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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【後編】
207/264

<34>

 


 ――視界が、朱く染まる。



 一気に高まる。鼓動。呼吸。魔力。渇望……。

 めまぐるしく。血液が全身を駆け巡る。

 膨れあがる魔力。血管の中を高速で循環する。

 心臓から頭の中まで動力が伝わってくる。一度動き出したら、もう止める術はない。

 際限なく……魔力が循環し、肥大した波となって、内側から押し寄せる。

 外部から取り込むのではなく、中から……止め処なく溢れ出る。

 変化はすぐに現れた。灼熱と化した全身から立ち上る、おびただしい量の黒い霧(・・・)

 骨を筋肉を透過し、皮膚から滲み、服の上へ。外部へと立ち上る。

 ……濃厚な黒が、体から浮き出てきた。

 霧は勝手に形を形成し、触手となる。

 生きているかのようにうねり、空気に溶けて霧散する。

 黒い霧は時として手に似た形状に変わり、十河の頬を愛おしそうに撫でていた。

 両手の甲に赤い光を放つ、十河の固有刻印。武器を創り出そうとすると、黒いうねりは意志を持ち、両手に向かって伸びる。彼の刻印に纏わり付き、赤い輝きを包んでゆく。

 ……そうして展開させたは、武骨な剣。

 ただ、彼が作り上げた剣は、いつものにびいろではない。黒色の剣(・・・・)だった。

 幻想が生み出した金属などではなく、濃密な魔力によって組み固められ、魔力が可視化した剣だ。刀身はぼやけていて、今にも霧散してしまいそうな、危うく曖昧な形を保っている。

 自分の能力を大きく超える剣を作り出した反動が、十河の体に痛みとなって襲う。完全な形を保っていない剣がボロリと崩れた途端、自らの魔力が元の体に戻ろうと、自分の意志とは関係なく、指先を伝って逆流してくる。腕の骨がひずみ、意識していなければ関節が外れてねじ切れてしまいそうになる。

 強く強く意識を剣へと集中させると、刀身は再構築を始め、ハッキリと姿が固着した。

 光沢のある剣が……脈打つ。自律した鼓動を行っている。その姿に神聖さは欠片も無く。

 ただ深く。禍々しい存在感を漂わせていた。


「はぁ……はぁ…………クッ、……ハハ」


 かみ殺していた笑みが声となって出ていた。

 唇から流れ、あごにまでつたう血など気にせず。十河は真っ直ぐ異形を直視する。

 開いた両目は赤く染まり。吐き出した吐息に混じらせ、



「ぶち殺してやる。今度は……オレ(・・)がお前らから奪う番だ(・・・・・・・・・・)



