第九十三話 王女と師弟
キンレイス陛下は少しの間悩む仕草をされていたが、リズの決意と私の援護射撃を前に最終的に折れた。
口を真一文字に結んで見つめてくる娘の視線に耐えきれなかったそうだ。そこは一国の王である前に一人の父親なのだろう。
王は迷いとは裏腹に娘の成長を嬉しそうに見つめていた。
ただし、リズ王女の訓練には二つ条件が出された。
一つは彼女の訓練には私が師事すること、もう一つは、私がいいと判断するまで彼女に実践をさせないことだ。
どちらも想定の範囲内のことだったので、私は二つ返事で引き受けた。
リズ王女も認められたことが嬉しいのか、陛下に抱きついて感謝していた。
喜ぶ娘を見る陛下の顔には威厳などなく、終始緩んだ顔だった。それはどこにでもいる父親の姿に見えた。
それから私とリズは陛下の居室を後にした。キンレイス陛下は意識は戻ったとはいえ療養中の身だ。長居しては申し訳ない。
「リジー様。私のためにお口添えくださりありがとうございました。それと、これからどうぞよろしくお願いします!」
塔を出たところでリズは深々と頭を下げた。後ろの長い髪が肩から流れ落ちて陽光に照らされる。
「私のことはリジーでいいですよ。年も三つしか変わらないですし」
彼女の髪に見入っていた私は誤魔化すように言った。実際のところ、ジーク以外から「リジー様」と呼ばれることに慣れていない。ましてや彼女は王族だ。違和感しかなかった。
「そんな、これから師事してもらう方に不躾な呼び方なんてできません」
リズ王女は首をすごい勢いで振って言った。
この食い下がり方は絶対に折れないのが感じ取れた。国王の前ですら頑として譲らなかったのだ。私がいくら言っても引き下がってはくれないのは明白だろう。
「それなら、『リジー様』以外の呼び方でお願いします。私の気持ちも汲んでいただけると嬉しいですよ」
私は片目を瞑って言った。折れてくれないなら互いの妥協点を探すしかない。
これで聞いてくれないなら諦めるしかないと思っていたが、そこはさすが王女。彼女は私の意図を理解したのか、ハッとして少し考えるように俯いた。
「リジーさん。いえ、リジー姉さん……とお呼びしてもいいですか?」
リズ王女は控えめに、しかしはっきりと私の名前を呼んだ。「姉さん」は彼女なりの敬慕の気持ちが込められているのだろうか。
歯がゆさは残るがこれ以上は無理だろう。そう合点した私は彼女の手を取って握手した。
「じゃあそれで。よろしくお願いしますね、リズ」
私は思い切ってリズの呼び方を変えた。彼女に呼び方を変えてもらったのだ。彼女を王女呼ばわりしては私だけがよそよそしくなってしまう。
「っ! はい! よろしくお願いします!」
リズ王女は花が咲いたように笑顔になった。やはりこれくらいの年は笑顔が似合う。
彼女はこれからの訓練でしんどい思いをするだろう。だが一人前の魔法剣士になるなら、いつかは通らなければならない道のりだ。
それでも、未来でリズが笑って過ごせるようなものにしてあげたいと心から思った。
「では早速訓練場へ行きましょう! リジー姉さん!」
リズは握手した手を離すことなく歩こうとしたが、私はそれを止めた。何せ私はセレシオン王国から戻ったばかりだ。少し休憩を挟まなければ身が持たない。
「リズの今の力を見る必要もありますし、今日は魔力操作の練度を見るだけにしましょう。焦りは禁物です」
「すみません。私ったら舞い上がってました……」
彼女は意外と素直に従った。
それから私達は空いてる訓練場へ行き、リズには魔力操作の手際を見せてもらうことにした。
「ーーっ、ど、どうですか?」
リズは両手を前にかざしながら言った。
彼女の目の前にはうず高く石が積まれている。それは建物数階分の高さにまで出来上がっていた。
本来は積み上げることができない歪な形の石を、リズは器用に魔力だけで積んでいく。
「魔力操作は十分以上の実力ですね。他の兵士達と比べてもずっと優れています」
上を見上げていた私はリズに視線を戻して言った。
正直彼女がここまでできるとは思っていなかった。当時の私と同じくらいの技量かもしれない。この実力ならすぐに訓練を開始してもいいだろう。
そう思っていると、リズは褒められたのが嬉しかったようで、その場で飛び跳ねていた。
「本当ですか?! やった! エメリナさんに教わってずっと練習してんたんですよ!」
その喜びようは、王族という肩書きを外して見れば、どこにでもいる少女の姿だった。
しかし浮かれすぎたのか、魔力操作が途切れて積み上げた石が降ってきた。
私はそれらを魔力操作で受け止め、訓練場の脇へと移動させる。視線を戻すと、リズは頭を抱えて大口を開けていた。
「ごめんなさい! 私、また浮かれてました!」
リズは私と目が合うと開口一番に謝ってきた。
「私も同じようなこと何度も経験しましたからね。次注意すればいいだけですよ」
誰でも失敗はつきものだ。私だって何度も失敗してきた。リズもこれからたくさん失敗して覚えていけばいい。
私は「大丈夫」と言って肩を落とすリズに手を添えると、リズはすぐに元気な笑顔に戻った。
年下の子を相手にすることが孤児院以来だったので、久しぶりに新鮮な気持ちになる。
「本格的な訓練は私がベネスから戻ってからにします。その間は基礎の魔力強化の訓練に集中しましょう。リズは魔力操作に優れてますから、魔力強化もすぐに一人前になるはずですよ」
そう言って私はリズに魔力強化を教えることにした。リズはその場で何度か試し、魔力強化もすぐに覚えた。個人の訓練を続ければすぐによくなるだろう。
その要領の良さは目を見張る物があった。どうやら初めてできた弟子はとても優秀なようだ。
リズが踏ん張っている姿を見ながら、私は彼女の才能を感じ取っていた。




