GW前編2
どんな理由で呼び出すかあれやこれやと考えた末、結局は告白路線でいくことにする。笹原と付き合うつもりはないが、呼び出して協力を取り付ける理由として、これが一番自然だったからだ。
そもそも、本気で付き合いたいと画策していたら、笹原クラスの美少女相手だと緊張しすぎてマトモに喋れないだろう。その点、相手が笹原で良かったところはある。笹原はまず間違いなく、俺を振るという自信があるからな。結果がわかっていれば緊張も和らぐものだ。
振られるために告白するというのも中々悲しいが、これも仕事だと割り切る。俺の社畜スキルが高すぎてやばい。何がやばいって、神菜がすげー嬉しそうにしてたことだよ……。俺を利用することを覚えないよう、兄としてきちんと教育(調教)しなければならないな。これも今後の課題とする。
日が傾いてきた。開放された屋上で笹原を待っているが、奴はまだ現れない。まあ、無理もない。俺が笹原を呼び出した方法は、古典的なラブレターなのだから。直接話しかけるのは結衣の目にも入って危険……とかではなく、恥ずかしかったので。
以前、笹原は下駄箱に入っていたラブレターを「言いたことがあるなら直接言え」と破り捨てたことがある。ナヨナヨした男は嫌いだとも公言していたしな。その割に、直接告白した男も振っているようだが……。
一応中身に目は通していたようなので、笹原は必ず来るという確信が俺にはあった。神経を逆撫でする可能性があるので、速攻で決めないと俺の身が危ないが、そこは俺のアドリブ力に期待する。
ガチャリ、と屋上の扉が開く。来た……!
やはり俺の予想通り笹原は怒っているらしく、眉尻を釣り上げて周囲を見渡す。俺の姿を認めると、一瞬で距離を詰めてくる。はっ、はや!?
俺はすっかり笹原が謎の格闘技の有段者だということを失念していた。残像が見えたぞ。きっと開発陣は格闘技を何か勘違いしている。
落下防止用のフェンスから外を眺めていた俺に逃げ場はなく、胸倉を掴まれて背中をフェンスに押し付けられる。笹原は表情を変えないまま、吐息のかかりそうな至近距離で口を開いた。
「どういうつもり?」
「いや、あの……」
ちょっ、こええよ!! 美人を怒らせると怖いってのは真理だった。射殺すような視線に、別の意味で緊張感がマックスになる。こんなドキドキ求めてなかった……。
「これ、あなたでしょ?」
「お、おう……」
鼻先に突き付けられたのは俺の書いた手紙。近いよ、僕そこまで近眼じゃないです。
一拍置いて、冷静を装いつつ口を開く。イニシアチブを取らないと、交渉が上手くいかない。
「こうでもしないと、来てくれないと思ったからな」
「……そう。趣味が悪いみたいね」
殺気がグッと増した。言い方を間違えた! 笹原さんこわいです。
それにしても『結衣のことで話がある』と書いただけなのに、絶大な効果だな。あわよくば理論的に説き伏せて協力を得ようと考えていたが、感情的な相手には感情的に返さないと。やはり当初の予定を通すしかない……嫌だなあ。
「私の結衣に手を出すつもりなら、誰だろうと容赦はしない」
「お前の、じゃないだろ?」
ここで格好良くニコリと笑いかけでもすれば多少は空気が和むのかもしれないが、俺の笑顔はヘラヘラしてて勘に障るともっぱらの評判だ。主に神菜に言われる。あくまで真顔を意識した。
「あなたは私に喧嘩を売っているって解釈でいいのね?」
「ちっ、違う! 笹原が結衣を縛るのはよくないし、その逆だっていけないと伝えたかったんだ! ……あの、力を緩めてくれませんか?」
襟元を締め上げられて、ちょっと体が浮いてた。どんな握力してんだこの女……。
「そんなことは、絶対ない。それに、あなたに指図される筋合いも、ない」
笹原の力が緩む。動揺を誘うことには成功したみたいだ。笹原自身も結衣との接し方に疑問を持っていたのか、その表情は困惑に歪んだ。この隙を逃さない。
「俺は笹原が好きだ」
「…………はあ?」
ですよねー。そういう反応をすることは織り込み済みなので構わない。重要なのはこの後だ。
「馬鹿なの? 今、そんな話はしてなかったでしょ? ていうか、やっばり結衣をダシにしたのね? ゆるさな」「待て待て待て! 結衣も関係ある! ちゃんと説明するから!」
俺の首を絞めようと伸びていた手を静止する。もうやだこの子、めっちゃ怖い……。百合で武闘派でヤンデレとか救いようがねえぞ。
暴走してても結衣という単語には反応するようで、大人しく俺の言葉を待つ笹原。扱いが少しわかってきた。まあ、爆弾の導火線で火遊びするような真似は決してしないが。
「俺は笹原が好きだ。これは今言ったな? けど、笹原は結衣が大事で俺とは付き合えない。これはわかってる」
「それがなくてもあなたは嫌いだけど」
「ああ、そう……。今はいいんだ。今はまだ、笹原と付き合えなくていい。どうせなら、お互い幸せになりたいしな」
「……どういうこと?」
不審な眼差しではあるが、話を聞いてくれるようだ。よし、これで少なくと速攻で玉砕する生徒よりは優位に立った。あとは話術次第。
「笹原が結衣離れをするためにはさ、結衣に彼氏を作るべきだと思うんだ。このまま一生一緒ってわけにもいかないって、わかってるんだろ?」
「結衣に、彼氏?」
笹原はおぞましい物でも見るような表情になる。そんなに嫌か……。
「そうだよ。このまま一から十まで笹原が面倒を見てやると、結衣はダメになるぞ」
「うっ……」
思い当たる節があったのか、笹原は軽くうめく。そうだよなー、もう既にかなりダメな感じだよなー。
「そうね……ダメになっていく結衣なんて、見たくない」
なんだその言い草。今の結衣はダメじゃないとでも言いたいのか。眼科と精神科をお勧めするよ?