 膝を曲げて屈伸した十河は、魔力に乗せて弾け飛んだ。

 地面が爆発した。脚力によって抉り取られた石の破片が、空を舞う。


「――その手を……はぁなせええええええええッ!」


 高速で迫り、空中で体をひねる。半回転。

 推進力をそのまま攻撃力へと転換し、

 古都子の体を捉えていた異形の巨腕を根元から分断した。

 衝撃で爆発する切断面。遅れて噴き上げたぶき。苦しむ異形の断末魔。

 悲鳴を上げて痛みはするものの、やはり超回復によって、吹き出していた出血が止まる。

 切り離された腕は古都子を掴んだまま、彼女は地面に落下する。


「ゥ……テ…………コ、ギ…………アアア。…………マ……グッガァアアアアアアア!」


 悲鳴が洞窟に反響し、乾いた大気を振るわせた。

 斬り落とされた綺麗な断面の肉がうごめき、膨れあがる。一瞬にして筋肉となり、骨となり、皮膚となる。新たな腕が生えるのに時間は掛からない。

 異形の本能が、芦栂古都子よりも、より危険と――間宮十河を認識する。



 十河は着地と同時に、高く跳躍し、作りあげた黒いナイフを天井に突き立てた。

 片手で天井にぶら下がる十河は、眼下にいる異形に向かい、笑みを持って視線を交わす。

 体を揺らした反動を使って、両足で天井を捕らえた。自らの体重でナイフが抜ける気配はない。


「ぐっ……っがああがあああああああああああッ!」


 獣の叫びと同然に天井を蹴り上げ、異形に向かって落下する。

 再生した腕を伸ばす狼頭の異形は、指先を畳んで貫かんと迫った。

 十河は赤い眼光をぎらつかせ、生成した剣を両手で支え、真っ向から衝突する。

 まきを割るように、異形の腕は真っ二つに裂け、肉を骨も関係無しに、剣の切れ味は平等に割断を可能としていて、触れれば抵抗なく切れる魔剣と化していた。

 敵よりも圧倒する攻撃力が、いとも簡単に異形の体を破壊する。

 それでも、再生の速度は恐ろしいほど速く。

 切り裂かれた部分は、間髪入れずひとりでに骨が接合し、筋繊維の一本一本があるべき場所へと接着してゆく。


「カッ! ッハハッハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 剣を消し去り、着地と同時に十河はまたもや空中に飛び出て、二本の黒い槍を作り出す。

 体を捻り、敵へと狙いを定め、二本ともとうてきした。

 空間を線となって進む二本は、異形の両膝を貫き、地面ごと突き刺さり、身動きを封じた。


「ウオオオオオオオオオッ!」


「クタバレエエエエエエエ!」


 着地すると両手に収まる双剣を作りあげて、動けなくなった異形に突進する十河。

 異形は槍を引き抜く余裕もなく。仁王立ちを強制されたまま両腕を駆使した、爪による連続攻撃を展開する。

 正確な一撃一撃を、十河は防御することなく、笑いながら真っ向から切り崩す。



 再生再生、切断切断。切断再生。微塵。流血、再生。破断。

 刻み、塞ぎ、刻み刻み、塞ぎ塞ぎ。剥がし、復活、切る、復旧。

 切断、再生、再生、再生、刻み、分断。断つ。潰す、生える。

 分断、再生、伸び、新しく、断つ、突く、削ぐ、削ぐ、殺ぐ……。



 再生と破壊の応酬。

 超高速治癒と、圧倒的攻撃の平行線。

 一箇所が再生される前に、十河は全力をもって四度斬り付ける。一撃のたびに、血のしぶきが地面を汚し、切り外された指や腕が空を舞い、地面に落ちる。

 斬り飛ばした骨の破片が、十河の右頬を真一文字に斬り付けた。

 血が流れ出ようとも、手を止めない。

 攻撃が四十を超えた時点で異形の血だまり、否。……『()』が出来上がっていた。

 目眩がしそうなほど濃厚な臭気の中。

 両者は一歩も退かぬ、防御のない……攻防ならぬ、攻々(・・)が続いた。

 十河の赤い瞳は敵の攻撃を全て見切り、回避もせず、攻撃してくる相手の体を、攻撃することによって無効化させる。

 黒い魔力は刃の鋭利さを強化しているだけでは無く、触れた肉体を焼くほどの力を持っていた。そもそもが物質ではない。純粋な魔力だけで形作られたエネルギーの塊。剣に触れるとただれ、くずれ剥がれ落ちる表皮。その部分もまた新たな皮膚が生まれて再生してゆくが、十河の猛攻が再生する肉ごと、こそぎ落とす。



 意識(もう)ろうとしながら、ようやく自分の体から異形の腕を引き剥がした古都子は、

 大型異形を前に、一歩も退かず、黒い霧を体外に放出させながら鬼人の如き戦いを見せている訓練兵の戦いに目を奪われる。


「……なに、この魔力。視覚化できるほどの強い魔力を持っているなんて。信じられない。…………あんなもの、人の体じゃ保てるわけない」



 何よりも、異形と肉弾戦状態になっているというのに、

 人間である間宮十河の方が優性であるという事実だった。

 そもそも、あそこまでの戦いができる存在を――人間と呼べるのかもわからない。


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