16.この夜、
クエスト報酬を受け取り、新たにヒナをパーティに迎え入れたその夜。
「ちょいとコースケを借りるぞい」
ベルはアリスとヒナにそう告げたかと思うと、俺をひょいとお姫様抱っこし、人気のない丘へと登って行った。
危険な空気も無かったのか、アリスも止めることはなく。二人して丘の岩へと腰掛けていた。
今夜はとても星が良く見える。
街中の喧騒と違い、ここは空気も澄んでいた。
「そういえば……。二人だけで話すのも、けっこう久しぶりか」
「そうじゃのう」
アリスが仲間になってからは、ヘリオスちゃんもこれまで以上に積極的にサポートしてくれていたからなあ。実質四人旅に近かったように思う。
「ぬしに、話しておかねばならんことがあってのう」
「ん? おう」
「ワシの身体のことじゃ」
「――――、」
ベルは言って。
星を見上げながら、長い髪をとかす。
どことなくニンゲンみのある動作に、思わず見とれてしまった。開いた胸元が、いつもよりも煽情的に映る。
「小女神から聞いておるじゃろ、ワシの懸念点については」
「お、おう。そうだな」
傾きかけていた意識を彼女の言葉に戻しながら、俺は頷いた。
「そうか。
それは少し――――恥ずかしいのう」
「ベル……」
恥ずかしい、か。そうかもしれないな、ベルにとっては。
ベルの身体は、本来ならば奇跡に近い成り立ちをしている。
ニンゲンの形で地を歩き、そして俺と、天界からの制御があって、今のバニーガールたりえているのだ。
このバランスが少しでも狂ったとき、ベルの能力はがくんと落ちると……ヘリオスちゃんは言っていた。
「……」
しかしこの間の戦いを見るに、それは早計なんじゃないかとも思ったのだ。
世界レベルでヤバイ代物、魔剣・ヴァルヒナクト。
それと同等に撃ち合い、そして勝利を収めるに至った。
苦戦したところは初めて見たものの、あのベルの力を見て、能力が落ちているとは考えにくい。
俺が黙っていると、ベルは静かに言った。
「我慢しておるだけじゃよ」
「……っ!」
ベルは言って、その豊満な胸をわずかに手で押さえ、苦笑する。
「クァハ。……情けないハナシ、じゃがのう」
「ベル……」
こんな弱音を吐くベルを、俺は初めて見たかもしれない。
俺と天界から流れていた勇者の力。そこに今は、アリスとヒナが加わった。
血液の循環のようなものだと、確か言っていたか。
天界 → 俺 → ベル → 天界 ……
という風にぐるぐると回っているのが正常だとすれば、
今は、
天界 → ↓ ↓ ← 俺 → ベル → ↓
ヒナ → アリス ↑ ← ← ← 天界 ……
みたいに、もう訳が分からなくなっているのだ。
ベルにしてみれば、身体の中が異物まみれになっているようなものだろう。
そんな彼女の身体に。負担がかかってしまうのは明白で。
「……ごめん、ベル」
「よい。謝るな」
俺のせいだ。
俺が、アリスも、ヒナも、バニーガール化で助けようと思ったから。
それぞれのシチュエーションで。あぁするしか無かったとは思う。
アリスはあのままでは洗脳済みになっていたし、ヒナは身体が消滅することになっていただろう。
けれど。
それでベルに負担がかかると分かっていれば。
そんなこと、しなかったかもしれない。
「いいや。それでもぬしはするじゃろうよ」
「ベル……」
「それが、ワシの好いておるコースケという男じゃ」
言って彼女は、やや潤んだ瞳をこちらに向けて、くるると喉を鳴らす。
切れ長の瞳の先にあるまつ毛が、今日はやけに綺麗に見えた。
「ま、やつらはやつらで愛い者たちじゃ。退屈はせん」
「ベル……」
「けれど、たまにはワシのことも考えてくれると、嬉しいぞぬしよ」
「俺、は……」
そうだよな。
これから先も、同じようなことをしてしまうことがあるかもしれない。
仲間を増やすということでなくても、あの二人に危機が訪れたとき、ベルに負担がかかるような助け方をしないといけない――――とか。
そうなったとき。俺は、正常に判断が出来るだろうか。
「――――いや、できるようにならないといけない」
情けなさで泣きそうになってしまった目頭を両手で塞ぎ、俺は宣言する。
するとベルは、嬉しそうに勢いよくその身をこちらに寄せてきた。
そうだ。俺だってベルの事が大切なんだ。
だからコイツに少しでも楽をさせるのであれば、俺だって役に立つようにならないと――――ん? 嬉しそうに? いや嬉しそうにするのはいいけど、勢いよくこっちに来るのは、どうして?
