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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【後編】
205/264

<33>

 雨はいよいよ強くなり、天から絶え間なく落ち行く。

 古川禦己が『魔塔』と呼んでいた場所に、諸悪の根源である男はいた。

 屋上の中心で両膝をつき、小ぶりの雨(・・・・・)に打たれるまま、じっと暗くなった先にある訓練所を見つめる。


「ハッハハハハ。…………なかなか良い成果が出たな。魔力の薄いこの土地でも異界は再現させることが可能か……やはり、訓練所で見たあの魔術式が大きな鍵となったね」


 数日前に『第二演習場』の術式を見られたことが幸運だった。

 自分の結果に満足しながらも、目線は訓練所からずっと東の方へ。闇夜と豪雨のヴェールによって何も見えないが、異形達を抑え込んでいる防壁を思う。


「っと、答えは出たものの……やはり、あの壁は邪魔だな。どうにかして異界を抑え込んでいる壁を取り払えたら良いのだが」


 頭の中で問題を提起しては、いかに解決するか――その思考を楽しんでいた男の背後で。



ようやく見つけた(・・・・・・・・)。――てめえか(・・・・)この異界を作り出(・・・・・・・・)したクソ野郎は(・・・・・・・)



 男は瞬間に『死』を感じた。濃厚すぎる死神の気配。背中に張り付いたそれに対して、反応よりも先に、本能が警鐘を鳴らし、行動へと展開させていた。

 相手の返答を待つまでもなく。振るわれる大剣――間一髪で、避ける。

 もう一瞬、行動が遅れていたら、間違いなく片足が切り落とされていた。

 前転から、更に前へと魔力を乗せた跳躍。水たまりを激しくはじき飛ばす。

 相手の気配が十分離れたのを感知して、振り返る。


「おおっと! 凄い。すごいな。まさかオレの術式を伝って、この場所に来れる人間がいるとは……誰だか知らないが、君が初めてだ」


 軽口で言うものの、男は心底驚いていた。

 後ろを取られた――これは本人が予想もしていなかった異常事態だったのだ。

 自分が作りあげた空間へと入り込める人間がいるとは、思えなかったからである。

 建物の周辺には、簡易であるものの、人が入り込めば、異常を知らせてくれる感知術式を張っていたのだ。それらを一度も起動させずにくぐり抜けることができたのは、まぎれもなく偶然ではない。間違いなく相手の実力から生じた結果であった。



 苑樹は剣で地面を叩く。血液によって描かれた術式の模様はびくともしない。傷が付けられない。表面に細工をしているのだろう。

 そもそも、この建物に近づくまで外からはまるで異常はなく。外観も正常であった。

 だが、全て虚飾で覆っていたのに気づかされたのは、建物の敷地に入ってからだ。

 建物の内部には、洞窟で見た無数の異形。そして異界化した魔力。

 壁面の至る所に血管のような赤黒く、枝分かれした物体が張り付き、屋上から供給される魔力を流していた。

 屋上は更に酷い。苑樹の目には幻覚によって貼り付けられたハリボテ(・・・・)が取り除かれていた。

 地面は異常な量の細い血管が這い回り、ところどころに心臓じみた肉のしゅようがぶくぶく震え鼓動しながら、ビル全体に血管の中を通って魔力を循環させ続けていた。

 推測であるが、少々の破壊活動を行おうとも、異界の術式を壊すことは出来ないだろう。そんな脆い構築を、目の前の男が作りあげるはずはない。



 大雨であるはずのに、屋上に到着するとさめに変わっていた。

 敵に注意を払いながらも、苑樹は真上を見上げる。

 外からではまるで解らなかったが、夜空が近い(・・・・・)

 ようやく、ドームの中にある、膨大な空間のカラクリが掴めた。

 あの異界は、上空のたいせきを切り取って空間を広げたのだ。

 無から有が作り出せないのは魔術の基本。お話に登場する杖を一振りして馬や竜を出し、巨大な城を生み出す魔法とは違うのだ。

 いままで多くの魔術を行う敵を見てきた。その中に幻術とは違って『世界』を作り出せるほどの巨大な力を持った者までいた。

 対峙している敵は、正にそのレベルまで達した、危険な存在。


「どうだい? ココまで形を起こすには本当に長い時間がかかったんだよ」


「…………全部が全部じゃないだろうが、人間を使ったな? 悪趣味にもほどがある」


 さすがに全て人間でまかなっていると説明するには、量が多すぎる。様々な混ぜ物をしているのだろう。血管の中を駆け巡っているのは魔力が霧散しない為に、液状に溶け込ましたものか。恐らく……洞窟の中で見た、あの泥(・・・)だ。暗がりではっきりと確認はできなかったが、血と臓物と想像も付かない種々雑多が混じり合ったむごたらしい腐泥湖。


「酷いもんだ……ゴミ溜めのほうがまだマシってもんだな」


「ハッハハハ。これは、ずいぶんな言われようだな」


 距離を縮めるように歩き出した男。

 一歩一歩。その細い足が、全容を認識できるまで近くに来たとき。

 彼は自ら頭に被っていたフードを取り払った。


「…………………………お前が、元凶」


 表情には出さなかったものの、苑樹はその顔に見覚えがあった。

 思わず外に出かかった感情を、心の中に押し込む。



 そこで優雅に佇むは、異界訓練の時に出会った少女。

 ――――金平一穂かなひら かずほであったのだから。


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