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――二日目の朝。食事を終えるとすぐに、十河の尋問は始まった。
昨日とは別の人物、そしてまったく同じような質問。十河から出てくるのは昨日と同じ曖昧な回答。コレも一つの尋問方法なのであろうが、二度目となるとうんざりしてしまう。執拗に責め立てる問い。昨日の加藤の時と比べればまるで的外れな問いかけ。
結局、昨日の非公式に行われた加藤の尋問は、双方共に落としどころが定まらず、医務室にいた女が帰ってきたことによってタイムオーバーとなった。
初日から追い込まれて、この先隠し続けることが出来るのだろうか心配になっていたが、あの加藤という男さえ来なければ、なんとか凌いでいけるだろう。いまの尋問担当の決定的な差は、その気迫にあった。情報を引きずり出そうとする信念。あらかじめ情報を精査し、論じる武器として扱っていた。基本的にオレは議論の中で責め立てることは出来ない。防戦一方。知らぬ存ぜぬは強固な防御となり、単純な押した引いたでは壁にヒビすら入れられないのを知っていて、あの男は壁を根元から掘り返して倒そうとしてきた。
恫喝に頼らず、調べ上げた情報をもってオレを瓦解させに来ていた。
どこまでオレの事を調べ上げているのか、底の見えない情報量。終始不安で心が揺れた。
「どうしてお前がブラックボックスに呼ばれたか、その理由が判っているはずだ」
昨日の加藤とは違って、真剣に取り組んでいるのであろうが、この三下は言われたことだけを、言われたとおりに実行しているのだろう。せいぜい口頭で伝えられた情報を引きずり出せとしか言われていないのかもしれない。
「昨日も似たような事を聞かれましたけど、心当たりがありません。…………どうしてなのか、教えてくれませんか? そもそも、オレは何で呼ばれたんですか?」
今度は相手が黙る番だった。……偉そうに問いただす割には、中身がスカスカなんだよ。
いままでの質問の内容から考えるに――『固有刻印以外にもっているであろう力を聞き出せ』おおかたこんなとこだろう。
ディセンバーズチルドレンについて触れてこないところからして、過去を洗いざらい調べて来ているわけでもなさそうだ。お粗末にも程がある。昨日の担当者が洞窟にいた異形の写真を取り出したところから、彼らの知っている情報は、異界に居たときのオレの行動。訓練所の生活情報くらいだろう。
何かを関連付けるものがあるわけでもない。
決定的な証拠が出そろっているわけでもない。
「ところで……」
「?」
「血液検査の結果はどうなったんですか?」
「………………特に問題は無かった」
――そいつは重畳。一番オレが気にしていたことだ。やはり自らで作り出している魔力と『心臓』は無関係か。聞いていたとおりだ。
非常に便利な能力ではあるが、使用したときの副作用は、まだ未知数。右足の感覚が一時的に失われたことも気がかりであるが、自分らとは無関係な意志が働いている所も引っかかる。
とにかくリスクの方が大きい。保有している力の選択肢として加えたくはない。
「もう、何を聞いても出てくることなんて無いと思います。……オレ、いつになったら帰れますかね?」
「――いや、まだ帰す気はねえよ」
十河が喋り終わる前にノックも無しに扉が開かれ、一人の男が話に割って入ってきた。
「し、士征一位。……なにかご用ですか」
担当者が慌てて立ち上がり、敬礼をする。
士征一位……こいつ、ファーストサイファーか。
サイファーは別名『士征』と呼ばれているらしく、士征と合わせて階級が付け加えれられる。
つい最近までは、まったく知らなかったのだが……現役のサイファーである芦栂古都子から聞いた話だったので、記憶に新しかった。どういう制服の区分けをしているのかはわからないが……上下黒で統一されている。偶然にも古都子と同じ服装。同じ隊の人間だろうか。
全体の外見はまだ若い。黒髪に冷たい瞳。並んでみなければ判らないが、背はオレよりも少し低いかもしれない。細身……というほど細くみえないが――コイツ、間違いなく強い。
抑え込んでいるのか、はたまた地なのか、殺気に似た気迫が無表情に睨んでいる青年から遠慮無く放たれてくる。腕相撲で組んだときにおおよその実力が伝わってくるのと似ていて、佇まいが普通のサイファーとは別格だ。
「どうせ成果は得られなかったんだろ? 頑固そうなツラしてるからな、こいつ」
面と向かって頑固と言われていい気はしない。十河の表情はいつもよりも険悪に変わった。
「それで……アンタはどうして、このガキを取り調べている?」
「え? それは……命令を受けてですが」
「どこからの命令だ?」
担当者は一瞬だけ黙り、詳しいことは話せないと視線を下げて答えた。
