1-9 殺害された配信者の流雨牛
ネットの隠蔽工作を人工知能に任せ、俺は密かに流雨牛が殺害された事件現場へと向かう。
遺体発見現場となったのは公園の公衆トイレらしく、警察は周辺を全面的に封鎖していた。
「どけってッ! 通せよッ!」
「いや駄目だから!」
(ととっ)
もちろん捜査中なので関係者以外は現場に立ち入る事は出来なかったが、仲間を殺されたジャベリンはなんとかして中に入ろうと警察と言い争いになっていた。
「っ! 触んなッ!」
「いやテメェが触って来たんだろうがッ!」
またその際大柄な警察官がうっかり胸に触れてしまいジャベリンは思わず悲鳴を上げるも、怒鳴られた彼女は立ちすくんで怯えてそれ以上何も出来なくなってしまう。
「待て、こいつは被害者の……」
「え? はい、わかりました!」
だが別の警察官が関係者である事を伝え、彼女は野次馬ではなく参考人として扱われる事になったらしい。
ジャベリンの話を聞く事が出来たら有益な情報が手に入りそうだがそこまでは求めていない。
見つかったら面倒な事になりそうだし、当初の予定通りこっそり情報収集をしよう。
「ととっ、すみません」
「ん」
俺は知り合いの警察官にぶつかってポケットにこっそり盗聴器を忍び込ませ、彼はその行為で全てを察した。
準備を済ませた俺はすかさず公園から離れ、イヤホンを付けながら自販機前に移動し缶コーヒーを購入する。
俺はちびちびとゆっくり缶コーヒーを飲みながら、協力者の胸ポケットに忍び込ませた盗聴器から聞こえる音に耳を澄ませた。
缶コーヒーだけではあまり長く粘れない。怪しまれない様に有用な情報を聞き出してくれるといいんだが。
『これは酷いですね……ここまでしなくてもいいのに。どういう殺し方をしたらこうなるんですか?』
協力者の男性刑事はそれとなく質問したが死体を確認してウッ、と呻いたのは演技ではないだろう。
『鈍器で殴られて包丁で刺されて、とどめにチェーンソーでバラバラだ。犯人が色んな靴で踏んづけて色んな武器で殺す趣味の奴じゃなきゃ複数犯だろうさ』
『複数人で暴行、って感じですかね』
『ついでに言えば財布も盗られてるから強盗殺人だな。別の場所で殺されて適当に捨てられた感じだが、遺留品も多いし犯人の特定は難しくないだろう』
俺は会話のみで事件現場の状況をイメージする。
想像しただけでなかなか凄惨極まる状況だが、別の場所で殺してから移動させたのなら見つかりにくい場所に隠した方がいいに決まっている。
だが犯人はあえてそうしなかったという事は、見つかる様に死体を発見されやすい場所に遺棄したのかもしれない。
『こいつはジャン・バルジャン事件の事を嗅ぎまわっていたそうだが、まさか犯人はジャン・バルジャンじゃないよな……いや、流石にそれはないか』
ただの強盗なら考え無しにそうした可能性もあるが、パトロンミネットがしていた事を考えると見せしめに殺した可能性もあるだろう。
だがまだ判断するには情報が足りない。もっと話を聞かなければ。
「何をしているんですか、堤さん」
「うげっ、聖愛」
けれど詳しく聞く前にタイムリミットが訪れる。
応援に来たのだろうか、女性警官の有吉聖愛は現場で不審な動きをしていた俺に当然の如く声をかけた。
「そう言えば堤さんは亡くなる直前に被害者と揉めていたんですよね……ハッ! 犯人は現場に戻ってくるものです! つまり堤さんが犯人というわけですか!」
「待て待て、どうしてそうなる」
思い込みの激しい聖愛は今回も俺を犯人と疑ってかかる。このやり取りは前回もしたしもういい加減飽きたんだが。
「つーかお前カラマーゾフ事件で俺に恩があるよな。試練を乗り越えてそこそこ仲良くなったはずだが俺の気のせいか?」
「忘れました! 記憶にございません!」
「シバくぞ」
聖愛は今回もクズっぷりを発揮し俺を犯人と決めつける。俺自身の言動と振る舞いにも理由があるので仕方がないとはいえ殴りたくなってしまった。
「では任意同行をお願いします! なお断れば全力で殴ります!」
「お前それでも警察か。任意同行を断られた後の手順をもう一度確認しろ」
「大丈夫です! 容疑者から暴行を受けたと報告すれば警察官は相手を殴ってもいいんです!」
「ヤバ過ぎんだろ」
コンプライアンスという概念が存在しない聖愛はいつでも殴れる様に空手の構えを取った。こういう事をして許されるのはバーローが居候している家の姉ちゃんだけだぞ。
「さあ、覚悟ォ!」
「ッ!?」
話の通じない聖愛は問答無用で一撃必殺の上段回し蹴りを放った。殴りとか言いながら蹴り技とかいちいち反則だ。
だがどうすればいい。
聖愛はかなりしつこいから正攻法では逃げられないかもしれない。
いっそ戦って――いや警察に手を出すのはどう考えてもアウトだ。
クソッ、なにかいい手はないのか!
「安全に配慮したジャーマンスープレックスゥ!」
「ギャー!?」
「うお!?」
けれど八方ふさがりの中、何者かが聖愛の背後に回り込みそれはそれは芸術的なジャーマンスープレックスで聖愛を放り投げた。
「ドヤァ、デス。ピンチを助けるのは助手の仕事デス」
「コレット……」
ジャーマンスープレックスを決めたのはもちろん押しかけ助手のコレットだった。
彼女も自分のジャーマンスープレックスの美しさに満足しているのか、とても誇らしげな笑みを浮かべた。
「いや警察官にジャーマンスープレックスをしたら普通にアウトだから」
「おや、そうなのデスカ。一応安全に配慮して上手に投げマシタが」
「安全に配慮したって言えば何でも許されるわけじゃないぞ」
だがそれは考え得る中で最も悪手だった。
「有吉ぃぃい!?」
「ピクピク……」
当然周囲の警官も大慌てで駆け寄り、俺達を警察官に暴行を加えた危険人物と認識してしまった。
「仕方ない、とにかく逃げるぞ!」
「アラホラサッサー、デス!」
こうなってしまえばもうどうしようもない。俺はひとまずその場から逃げ出す事を即決した。
「さあ、こっちデスヨ!」
「ってミシェル!?」
だが逃げている最中、俺達の前に黒塗りの外車が停車する。
謎のエージェントのミシェルは当然の様に左ハンドルの運転席に座っており、窮地の俺を助けに来てくれた様だ。
「説明は後です。さあ、早く車に乗ってください!」
「あ、ああ!」
ややこしい事になりそうだがここは誘いに乗るのも手か。
全く、余計な事をしやがって。
俺はどうにも不幸の女神とプロレスの神に愛される人生を送っているらしい。




