくるのわかっていたのじゃよ!? ちゃんとご飯は食べてたか? 誰かにイジワルされなかったか!?」


「お前も、しっかり留守番していたんだな」


「ったりまえじゃ! 我はしっかりやっておったぞー。マユランとも仲良くなった。今度いっしょにドーナッチュウじゃ!」


 よく解らない事を言っているが、十河は返事をせず、遠くに立っている真結良を一度見て、そのまま無視した。


「トウガトウガ、しゃがむのじゃ」


「…………なにすんだよ」


 エリィはむりやり引っ張り込み、満面の笑みで抱きついてくる。

 背中に回された手を振り払おうとせず、

 十河は黙って目を閉じ。今ある〝世界〟を噛みしめるのだった。




 ――無視されたのはわかった。異界で言い渡された通告は、今でも生きている。

 また、辛い選択を迫られる時があるだろう。それでも私は……。


「寺家会長……私は、彼らの班に残りたいんです…………まだ、彼らと一緒に居続けたい」


 真結良は改めて、ここが自分の居場所であると信じる。

 逃げるのは簡単だ。諦めれば新たに再出発できる。そのチャンスを寺家先輩は持っている。

 しかし、それではいつまでも乗り越えられない。問題児たちの力を目の前で見てきたからこそ、私は彼らの近くで一緒に戦いたいと願う。同じ場所で強くなりたい。


「そんなところになるだろうとは思ってたよ。うん」


 ――でもさ、と続けて。寺家幸近は冷たい目で真結良を捉えた。先ほどまで見せていた感情のこもっていない視線だった。


「俺は、欲しいと思ったものは、何が何でも手に入れたい主義でね。君たちの班の関係や環境を壊すことはしないけども、君が(こころよ)くこっちに来たくなるように、俺も出来るだけ努力をしてみせよう。俺もバカじゃない。君たちの素性もある程度、分かっているんだ」


「………………!!」


「ちょっとした()()だよ。色々知っている。この駐車場が(さつ)(りく)の起点になったのも知っている。上手く証拠を抹消していただろうが、なんとなくは想像が付く。俺一人ではなにもできないが、利用させてくれる環境があるのなら、これを自分のために使用しない手はないだろう?」


 真結良は幸近の考え方が気に入らなかった。

 どこか人を道具か何かのような扱いをする傾向にある。


「不満そうだな? まあそうだろう。人の感情ならそれが正解だ。……問題は人を取るか場所を取るか。人が集まれば場所が必要だ。好き勝手させない統率が必要だ。規則や規範が必要だ。それらルールの前に人の感情は害でしかない。俺のような立場になれば解るよ谷原くん。上に立つってのは時には人の感情を切り捨てて立てなきゃならない道理がある……とにかく君が欲しくなった。君の周りでは色々と奇妙な事が起こるからね。今後どうやって君を潰すことなく綺麗なままで手に入れられるか考えていくとしよう」


「――またそうやって気持ちの悪い表現を使う。バカですか? いや、バカじゃないんだろうけど、バカですねほんと」


「ちょ、ちょちょ。鞘に入ってるとはいえ、刀で小突くのやめなって。地味に痛い。そういう使い方したら駄目だって、一年生のときに習ったでしょうに。それに……俺の方が先輩なんだけど!?」


「私は認めた人間しか先輩としか思わない主義なので。鞘に収まってるだけありがたいと思って下さい。事故で鞘が抜けちゃえば良いのに。…………谷原さん。私はアナタの主張に賛成です。居たければいればいい。アナタの選んだ班を否定する権利は、生徒会にはありませんから。誰かの意見に左右されず自分を貫き、自由にするのが一番です」


 眼鏡の奥は、やはり冷たい瞳であるが、そこには人の温かさが確かにあった。


「特にこの人は、平然と薄汚い手段を使うので用心して下さい」


「久瑠実ちゃん。君は俺の味方じゃないのか?」


「そんなわけないでしょう? 私は私の班があるんです。アナタに付いているのは……」


「ついてるのは、なに?」


「………………うるさいなぁ。ほんと」


 今度こそ力を込めて幸近を(よう)(しゃ)なく押し込む。奇妙な悲鳴が上がる。



 エリィの腕が解かれ、十河は複雑な表情をしていた。


「どうしたトウガ。どこか体が悪いのか?」


 彼は黙って首を振った。


「エリィ、お前に言いたいことがある」


 ――まさか『結婚してくれ』か!? 反射的に(のど)(もと)まで出かかった言葉は、いつになく真剣な十河の表情で腹の底まで押し戻された。


「エリィ……オレ、サイファーになろうと思う。なるべくしてなるのとは違う。なるためになるんだ。サイファーになって、知りたい事があるんだ」


 固い決意。誰がこの意志を曲げられようか。

 もし、彼の意志を阻害する人間がいれば、自分が守ってやろう。

 まだ絶望を知らない彼が自分に対して『守ってやる』といってくれたように。


「うんうん。そうか。トウガがそう言うなら、我もついて行く。たとえどんな所であろうとも、お前について行くぞ、トウガ」



 ――何年も前に一度死んで。再び生き返えった。

 運命の悪戯(いたずら)が与えた第二の生は、自ら歩まぬ『停滞』を選び。

 それを最善としていた少年の人生が、いまゆっくりと動き出そうとしていた。



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