「ベ、ベル? なんで? 近いのなんで?」
「ん? だってぬし、今できるようにならないとと言っておったじゃろ」
「い、言ったけど……、……………………なんで?」
あれ……。
なんか、話噛み合って無くない?
「いやいや嬉しいのう。
乗り気なのはワシばかりじゃと思っておったが、存外ぬしもヒトのオスであったか」
両手を組んで「うむうむ」と頷くベル。
心なしか、ちょっとテンションが上がっているようにも思えた。
「……ちなみにお前、何の話してる?」
「何ってワシの身体の話じゃろ? 定期的にえっちな気分になるという、性質の話」
「噛み合ってなかったああああああああッッッ!!?」
え、そんな性質持ってたの!? めっちゃ初耳なんだけど!
なんか事あるごとに誘惑してくるなあとは思ってはいたけど、からかってたとかじゃなくて、フツーに自分の性欲のためだったのか!
「えっと、弱体化のはなし、は……?」
「ん? あぁそれか」
えっとなとベルは顎に手を当てて、中空を見て考えをまとめていた。
「この街に入るまでは、確かに弱体化しておった。おそらく天界とワシという要素に、アリスという『ニンゲン』要素が加わってしもうたからじゃろうのう」
「この場合、俺は『ニンゲン』扱いではないんだよな?」
「じゃな。ぬしも、天界要素じゃ」
うんうんなるほど。
つまり、俺が気づいていなかっただけで、やっぱり弱体化はしていたと。
ヒナと撃ち合っているときまでは、ベルも弱っていたわけだ。
「しかしヒナが仲間になったことで、そのバランスが安定したわい。
ニンゲン要素が薄まったからじゃろうのう」
「あーたしかに。ヒナも天界……というか、『ニンゲン外』の要素だもんなあ」
えーと。
ということは、つまり?
「むしろ前より出力は上がったかもしれん。ういんういんじゃ」
「それを言うならウィンウィンかな……」
それではまるで、変な機械の作動音みたいである。
ともかく。
「なんじゃ。身を案じてくれておったのか」
「そ、そりゃあ心配するだろ……」
「どうしてじゃ? なぁ、どうしてじゃコースケ?」
「ち、近いよ!」
ベルは目を輝かせ、長い手足で俺の身体をぎゅっと抱きしめた。
美人系の顔が、まるで大型犬のようにじゃれついてくる。とても心臓に悪い。
おっぱいも太腿も全部当たっている。そんな攻められると情緒が……! 情緒が……ッ!!
「そ、そりゃあお前……、大切な存在だからに決まってるだろ……」
「………………ほ」
どうせ見抜かれるだろうなと思い、俺は観念して彼女に告げた。
しかしベルは意外そうに瞳を丸くさせて、「クァハ」と喉を鳴らした。
「ぬしは本当に愛いヤツじゃのう……(パチン)」
「おぉい!? なんだ!? なんのボタンを外した音だ!?」
「クロッチボタン式と言うんじゃ。このボタンを外せば、股下部分が開くようになっておるんじゃぞ」
「俺の能力なのに全然知らなかった! 不思議なバニーの秘密!」
バニースーツの股間部分を弄ってたと思ったら、そんなことしてたのか!
「ど、どうしてその、ナントカボタンを外したんだよ……!」
「ん? そりゃあもう、ぬしとまぐわうために決まっておろうが」
「そうだよなあ! 躊躇ねえよなあお前は!」
こういうときベルはとても素直だ。言葉を濁すことすらしない。
いやむしろ、どんなときでも基本的には一直線に目標に向かっていくのだコイツは。
あまりにもストレートな感情表現。とんでもない武器である。
「待て待て、ストップだベル! そもそもここ屋外だし!」
「基本的に動物は屋外でもいたすが?」
「やめろ論破するな!」
断れる理由がどんどんなくなっていくだろうが!
