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 …………エレベーターは、二人を乗せ、下降してゆく。


「どうして、間宮少年なんかにこだわるんだ。異形を倒せるディセンバーズチルドレンなんか、他にも沢山いるだろうに」


「せめて、ヤツが気になっている一端でも知ることが出来れば良いのだがな」


 普段から気の強い神乃苑樹でさえ〝彼〟の前では柔軟な姿勢にならざるを得ない。

 加藤は半ば無意識に、自分の手のひらをこすり合わせる。じっとりと嫌な汗をかいていた。敵意を向けられている訳でもないのに、彼と対峙するたびに自分がどれほど小さいものなのかを思い知らされる。きっと苑樹も同じような気分であるだろう。

 ――加藤が〝彼〟と出会ったのは、ブラックボックスが発足されて間もなく。正式にサイファーが誕生するよりも以前になる。……つまり、パンドラクライシスが起こって、さほど月日が経過していない。神乃苑樹が異界からの帰還者第一号となるのは、更に三年も先の話である。

 パンドラクライシスが起こったのは、新年間近の十二月。新宿の中心に出来た巨大な空間の歪みが発生した。そこから現れた『異形の者たち』その数は四十九体。のちに〝フォーティーナイナー〟と呼ばれる強力な個体である。

 異形が現れると同じくして、すぐに新宿の中心で二枚の結界が現れた。奇妙な透明の壁は内部にいた人間達。四十九体にも及ぶ異形。それら行動の一切合切を封じた。

 約三日――世間が『第一層』と呼ばれる結界が消滅。そもそも『始まりの四十九体(フォーティーナイナー)』を三日も閉じ込めた力というのは、現在の魔術的観点から推測しても、絶大な力であったといっても過言ではない。

 このときから、国は情報操作を行い『何事もない』と住民達を落ち着かせた。ソレがとんでもない間違いの始まりであった。

 真偽が定かではない(さく)(そう)する情報と、それらに人々は踊らされ、加藤もまた情報あふれかえる洪水の中、必死になって答えを探り出そうとしていた。

 翌年の一月……都心で二層に連なった巨大な半透明のドームが現れた事に対して、政府は超常現象の対策を行う本部を設立した。政府の動向からして一部の人間はこのドームが巨大な囲いである認識をしていたらしい。どういうわけかこれらの崩壊が近いことを知っていた。

 再び異常が発生したのは同月。今度は更に広範囲にわたって巨大な三層目と四層目のドームが現れたのだ。これによって内外が完全に遮断された。

 ――三月半ば。国内の軍を総動員させ、パンドラクライシスから約二ヶ月半。内部にいる奇怪な生き物を撃破しようと四枚目のドームの中に進軍を開始した。内部ではすでに三枚目のドームが崩壊し、異界から現れたいた四十九体の異形との戦闘が繰り広げられた。

『第一次異形進攻』まだ記憶にも新しく、そして生き残った者からしたら一生忘れられないであろう人類と未確認生物たちとの戦い。

 現代兵器を用いての大惨敗。まるで結果を知っていたかのように得体の知れない危機管理組織(・・・・・・)が介入し、ブラックボックスが出来上がった。

 この時はまだサイファーも訓練所も存在していない。ブラックボックスが出来上がった当初から、固有刻印を武力として扱い、兵士を教育するシステムを作ろうとした。もはや単純な火力ではどうすることも出来ない()(じゅう)()めていた政府はコレを飲むしかなかった。

 刻印を持った子供を集めながら、並行して生み出されたのがブラックボックスで初の軍隊、サイファーの原点となる『第一期対異形征伐試験小隊』だ。


 濃密すぎる時間の中で、不自然なほどの手際の良さで、壁の建設にも着手し始めていた。

 最初の一年は守りの年であり、魔力の存在を知ったことで異形の進行速度はとても緩いものであることが判った。

 ――三年の月日が流れ。完全に内界と外界が分け隔てられ、加藤もまた試験小隊の中で、様々な裏側を見てきた。

 三年目の十二月。加藤とは旧知の仲である、岩見大悟の頼みによって、異界から救出された神乃苑樹と出会う。

 そこから、さほど時間は掛からず――別の区画で二人目の帰還者が現れた。

 その少女は苑樹よりも年下であるが『神託を受けて爆心地に特攻を仕掛(トレイルブレイザー)けたメンバー』の中心人物だった。グラウンドゼロでの戦闘で両目を失い。命からがら逃げ延び、視力がゼロなのに移動する方向を誤らず、異形に襲われることなく、たった一人で帰還した奇跡の娘でもあった。