口に出すと張り倒されそうなので、心の中に留めておいた。俺って奴は、気遣いの男だな。
「でも、この世界に結衣と釣り合う男が存在するか……」
この世界、と来ましたか。お前どれだけ結衣の評価高いんだよ。いっそ新興宗教とか立ちあげるレベルだろ。
笹原がアレすぎてドン引きだが、悪くない流れだ。ここぞとばかりにお役立ちアピールを開始する。
「俺に一応アテがある。任せてくれないか?」
西条とか西条とか西条とかな。今ならセットで眼鏡とショタと不良も付けていい。
「どうして?」
「ん、何が?」
「どうしてそこまで気にかけて、手伝おうとするの? メリットがあるわけでもないのに」
ま、普通は疑うよな。むしろ、これであっさり信じてくれるような馬鹿だったらここまで苦労はしなかったんだか。ちゃんと答えは用意してあるぜ。
「決まってるだろ。ここでしか笹原のポイントを稼げないからだよ」
「ポイント?」
「おう。まだ返事を貰ってないしな。あ、だからって今返事しないでくれよ? 全部終わってから、全てがうまくいったら改めて聞かせてくれ。その時に気持ちが動いてることを祈るよ」
俺が妙なタイミングで告白したり、無駄に煽ったりしたのはこの瞬間のためだ。普段と違う告白をして返事をさせないというのは苦労した。一瞬で振られたらどうにもならないし、これなら継続的に関係を続けられる。我ながらまあまあ良い作戦だと思う。
「……信用できない」
なぬ、これでもまだ納得しないのか。なるべく公平な立場でいたかったが、協力関係を作れなければ全部水泡に帰す。俺はどうしても使いたくなかった奥の手を切り出した。
「それなら、お試し期間ってことでどうだ? 俺の働きぶりを見て、役立たずだと判断したら切ってくれて構わない」
「…………」
この労働が大嫌いな俺が働く宣言までしたのに、笹原は難しい顔で考え込むばかりで首を縦に振らない。これ以上の条件は出せないぜ? 笹原には百合疑惑があるし、いっそ神菜を差し出してみるか……。
「私達にとって都合が良すぎる。何か裏があるの?」
くっ、さじ加減を間違えたか。無駄に鋭すぎる女だ。ここは誤魔化して……いや、黙っていると余計に疑われるだけだ。ええい、こうなったら!
「それだけ笹原が好きってことだ!」
「…………あ、そう」
反応薄いなあ……結構恥ずかしかったのに。真意を探るように見つめてくる笹原。人と目を合わせないことで有名な俺も、この時ばかりは逸らさない。
先に折れたのは笹原だった。俺から視線を外すと、背中を向けてそのまま歩いていってしまう。
「あ、お、おい! 返事は?」
「それは告白の? 協力の?」
くるりと振り返った笹原は、今日初めて俺に対して見せた、笑顔だった。
「……いや、もう答えなくていい」
「そう。精々使ってあげる、感謝しなさい」
俺はこき使われて喜ぶ性癖とかないんですがね……。しかし一度口にしてしまった以上撤回するわけにもいかず、渋々頷く。
俺の頷きを見て笹原は満足そうに笑むと、今度こそ屋上から立ち去っていった。
これで、笹原からの協力は得られた。いや、得られたっていうか微妙なとこだけど。何か大事な物を失った気がする……。
あとは西条だ。笹原に西条をプッシュしつつ、本人ともコンタクトを取らなきゃな。いくらなんでも、笹原よりおかしいということはないだろ。明日にでも話しかけてみよう。