「コイツはサイファーの管轄だ。もし引き続き取り調べしたいのなら、正式にサイファー側の許可を取ってからにして貰おうか」
青年がそう言うと、担当者は素速く書類を抱えて退室していく。
扉が締まるか締まらないかの所で、青年は短い一息を吐き出し、席に座ることなく、机を挟んで十河の正面に立った。
「さて。次はてめえだ。何を隠してやがる」
「さっきの人にも言ったんですけど、何も知り――」
「――知らないはずはねぇ。オレは他の連中とは違って優しくはない。先に言っておくが、オレはただのサイファーだ。尋問官じゃねえ。組織の運営だのルールだのは知ったことじゃない。てめえが隠している秘密とやらが、もし人類にとって不利益なものをもたらすのであれば、てめえ諸ともソレに関わる全てを切り倒す。協力した方が身のためだぞ」
十河も青年の好き勝手な発言に黙って居られず、首を上げて睨み返した。
「オレは、アンタら組織を信用しているわけじゃない。中枢機関がどんなものなのかオレは知らない。勝手に異形と戦う訓練を強制づけるような組織に、何を協力しろって言うんだよ」
「先に話しておいた方が、組織のためにもお前の為にもなるんだぞ」
「組織のため? 自分達のための間違いなんじゃないですか?」
一歩も退かない両者。
どんなに攻めようとも崩れる気はない十河の堅固さ。
苑樹は諦めた様子で一歩後ろへ下がった。
「最後のチャンスだ。いまならまだ間に合う。オレに知らせておけば……弁明してやれる」
「納得出来ないし、言っている意味がわかりませんね」
「…………。いいだろう。後悔するんじゃねえぞ。いまからお前に真実を見せてやる。何をされんのかはオレも知らねえが、目にしたからには戻れねえぞ」
苑樹の来いという合図。
ずっと座っていた十河は関節の硬さを感じながら、部屋を後にした。
外では加藤がじっと待っていた。
「時間だ。約束通り……コイツを連れていく」
苑樹が歩き出し、加藤が後に続く。その後ろには十河。
「……やはりまずいと思うんだよ。僕らは〝彼〟に面会する権限はあるけども、部外者の人間を合わせる権利はないはずだ。例え〝彼〟が求めていたものであるとしても一介の訓練生と〝彼〟を接触させるのは非常に危険だ。双方にとっても危険すぎる。ヘタしたら中枢機関が根本から揺らいでしまう可能性だってある」
「知るかよ。アイツがそう望んでいるのだから仕方ないだろう……それに」
青年は振り返り、十河を一瞥する。
「ヤツとコイツが出会えば……〝何かが起こる〟はずだ。アイツはだからこそ、ガキをここまで連れてきたんだからな。出会わせれば、きっとオレらの知らない情報が得られるに違いない。もしやしたら、オレと加藤さんが欲しいものも手に入るかもしれない」
勝手に進んでゆく話に、十河の頭はついて行けない状態。
なんだ。彼ってなんだ。合わせる? 危険?
三人が通路を歩く中。
偶然に居合わせた紺色の軍服を着たサイファーのグループと出くわした。
「……おい、お前」
まさか青年に声をかけられるとは思わなかったサイファーは、戸惑いつつ自らを指さす。
「そのライフルを貸せ」
強引に奪い取るかたちで、ライフルを手に取る。
呆気にとられるサイファーを無視し、
「コレを持ってろ」
何を思ったのか、青年は銃を手渡してきた。何をさせたいのか判らず、十河の困惑は深くなるばかりだった。弾薬も奪い取り十河に投げてよこした。
「施設内で弾倉込めるとか、重大な規則違反でしょ……。ああもう。くっそ。もうどうにでもなれだよ」
「どうして、オレに武器を持たせる」
当然の疑問であるが、何も答えない。
武器をくれるというのなら、突き返す道理もない。
「――これで、アンタを撃ったらどうすんだ?」
本気で撃つ気はないのだが、十河は相手の出方がどう出るかもかねて言ってみた。
すると苑樹は表情を崩して、鼻を鳴らす。
「テメエ程度のガキにやられるほど、落ちぶれちゃいない。撃ちたければ撃てばいいさ……選択は自由だ。言われずとも解っているだろうが、引き金を引くときは、命を賭けて覚悟を決めろよ……オレに取っちゃ、てめえを潰すいい口実になる」
二人が去って行く中、自分の銃を持って行かれる光景を見送るしかできない。
「あ、あの俺の銃……どうする、んですか」
「本当にすまないね。後でちゃんと返すし、この銃で起こった責任は、君に絶対負わせないから。できればココで起こったことを内緒にしてくれると助かる。神乃一位はいまから抜き打ちテストをしたいんだそうだ」
ようやく横柄な態度を取っていた青年が噂に聞く『怪物』だと知って、半分だけ納得した表情で頷くことしかできない。
加藤はサイファーの名前と階級を頭の中に刻み、二人を追いかけた。