 帰還者の二人には異形と戦う意志があり、実用段階までこじつけ始めていた試験小隊に組み込まれるのは、極当然の成り行きだった。

 三年間の訓練によって完成した三つの試験小隊は、二人の帰還者と共に異界に突入し、異形を討伐することに成功する。試験小隊の戦果は初めて人類に小さな勝利と大きな希望を与え、すでに教育を施していた子供たちが『サイファー』として異界に駆り出されるのは時間の問題だった。


 過去を振り返れば、あまりにも歴史は浅く。そのくせ密度が濃い。

 ――なによりも、話が出来すぎている(・・・・・・・・・)。都合が良すぎる。

 政府に接触してきたという〝危機管理組織〟とは何者なのか。

 パンドラクライシスが起こったとき、国の対処は早かった。

 まず、単純に考えても不可能と思われるような住民の隔離。多くは校外へ流出していったが、時間を掛けて刻印を持つ可能性のある予備群として連れ戻した。そして壁の建造。どうやっても、数十年はかかるであろう都内をぐるりと囲む壁を、二枚も完成させた。

 内部にはまだ未完成の壁はあるが……それでも建造のスピードは速すぎた。


 いい成果が出ることは悪いことではない。でもその背景で糸を引いている存在が、あまりにも不透明。ブラックボックスを総括する代表が何者であるのか、初期から状況を観察してきた加藤でさえも知らない。先ほど会話を交わした包帯男でないのは確かである。

 どんなに組織に不信感を抱こうとも、この組織でなければ異形に対抗する術がないのも、また事実。この何年か、人類の戦果で確かな感触はある。

 ――多大な犠牲を代償とし『始まりの四十九体』の何体か討伐され、確実に異界の進行は出来ている。時間をかければ〝爆心地(グラウンド・ゼロ)〟に辿り着くことも可能であるはずだ。

 だが……未だ希望を聞かない。むしろ異界のみならず、内界にも危険が迫っている話を聞く。

 不穏であることのほうが多い。

 ――中枢機関(ブラツクボツクス)はそれらを無いものとして扱い、新たな問題を提示しては、真近くに転がっている危険に見て見ぬ振りをさせようとしている。


 苑樹を除いた班のメンバーは知らないだろうが、この数ヶ月で……異界を除く『内界』での異形発生率は多くなってきている。まだ人工の壁の建造が終わっていない東のエリアは、魔力の流出が続いていて、並行して異形の発生が寄せられている。最も外側の第十八区で異形が現れている報告もあった。

 異形が魔力の薄い場所でも活動できるようになってきているのか。あるいは――人間達の知らない所で知恵を持つ異形がなにか(たくら)んでいるのか。ついこの前のフェンデンスのように。

 みんな、いつか(・・・)は爆心地に到達できると思っているが、それは同時に壁の内側で閉じ込められ、燻り続けている『異形の者たち』にも同等の時間(いつか)を与えると同じなのだ。

 奴らが黙って、こちらの侵入を許すとは思えない。奴らも黙々と何か行動を起こそうとしていると考えるのが道理。


 ――まずは、目先の『何故(ナゼ)』を解消するところから、はじめてみますか。

 別の用事があるからと告げて、加藤は苑樹と別れた。

 ……〝彼〟が気になっている人物。危険とは直結しないが異常な怪しさが立ち()めていた。

 部屋の前には監視役の兵士が一人。目配せして下がらせる。

 加藤は扉の前に立ち、ノックをした。……中から返事は返ってこない。

 もう一度合図を送るが、やはり無言だ。


「ささやかな抵抗ってやつか。かわいいねぇ……相手が女の子だったら開けるの(ため)()っちゃうけど、どうせ男同士だ、中で何やってても驚きませんよーっと」


 遠慮無く扉を開けると、中では椅子に座った少年が、正面切ってこちらを(にら)んでいた。


「やあ。間宮少年」


「…………なにか、用ですか?」


 間宮十河は現れた中年男に対して不信感を隠せないようだ。

 君は用がなくとも僕には用がある。君を左右に揺さぶったら、一体何が転がり出てくるのだろうかね。何も出てこないわけ……ないはずなのだ。

 加藤はいつもの軽い態度で開け放たれた扉の向こうを、親指で示した。


「狭苦しいところに詰め込まれて、退屈していないかなと思ってね。どうだい? これからちょっとばかり――脱走してみないか?」



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