「とにかく待て! えーっと、その、俺はな……」
「うむうむ」
何とかストップさせる理由を考える。
うーんと考えている間に……、ベルは素早い動きで俺の衣服をほとんど剥いでしまっていた。
「早いよ! するにしても情緒よ!」
「ワシが全部脱げんのじゃから、せめてぬしくらいは全部脱がんとのう」
「どんなバランスの取り方なんだそれは」
その考え方合ってんのか。
しかし、ギャグの空気でもベルは止まらない。
いつものノリとは若干違い、今日はその……、本当に。
とても煽情的に、おれをあおりつけてくる。
「ちょ……、お、おい……」
「くるる……♪」
どさりと、地面に押し倒される。
草木がベッドのように柔らかく背中を包み込み、まるで――――まるで本当に今から、行ってしまうみたいな空気になる。
星空が目にうつる。
暗い空。輝く星。
黒い髪は光を浴びて輝いていて、瞳は爛々と瞬き、唇からは劣情が見て取れた。
――――びじょがいる。
まるで知能は小学生の頃に戻ったように。すでに一つのことしか考えられない。
目の前の情報を処理していくことしか、今の俺のリソースでは行えない。
どくんと高鳴る心臓の音。それは、俺かベルか、両方か。
きらきらひかる星をバックに。
しなだれかかる唇と唇が、今、触れあう――――
「だから……、待ってくれよベル……!」
「……………………ム」
俺は最後の抵抗をもってして、彼女の身体を遮った。
やや不満そうに、馬乗りになったままベルは動きを止める。
今日はベルの体幹が、ナナメだ。
いつもは直線的に、真っすぐ立っているのに。今日はどこか女性のしなを思わせる、曲線的な体重移動をしているように思う。
そういうのも、含めて。きっと、場に飲まれているんだろうなと、俺は思った。
「お前が……、俺を想ってくれるのは、とても嬉しい」
「……ふむ」
「けど、俺も……、俺は……、童貞だから、さ」
情けないが。
自分の本心を、彼女に打ち明ける、ぶちまける。
大切だから。
好きだからこそ、知っていてほしい。
「俺は……、お前を大切にしたいんだよ、ベル」
「大切に、か……」
「もしかしたら。童貞じゃ無くなったら、こんな考えなくなるのかもしれないんだけど……」
俺はベルに言いながらも、自分の気持ちを整理して、なんとか言葉に落とし込んでいく。
大切にしたい。
からこそ、こんなことを軽くやってはいけないと思う。
「大事だから。その……、好きだから。
一回でもそういうことをしてしまうと、これから先の戦闘の中で、正常な判断が出来なくなってしまうんじゃないかって……、そう、思っちゃって……」
「コースケ……」
もしもベルと俺が恋仲になったとして。
俺があまりにも彼女を愛おしく想ってしまって。俺と彼女の命、どちらかしか助からないというような状況になったとき。
例えば正解が、俺が生き残らないと世界が滅ぶという状況だったとしよう。
けれど、俺はもしかしたら、ベルをかばいに走ってしまうかもしれないのだ。
重要な局面で。
判断を誤ってしまうかもしれない。
ベルを、想いすぎるせいで。
「愛の力って、プラスに働けばいいものだけどさ……。
間違ってしまうことも、あるのかもしれないと思ってさ……」
戦況は、一瞬だ。
だからこそ俺も、判断をしっかり出来るようにならないといけないと、改めて思ったのだ。
ベルとヒナの打ち合いは、はっきり言って人知を超えていた。
あんなのがこの先も続くのであれば。この『恋仲』という要素が、足を引っ張る結果になってしまうかもしれない。
互いのために良くないんじゃないかと。
そう、思った。
常々思っていた。
だから俺は、誘惑に耐え続けていたのだ。
「――――なるほどのう」
ベルは言って、夜空を見上げた。
大きな胸の谷間の間から、彼女の美しい顎先が見える。
どこか名残惜しそうに、露わになった俺の腹部に指を這わせて、彼女は言う。
「やれやれ……、ぬしの主張は分かったわい」
「分かってくれたか……」
「うむ」
俺も、惜しいことをしたと思う。
こんな美女とえっちなことが出来るんだ。しかも向こうからしたいと言ってくれるんだ。
人生何百週したって、こんなチャンスは訪れないかもしれない。
「ぬしはワシを大切に扱おうとしてくれておる」
「あぁ、そうだな」
「――――じゃが、それはそれじゃ」
「――――え、」
言うとベルは。
これまでの全てを台無しにするかのように。
一気に顔を近づけ、遮ることも出来ない速度で唇と唇を重ね、とろりとした唾液と共に言い放った。
「ここからは、ワシの主張じゃ」
こうして。
こうしてこの夜。
俺と、ベルは、




