<7>-3
十河はエレベータの中で俯き、じっと押し黙ったまま。
嫌な沈黙。このままだと一向に話が進まないままだと感じた苑樹は、ようやく口を開いた。
「今のところ、ハーミットの判断を信じるしかない。だが……結局お前は、答えを話さず仕舞い。テメエの隠すままになったってわけだ。満足か?」
「……………………。オレはあの異形の判断が正しいと、思ってますよ」
今更になって、十河は自分の手が震えていたことに気がついた。
命を賭けたかいがあった。なんとか説き伏せることが出来たのだ。
ただ……まだ現実が受け容れられていない。ブラックボックスに異形が関わっていることなど、想像だにしていなかったからである。
「それで、真実を知った感想はどうだ? 今すぐにでも言い広めたくなったか?」
「そんなつもりは毛頭ありません。イニシアチブを持っているのは組織側だ。オレがどうこうできる相手じゃない。それにオレが馬鹿をやったらどうなるのか、自分でもわかっているつもりですから」
「……そうか、立場は弁えているようだな」
判断は正しい。苑樹はそう思った。同時に間宮十河を処分する必要は薄くなった。
だが、おとがめ無しというわけにもいかない。
間宮十河の力は、脅威である。……目視できる魔力がどれだけ危険なものなのか。苑樹は身をもって理解しているからである。
「間宮十河。こうやって組織の裏側を知って……お前はこれからどうするつもりだ?」
――ますますアンタ達を信じられなくなった。そんな返答はもはや出てこない。
信用とは違う。どちらかといえば不気味に近い。隠されていた秘密の側面。コレが全てではないはずだ。たかが訓練所の人間に、ここまで知られてしまったのだ。この先自分がどうなるかの方が気がかりである。
本来ならば、人間と異形が手を組んでいることを公表されなくてはならない事実……だが、公表したとしてどうなる。更なる混乱が生まれるだけだ。
同時に人々の批判はブラックボックスへ集中するであろう。この日本で暴徒化する現象は起きずとも、中枢機関の権利をこき下ろそうとする、私利私欲を目的とする者が手を伸ばしてくるに違いない。この危険かつ広大な旧首都を掌握する権利を求めて。
いま、助力している異形すら、管理しようとするはずだ。
……問題は、相手が『神』だということ。どんなに人間が主張しようとも、彼らの力の前では無力である。万が一、機嫌を損ねて敵に寝返られたら、壁どころか間違いなく世界はおしまいである。
「知らぬが仏。……黙っているのが最善ということですか」
「間宮。お前がバカじゃないのなら、ココで見た聞いたことは口外するなよ」
十河の意志を聞いてもなお、苑樹は彼の意志に念を押す。
「……………………」
「それにもう一つ。お前の口を固く塞ぐために教えて置いてやろう。オレ達の班が、組織にすら無断で探している人間をな」
「神乃くん!」
「……ハーミットを知られたんだ。どうせ他にも一つや二つ、知られたところで変わりはないさ。オレ達の立場を危険に晒す行為だろうけども、コイツもオレと同じ境遇を体験した一人だ。ハーミットの前で切った啖呵がホンモノであるのなら、知る権利がある」
加藤の複雑な気持ちを余所に、苑樹は話を再開した。
「異形ラグナバス。お前が憎んで当然の異形。もちろんオレも同じように、あの場を地獄に変えた手段に、怒りを覚えている。…………だが物事の表面を知っただけじゃ、全てを見通すことは出来ない。サイファーをやっている内にいくつか解ったことがあった。あのゲームは一つの〝契約〟の上に実行されたんだ」
「……契、約?」
急に、心の中で不安の塊が踏み込んできた。
「そうだ。アレは単なるゲームじゃねえ。固有刻印を人間に付与させ、死んだ人間の魂を担保に、固有刻印の譲渡を有効とし、意図的に人間に奪い合わせ、殺させた。ドームが本来閉じ込めて置くべき本命は、死んだ人間の『魂』だったのさ」
「じゃあ、あのゲームは、もともと仕組まれていた? いったい誰が」
「その『誰が』をオレ達は探している。ラグナバス本人は、契約の内容を語らない。……だが、確実にパンドラクライシス直後に、異形に大勢の魂を売り渡した人間がいる。その犯人を捕まえるのが、オレ達が組織にも話していない活動の一つになっている」
命を捧げて、助けてくれた人がいた。
仲間を救うため、笑って死んだ仲間がいた。
必ず帰ると言って、帰らなくなった人がいた。
勇敢に戦った。必死になって運命に抗った。
全ては、意図的に……作られたものだった?
「憶えておけ。間宮十河。真の敵は異界でのさばっている『異形の者たち』であり、この旧首都のどこかにいるであろう人間が、全ての引き金になっている可能性がある……ここからはオレの勘だが、その犯人は――この中枢機関にいると考えている」
絶句する十河。見えないボディーブローを受けた気分。軽い目眩が彼を襲った。
長い年月。けっして偽物ではない、みんなと過ごした日々。
あのゲームがなければ、ずっと早く逃げられたはず。もっと多くの人間が生きて帰れたはず。
エレベータが到着し、加藤と十河が降りた。苑樹はそのまま乗っていた。
茫然と立ち尽くす十河に、苑樹は呼びかける。
「間宮。あとはお前に全てを委ねさせてやる。このまま真実を公表し、悪戯に混乱を招き、正式に反逆罪の札を渡され、今度は幽閉される身として、ブラックボックスが望むままに拘束されるか……あるいは、訓練所で鍛錬を重ね、サイファーまでのし上がって……真実を求めるか。お前にはまだ訓練所で生活できる時間がある――よく、考えてみることだな」
青白い顔をしていた十河が見つめる先、扉が閉まる。
苑樹の顔は最後まで、強い眼光をもって十河を見つめていた。




