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「なら、お前はワッグ家に行け」
低く重い声が部屋に響いた。
……ワッグ? どこだろう。
とりあえず、ラドソン家ではないことにホッとしている自分がいた。
国王の言葉に宰相が「陛下、そこは……」と眉をひそめた。
……もしかして、やばい貴族の家に飛ばされる? 首を飛ばされるよりかはましだけど。
「ワッグ家も公爵家だ」
その国王の言葉に私は絶望を感じた。
私の表情を読み取ったのか、国王は「公爵家に行けることにそんなに落胆するとはな」と少し口角を上げた。
国王からしたら、私が公爵家に行けば面白いかもしれないけど、私からしたらちっとも面白くない。
「私なんかが」
「では、公爵家に見合う人間になれ」
私の言葉と被せるように国王はそう言った。
その威厳ある様子と声の圧力に私は何も言えなくなった。……これが国王。
「ワッグ家はかなり厳しいぞ」
国王の隣で宰相が私を脅すようにそう言った。
厳しいって何が?
そんなことを言われても、ワッグ家に対しての恐怖はそこまで抱かなかった。ただただ、公爵令嬢にはなりたくないという気持ちで溢れていた。
「デニッシュ」
そろそろこの場から離れようと思った時に、国王が私の名を呼んだ。
まさか名前を呼ばれると思ってもみなかった。……何度聞いても、デニッシュって何とも締まりのない名前だ。
というか、私、今日からデニッシュ・クロワッサンからデニッシュ・ワッグになるのか。
良かった、少しだけましになる。
「なんでしょう?」
「最後に平民としての意見を聞きたい」
……そっか。国王が直接平民の声を聞くことなんてない。
だから、ロイヤルチェンジの際に、毎度どこの馬の骨か分からない平民と接触するのかもしれない。
「はい」
「自国の王に求めるものはなんだ?」
王の素質や王の条件を聞かれているわけではない。
あくまで現在の「アシュ国」の王に求めているものを聞かれている。
この国で過ごしていて、住みにくいと感じたことはない。比較的に治安は良いし、親切な人たちは多い。
国自体も貧しくなく富んでいる。表面上はとても良い国だと思う。
……ロイヤルチェンジはちょっと意味わからないけれど。
ここで「特にないです」と答えれば、なんとなく失格のような気がする。
だけど、その答えをすることによって少しだけ国王の興味を薄れさせるのも手なのかもしれない。
爪跡はもう既に残している。
「そんなに悩むことか?」
私の返答が遅いせいか、国王は口を開いた。
「いえ、ただ……」
「なんだ?」
「なにも求めていません」
私はハッキリとした口調でそう言った。
それは、「良い王」であるということを言っているのと同時に、王には何も期待していないという意味も込められていた。




